第15話
晩餐会では、ロゼッタの他に、国王陛下、王妃陛下、王太子殿下、2人の王子殿下、王女殿下、大議員議長、貴族院議長、閣議会議長、法相大臣、騎士団長、そして、先日即位したばかりの新たな教王、モディリアーニの12名が参加した。
参加出来なかった貴族たちは、息子を飾り立て、なんとか聖女のお気に入りになり、取り立ててもらおうと必死だった。
その姿を偵察にきたジェラルドは、無駄骨に終わるだろうなと、気の毒に思いながらも、孔雀のように、宝飾品を目一杯ぶら下げた男たちが大勢いて、見ていて面白いと思った。
どんなに着飾ったところで、ロゼッタのお眼鏡にかなうわけがない。彼女のいい男基準は、グラムシとタッソーだ。それが理解できなければ、彼女は
今になって思うが、監視対象と接触する役を、俺ではなくエルモンドにしてよかった。
俺にはグラムシもタッソーも、ただ理屈っぽい偏屈じじいにしか見えない。
いつからか、あの手の考察を、エルモンドが面白がるようになっていて、食事の時まで哲学書の話しをするもんだから、しばらく煩わしかったなと思い出した。あの時すでに、エルモンドは、恋に落ちていたのだろうとジェラルドは思った。
馬車では何があったのだろうか、化粧は崩れていなかったから、接触はなかったということなのだろうが、思いを伝えるくらいのことは、したのかもしれない。
決して叶わぬ恋をしている親友を、ジェラルドは、気の毒に思った。
ロゼッタが晩餐会の会場に入っていくと、全員揃っていて、一斉に席を立ち、聖女を迎えた。
「お待たせしてしまったかしら。2時間も立っていたので疲れてしまって、侍女に泣きついていたところでしたのよ」しゃなりしゃなりと歩き、まるで悪意のない貴婦人を装ったロゼッタだが、これは明らかに棘のある言葉だった。
なぜこんなに立たされなければならないのかと、教会側を避難したのだ。
コルベール前教王ならば、聖女の負担を考え、手短に済ませただろう。
「モディリアーニ教王、この度、教王を御即位されたことを、喜ばしく思います。前教王様には、ひとかたならぬご厚情を賜り、御礼申し上げます。彼の尽力があったからこそ、聖獣をこんなにも早く召喚できたのでしょう」ロゼッタは形式的な祝辞を述べた。
「いえいえ、それは聖女様のお力が、お強かったということでしょう」モディリアーニは、小娘の嫌味など、聞き流せば良いと思い、礼儀正しい笑顔を顔に貼り付けた。
「私は平凡な女です。それに比べ、雷名轟く大偉人で、歴代最高と謳われた前教王様ですから、きっと、女神エキナセア様の祝福を受けておられたのでしょう。惜しい方を亡くしましたね」
コルベールを褒めそやし、敬称に様をつけたロゼッタを、モディリアーニは苦々しく思い、口元を僅かに歪めた。
「エキナセア教会は、前教王の死を悼んでおります」
「モディリアーニ教王は、若い神官たちから崇敬されていると伺いました。前教王様のように、民から愛される教王になってくださいね」
ロゼッタは始終穏やかに微笑んでいたが、要するにモディリアーニより、コルベールの方が優れていて、今も民に愛されているのはコルベールで、モディリアーニではないと言ったも同然だった。
これはロゼッタからの忠告。モディリアーニ派で固められた教会側につくことはない、傀儡になるつもりは、毛頭ないとするものだった。
先手はロゼッタが取ったが、モディリアーニもやり返して来るだろうと、ロゼッタは身構えた。しかし、予想に反して、モディリアーニは、ただ静かに手元に視線を落とした。
どうやら、この場でロゼッタが先制攻撃を仕掛けてくるとは、夢にも思わなかったのだろう。モディリアーニはロゼッタを、たかが19歳の小娘と、侮っていたのかもしれない。
今まで接触してこなかった理由も、ロゼッタを操ることなど容易いと、高を括っていたのだろう。
ところが、ロゼッタを思い通りに動かすのは一筋縄ではいかないと知り、モディリアーニは、この場は傍観し、立て直しを図った方が賢明と、判断したようだった。
だからと言って、引き下がってやるつもりは、ロゼッタにはなかった。聖女宮の侍女たちや、騎士たちを守るために、徹底的に手も足も出せないほどに追い詰めてやる。コルベール教王のように、殺されてなるものかと、ロゼッタは思った。
「国王陛下、王太子殿下が先日、婚約者のドナを紹介してくださいました。彼女は美しく、可愛らしい方ですわね」
「ドナテッラ嬢は天使のようですよ。アロンツォも、すっかり籠絡されおって」
「私もです。すっかりドナのことが気に入ってしまいましたのよ。王太子殿下、あなたの愛する婚約者を、時々私に貸してくださらないかしら」ロゼッタは、ドナテッラと友人になりたいと申し入れた。
アロンツォはロゼッタが、今度は自分に仕掛けてきようだと気がついた。
ロゼッタが先制点を取ったところで、交戦は終わったかと思っていたが、どうやら彼女は、まだ何かを企んでいるらしい、これは見ものだなとアロンツォは思い、退屈な晩餐会が、楽しいものになるならばと、ロゼッタの駒になることにした。
「ええ、構いませんよ、ドナにとって聖女様とお話しできることは、欣喜でしょう」
「嬉しいですわ、来年が結婚式だと伺いました。ブライズメイドは決まっているのかしら?」
ブライズメイドとは花嫁の付添人であり、結婚を妬んだ悪魔の目を惑わし、花嫁を守るという昔からの慣習だ。
「ええ、ドナの友人のご令嬢が4人。ですが4はあまりいい数字ではない。もう1人、私の可愛いドナを守ってくれる女性を探しているところです。もし聖女様が、ドナのブライズメイドになってくだされば、悪魔も決して近寄ろうとは思わないでしょうね」ブライズメイドまで下調べが済んでいるとは、侮れない女だ。
「嬉しいですわ、結婚式が楽しみですわね」
ロゼッタがブライズメイドになれば、花嫁の最も親しい友人『メイド・オブ・オナー』は、ロゼッタに決まったようなものだ。
なかなかやるじゃないかと、アロンツォは感心した。
ついこの間まで、平民だったとは思えないほど堂々とした姿で、晩餐会の雑談のように喋り、国の重鎮たちの前で、モディリアーニを称賛しない、王室側につくと言ってのけ、この場を牛耳っている。面白い女だ、もっと知りたいと、アロンツォはロゼッタに興味が湧いた。
「そういえば、聞きましたよ。国王陛下、私と、サルヴァトーレ王子殿下を結婚させたがっているとか」
今度は国王に噛みつこうとしている。どれほど豪胆な女なのだろうかと、アロンツォは、声をあげて笑いたくなった。先日のロゼッタとは、随分と印象が違うじゃないかと思い、アロンツォは騙された気分だった。
「ハハハ、お耳に入ってしまわれましたか、そうです。ちょうど、私の息子の妃の席が、1つ空いておりましてな、聖女様と婚姻できれば、これほど大慶なことはないだろうと思ったのです」
「それではサルヴァトーレ殿下が可哀想だわ。それに、私は結婚する気なんてありませんの。神官たちは結婚が許されないのだとか、ならば聖女である私も、この身を女神エキナセア様に捧げ、純潔を貫きましょう」
この発言には皆、思うところがあったようで、一斉にロゼッタを見つめた。婚姻により得られる恩恵が潰えたのだから、焦りもする。
「こんなに若く美しい女性が、生涯独身を貫くなど、悲しきことですな」ちょうど年頃の息子を持つ、貴族員議長が発言した。
副議長であるヴェルニッツィ侯爵に突き上げられ立場が揺らいでいるのだろう。必死にもなるというものだ。
「そんな風に言っていただけて嬉しいですわ」
「サルヴァトーレはどうなんだ?こなに美しい女性を娶りたいと思わないか?」リナルドがサルヴァトーレに訊いた。
「陛下、もし聖女様が私を好いてくれたなら、幸甚の至りでしょう」サルヴァトーレが答えた。
これに対して、ロゼッタはどう出るだろうかと、アロンツォはワクワクしながら、聞き耳を立てた。痛烈にやり込めるのだろうと予想していたが、意外にもロゼッタは、少女のように笑った。その笑顔に魅せられた男たちの、生唾を呑み込む音が聞こえてきそうだった。
「フフフ、私、好いている殿方なら、すでにおりますのよ。彼の名前はフランチェスコと言いますの。だから私の心は、得られませんよ」
19歳の女性が、男性の話題を、恥ずかしそうにしながらする姿は、何の悪意も感じられなかった。まるで、白馬の王子様を夢見る純粋な乙女のように、ロゼッタは振る舞った。
令息たちがどんなに言い寄ってきても、無駄だと釘を刺したロゼッタに、アロンツォは感服した。
フランチェスコという名前の貴族はいるか?とロゼッタに聞かれた理由が、これだったとは、ジェラルドは大笑いしたいのを、必死で堪えた。
確かに、あの倉庫の銅像フランチェスコは、ロゼッタの秘密の恋人と言っても過言ではないかもしれない。ここにいる貴族たちは、これから謎の男、フランチェスコを追いかけるに違いない。ありもしない男を追いかけさせるとは、実に滑稽だとジェラルドは思った。
そのあとロゼッタは、傾倒するグラムシやタッソーの話をし、考古学、美術史、音楽史の話をし、流石は図書館司書と思わせる博識さを見せた。
しかし、内政に関わる話しは一切しなかった。それは言外に、政治には関わるつもりがない、と言ったも同然だった。
晩餐会は完全にロゼッタの独擅場となって終了した。
エルモンドがエスコートし、聖女宮に戻ってくるまで、ロゼッタは頷いたり、首を振ったりするだけで、一言も喋らなかった。
自室に戻るなり、バスルームに駆け込み、食べたものを全て吐き出した。
アリーチェは、えずくロゼッタの背中をさすった。「巧みな牽制でした」
「ゴッティの『紅の王女』に出てくる、強かな女ヨランダは、最低最悪の女なの、可愛い顔して牙を剥くのよ。だから私、ヨランダを演じることにしたの。上手くいったかしら」
ガタガタと震えるロゼッタの手を、アリーチェはそっと撫でた。
「先ほどのロゼッタ様は、乙女の顔をした悪女でしたわよ。能ある鷹は爪を隠すとは、このことですわね。普段のあなた様からは、想像できないほど、天晴れでした。聖獣を操るあなた様の爪で、引っ掻かれたいと思う命知らずはおりませんでしょう。教会や貴族たちを、退けることができたと思いますわよ」
「アリーチェ、私、家族に会いたい。でも養蜂場を空けるわけにはいかないの。だからせめて、姉たちに来てもらいたい。姉たちの顔が見たいの」
「承知しました。すぐに手配いたしましょう」
「ありがとう」ロゼッタはアリーチェの手をぎゅっと握った。誰かにしがみついていないと、不安に押しつぶされ、体がバラバラに崩れてしまうのではないかと思った。
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