第2章

第34話:旅立ち

 僕は行商隊と一緒に村を出た。

 お父さんとお母さん、妹たちだけでなく、村の衆総出で見送ってくれた。

 だけど1人で村を出たわけではない。


 僕が買った牛の母子が一緒だった。

 母牛は、僕の家で作った小麦とドライフルーツを背負っている。

 子牛は母牛の後を歩いている。


 残念なのは、僕に乗馬を教えてくれていた馬を連れて行けなかった事だ。

 お父さんとお母さんが行商隊に頼んでいた、若い軍馬が届いたので、お父さんは僕が連れて行っても良いと言ってくれたけれど、ジョセフ代表に断られた。


 それでなくても牛に乗せている荷物が少なくて目立つのに、軍馬など連れていたら更に目立ってしまい、盗賊や王侯貴族に狙われると言われたのだ。


 それを聞いたお父さんとお母さんが軍馬を連れて行くのを反対した。

 僕もどうしても連れて行きたい訳ではないので、素直に言う事を聞いた。


 ここで文句を言って『やっぱり行商人にはさせない』とお母さんが言い出したら困ると思ったのだ。


 だけど家を連れて出たのは牛の母子だけではない。

 毎日魔力で成長させた鶏10羽も連れて出た。


 ロック鳥やルフと呼ばれる巨大な魔鳥と同じくらい大きくなった鶏を、僕がいなくなる村に置いて行けるはずがない。


 彼らが満足するくらいの食糧を毎日用意できるのは、僕の木属性魔術だけなので、一緒に連れて行くしかないし、可愛くて離れられない。


 ただ、ロック鶏の存在だけは誰にも教えられない。

 お父さんとお母さんにも、大鷹よりも大きくなった時に逃げたと言ってあった。

 それ以降は、僕が奥山まで行って果樹や穀物を生長させて餌にしていた。


 だからこれからも、適度に果樹を成長させてロック鶏に餌にする。

 ロック鶏は動物も食べられるようなのだが、僕が嫌がるから食べないようにしてくれているので、絶対に美味しい果物や穀物を作ってあげないといけない。


 奥山の一角に広大な果樹林と穀物の草原を作ってあげた。

 1度実らせたら、10日くらいは何かあっても餌に困らないと思うけれど、できれば毎日新鮮な果物と穀物を食べさせてあげたい。


「行商人がぼおっと歩いたら駄目、周囲から襲われないか常に注意して歩く!」


 僕の指導役になったウィロウが側にいて教えてくれる。

 牛に荷籠をつける方法も、崩れないように荷物を積む方法も教えてくれた。


 荷が崩れない牛の歩かせ方も教えてくれたけど、これはまだよく分からない。

 僕の母牛は既に覚えているし、僕を困らせようとして悪い歩き方もしない。

 だから僕は、周りの危険がないか気をつけるだけでいい。


 初めて村から出る行商は、とても驚きに満ちていると言いたいけれど、そんな事はなかった。


 ただゆっくりと歩いているだけだし、周りの風景も村の周りと変わらない。

 でも、ウィロウと一緒に歩ける周囲は輝いて見えた。

 同じ風景なのに、とても光り輝いて見えた。


「野営の準備をするぞ!」


 ジョセフ代表がそう言う前から、ウィロウたちは野営の準備をしていた。

 牛の横を歩きながら、荷崩れの心配がいらない軽い道具を手に持っていた。


 周りの木々が切り倒されて少し広くなった場所、家の村に来る時は何時もここで野営するのだろう。


 行商人は常に2人以上で組んで仕事をする。

 特に、森の中に入って焚火に使う落ち葉や枯れ枝を拾う時は人数が多い。

 それだけ村から離れた森の中は危険なのだろう。


「美味しい果物を作ろうか?」


 僕はウィロウに聞いてみた。

 ウィロウの役に立ちたい、ウィロウに美味し果物を食べさせてあげたい!


「できるのか?」


「簡単にできるよ」


「族長、ケーンが果物を作ろうかと言っています!」


「そうか、直ぐに集められるくらいの数を作ってもらえ。

 暗くなると、食事はともかく野営の準備ができなくなる。

 果物を全部集めない、臭いにつられて魔獣が集まってくるかもしれない」


「ジョセフ代表、果物の臭いよりも人間の臭いに集まってくると思います」


 僕がそう言うと。


「人間の臭いに集まる魔獣もいれば、美味しい果物の香りに集まる魔獣もいる。

 街や村の外にいる時は、わずかでも危険のある事は避けるのだ。

 とはいえ、美味しい果物を食べられる機会は逃せない。

 特に水代わりになるみずみずしい果物はだ、スイカを作ってくれ」


「はい、スイカをみんなで集められるくらい作ります」


 僕はそう言うと種を蒔いて木属性魔術を使った。

 直ぐに芽を出し茎や葉が成長し、大きなスイカの実をつけた。


 ジョセフ代表が生まれて初めて食べたと言うくらい、甘くてみずみずしくて大きなスイカだから、1人1個でも食べ切れない。

 でも直ぐに収穫できる数と言われたら、1人3個は必要だと思ってしまった。


「代表、とても食べ切れる量じゃないですが、これは間違いですか?」


 そうジョセフ代表に聞くウィロウは、間違いだったら僕を叱ってやるという表情をしていた。


「間違いじゃないぞ、食べ切れない分はアイテムボックスに入れておけ。

 ケーンのスイカは間違いなく高値で売れる、今から売り方を考えておけ。

 それに、牛も食べたそうにしている、食べさせてやれ」


 牛は草でも葉っぱでも、何でも食べるけれど、甘い物が大好きだ。

 みずみずしくて甘いスイカは大好きだ。

 牛にもあげるならもっとたくさん実らせてあげればよかった。

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