第11話

 今日は教王の告別式だ。国民全員が、慈悲深く、歴代最高の教王と呼ばれたパトリツィオ・コルベールの死を悼んだ。


 ロゼッタには、コルベールとの別れの時間が特別に設けられ、まだ聖女の即位式をしていないロゼッタを、人前に晒さないために、人払いがされた。


 荘厳な大聖堂に足音だけが響き渡り、しじまを破った。


 こんなにも素晴らしい大聖堂にいるのに、心は遣る瀬無い思いでいっぱいだった。

 ロゼッタは教王の献花台に、エキナセアの花を一輪置き、祈りを捧げた。


 ——教王、私は守りたいです。私を慕ってくれる人たちを。でも私にその力がありません。力及ばず、誰も守れないなんて耐えられまん。力が欲しい、今すぐに。教王、どうか、どうか、私に力を貸してください——


 エルモンドとジェラルド、アリーチェも献花し、祈りを捧げた。


「どうしてこんなにも温厚篤実な方が殺されねばならないのでしょうか。嘆かわしい。私は腹が立ってしかたがありません。教王の死の真相を暴き、犯人に罪を償わせたい」ロゼッタは怒りに震えながら言った。


「気持ちは分かります。ですが危険です」エルモンドは慰めるように、ロゼッタの肩に手を置いた。


「分かっています。今の私にそんな力はないですし、自分の身を守ることで、精一杯ですから。でも、いつかは強くなって、この報いを受けさてやります」


「手を貸しますよ。こてんぱんにやっつけてやりましょう」ジェラルドが言った。

「ジェラルド、ありがとうございます」


 大聖堂から出てきたところで、待ち伏せしていた様子のアロンツォが話しかけてきた。

「聖女様、謁見から随分経ってしまいましたね。ずっとお話ししたかったのですが、周囲の目がありますから、即位式の後で、と思っておりました」


「王太子殿下、お心遣いありがとうございます」


「告別式は、聖女様が手配してくださったと聞きました。素晴らしい告別式になったことを、心より感謝申し上げます。コルベール教王は、私にとって祖父のような存在でした」


「私にとってもです。戸惑うことも多かった聖女教育を、やり遂げられたのは、教王のおかげです。慈愛に満ちた方、そして、愉快な方でした」


 ある日、聖女教育に訪れたロゼッタに、コルベールはイタズラを仕掛けた。

 教王の頭に槍が突き刺さっている姿を目撃したロゼッタは、仰天して腰を抜かしてしまった。


 その様子を教王は愉快そうに、本当に愉快そうに笑ったのだ。その後で、この仕掛けは、孤児院の少年から教わったのだと、自慢気に話してくれたのだ。


「よくイタズラを仕掛ける人でしたからね」アロンツォは、過去の記憶を懐かしみながら言った。


「王太子殿下もイタズラの被害に?」ロゼッタが訊いた。


「はい、子供の頃は、よく驚かされました。机にオモチャのヘビを仕掛けられたことだってあるんですよ。それを発見した私は、どんなに恐ろしい思いをしたか、今でもヘビが苦手です」アロンツォは憤慨してみせた。


「嬉々としている教王が、目に浮かぶようです」

 アロンツォから優しい瞳を向けられ、ロゼッタはドキリとした。


「聖獣を召喚なさったそうですね。おめでとうございます」


「あ、ありがとうございます」アロンツォの整った顔と、柔らかい声に、ロゼッタは恥じらいながら微笑んだ。


 アロンツォはロゼッタの肩に手を回し、耳元で囁いた。はたから見れば、まるで友人の死を悼む者同士が、励まし合っているように見えるだろう。

「実はそのことでお話があります。護衛騎士の動きから察するに、我々と志しは同じと確信しております。後日、聖女宮を訪ねさせていただきます」

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