8月24日
「はーい、じゃあ次の6人いくぞー。男子ジロジロ見んなー。女子は25mを1往復、型はなんでもいいから泳げりゃ合格。はいよーいドン。」
体育教師のホイッスルと同時に女子たちの身体が宙に舞うけど、言われなくたって色気のないラッシュガードじゃ胸も尻も見たってしょうがない。
それより気になるのは…
「ルークくぅ~ん」
小型の生徒が使う用の
海洋都市に住んでる割にエリモは、というかラッコは泳ぎが下手なようで、普段は空気入りのリュックなど浮かぶものを携帯していたり、海を移動する際にそういった獣人向けの水タク(ホバークラフト)を利用するそうで困ることはないそうだ。
海洋と陸上じゃ生活圏の違いってもんがあるから授業で無理に泳がせる必要が無いとはいえ、陸に住む生き物が必死こいて泳ぐ中でこいつがぷかぷか呑気に浮かんでるのはどうなんだろうか…?
ぴちゃぴちゃと足を動かし、ゆっくり進むエリモのビート板にお調子者のネズミ生徒が乗り始め、「船出だ」だの「明日に向かって進め」だの盛り上がっている。
エリモも2ヶ月でだいぶクラスに馴染んだよなぁ。
そりゃあ隣の席に座る俺といちばん話すけど、最近はクラス全体でエリモと仲良くやっている。
プールサイドに吹き込むぬるい風が、エリモと出会った頃よりも少し涼しく感じられる。
交換留学終了の時は近づいていて、エリモが海洋都市に帰ってしまうまでもう一週間を切っていた。
_____
昼休み。
「ねえ、ルークくん。明日は用事とかなぁい?」
食後のハイカロリーゼリーを吸いながらエリモが顔を寄せて話しかけてくる。
「土曜?まぁなんもないけど、なんかあんの?」
土日は基本学校は休みだけど、海洋都市と陸上都市の交換留学で来ている以上、エリモも遊んで食ってばかりはいられないらしい。
貴重な土日も、小さな子どもに海洋都市の住人について学んでもらうために保育園や幼稚園に出向いたり、海洋都市住人向けのケータリング品を作る会社に招かれたり、なんかお偉いさんの所に行ってバリアフリーについて語ったりするのだそうだ。
『乾燥貝柱ってぇ、海洋都市で食べるホタテとは一味違ういいおつまみだけどちょっと高いよねぇ。』
『塩辛、しょっぱにがいよぉ。海水飲んでるみたいぃ~』
などと食い物のことばかり話すエリモに正直向いているとは思えないけれど…
「うん~、
エリモが向こうの友人たちにリクエストされたであろう、紙に書かれたお土産リストを俺に渡す。
・レイブンナイツ(バスケチーム)のタンクトップ
・パワーストーン(特にアメジスト)
・ケトルベルorかわいいダンベル
・ビー玉、おはじき
・サイリウム
・レトルトパウチ、缶詰(ふかひれ缶とか鯨)
・大型用コンドーム
・チョーク
「………………?」
なんだこのリスト。
…エリモの友達ってこんなの欲しがんの?
「けっこう多いんだけど、ショッピングモールだけで揃えられるかなぁ~」
「まぁすぐ揃えられるけど、ほんとにこれを欲しがってんの?」
タンクトップは前ちょろっと聞いた気がするけど、他が全く分からない。
ケトルベルってなんだ?
「向こうはこっちのスポーツ中継がすきだからぁ、人気チームのタンクトップ。タンクトップは着てても泳ぐとき邪魔じゃないしぃ。」
どうも海洋都市の方にはペリカンやサギといった白い連中が多いためカラスを中心に構成された黒のチームが人気だそうだ。
「パワーストーンは、まぁインテリアだよな。ビー玉とかおはじきも。なにこのケトルベルって。」
「やかんみたいな形したまぁるいダンベルでぇ、重たいから流されないし家に置くとかわいいからイルカとかシャチの若い人たちに人気なんだよぉ。」
エリモが見せてきたスマホには実用性インテリアとしてケトルベルを手に持って重量の力で深くまで潜るシャチの男女の動画が流れていた。
土産って工芸品とかお菓子とかそういうのが好まれると思ってたけど、水中だったり水流がある環境だと重量って結構大事なんだな。
じゃあ、ボウリング玉とかよさそうだしもしスポーツショップとかにあったら提案してみるか。
………問題は…。
「エリモ、まぁ、あるにはあるんだけどさ。…コンドームって、ほんとにあのコンドーム?」
「うん?…あ~~っ。ルークくんえっちぃ~」
俺が何を気にしてるのか気づいたのか手のひらで口元を覆いながら足を揺らして俺をからかう。
足元の金ダライから聞こえるちゃぷちゃぷという水音がエリモの喜びをそのまま表しているみたいだ。
「いや、しょうがないだろ!お前…しかも大型って…」
クジラ用とか…?
くふ、くふと抑えつつも声を出して笑っているエリモは、俺の顔を見ては笑みをこぼす。
「実はねぇ、色々使えるんだぁ。あれって丈夫なゴムの袋でしょお。水をいっぱい入れて膨らまして結ぶと水中でクッションにもできるし、ぽよぽよするからバレーボールみたいにあそべるんだよぉ~。」
コンドームの用途を真面目に考える俺の顔がそんなに面白かったのか、そしてまさかの用途に呆気に取られた俺の顔を見てかエリモは解説を終えてもまだ若干笑っている。
「まっぎらわしい書き方しやがって!水風船とかでもいいだろじゃあ!」
「しらないよぉ、あれが1番丈夫なんだもん~えっちなこと考えたのはルークくんでしょお~」
「うるせ、この!」
上履きを脱ぎ捨ててタライに足を突っ込み、エリモの弱点である指の付け根をくすぐってやるとうきゃあ、なんて笑いながら椅子をがたがた揺らして笑い出す。
床をびしょびしょにしながら過ごす昼休みは、足を水につけていようがこんなにも暑い。
明日、エリモと出かけんのかぁ。
山の向こうに見える入道雲に頼むから雨は堪忍、と願おうと思ったけどエリモにとっちゃそれのが楽かと思って、手を合わせるのをやめた。
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