第25話:大移住計画

 フィンリー神官が行商隊代表の提案を受け入れたのには驚いた。

 お父さんもとても驚いた表情をしていた。

 村人に隠し事をしないフィンリー神官らしくなかった。


 お母さんは何か理由があるのだろうと言っていたが、お父さんは納得いかないようだった。


 翌朝早くフィンリー神官が村人全員を集めた。

 フィンリー神官だけでなく、行商隊の代表もいた。

 何かとんでもない事が起きそうで、村人全員が緊張していた。


「昨日行商隊の代表からこの村に常設の店を開きたいと言われた」


「「「「「ウォオオオオ」」」」」


 村の衆が一斉に大声出したのにはびっくりした!

 しかも物凄くうれしそうな表情をしている。

 昨日は文句を言っていたお父さんまでとてもうれしそうだ。


 僕には分からないが、村に店ができるのはとても良い事らしい。

 だけど、店というのは何所に作るのだ?

 教会を囲むように建っている家は、全部村の衆が住んでいるぞ?

 

「そうか、賛成してくれるか、私も店は欲しいと思っていた。

 ただ、大きな問題がある、何所を店にするか、何所に住んでもらうかだ!」


 とたんに村の衆の表情が曇った。

 何人かは隣の人間をうかがうように見ている。

 誰だって家を出て行かされるのは嫌だ。


「いくつかの方法があるのだが、その中で良いと思った方法に手をあげてくれ」


 フィンリー神官は、村人全員が理解したか確かめるように、ゆっくりと目を動かして村人全員を見ている。


「1つは、クジで当たった者の家を空けてもらい、そこに入ってもらう事だ。

 家を空けてくれた者に村全体から保証を出す。

 新しい家は、これまで果樹林だった場所に建てる」


 これは、話した方が良いだろう。


「フィンリー神官、だったら果樹を外側に植え直した方が良いです。

 果樹はこの村に何かあった時に大切な食糧です。

 切り倒してしまうよりは、蔦の壁を外に張り出した方が良いです」


「そんな事ができるのか?」


「簡単にできます」


「だそうだ、畑が少し狭くなるし、村の中に入るのに少し不便になるが、その分は村全体で何か補わせてもらう。

 1つ目の提案は分かってくれたな?」


 フィンリー神官はそう言うと、また村人全体に視線を送った。


「次の方法は、これまで表門だった通路、その外側に新しく店を造る事だ。

 左右に果樹林を持つ者は……ケーン、その果樹も植え替えてくれるのか?」


「植え替えます」


「だったら左右の家は少しだけ畑が小さくなる。

 後は、私と家族が、外への出入りに多少こまるくらいだ。

 建てる店と家は村全体で協力する、2つ目の提案は分かってくれたな?」


 フィンリー神官はそう言うと、また村人全体に視線を送った。

 本当にこの提案で良いのだろうか?

 フィンリー神官の家族が村を出入りする時は、誰かの家を通る事になるぞ。


「次の方法は、教会を明け渡して店にする。

 新しい教会をさっき言った方法で建てる、3つ目の提案は分かってくれたな?」


 フィンリー神官はそう言うと、また村人全体に視線を送った。

 でも、これだと、店の人が村を出入りする時に誰かの家を通り事になる。

 教会の中を通り抜けられるようにするのかな?


「最後の方法、4つ目の提案は、村の外に店を建てる事だ。

 畑の中、何所でも良いから建ててもらうのだ、分かってくれたか?」


 フィンリー神官はそう言うと、また村人全体に視線を送った。


「1つ、いや2つ、代表に確認しておきたいことがある」


 お父さんまで真剣な顔で行商隊の代表に言った。


「なんだ?」


「行商隊は何所に建てたいと思っているのだ。

 そして行商隊とその家族全員が移住してくる気か?」


 移住、それも行商隊の家族全員が?!


「流石だな、アラミス、これだけ話しただけで全部見抜くか」


 フィンリー神官ではなく行商隊代表が答えた。


「これまでの経過を考えれば分かる事だ。

 この村の守りが信じられないくらい強固になったのを見て、非常時の避難先にしたくなったのだろう?」


「そうだ、行商隊とその家族の命を預かる者として、店1軒開くだけで安全が買えるのなら安い物だと判断した。

 安全と水は命を守る大切なモノ、金で買えるなら、買える時に買えるだけ買っておくのが行商人のやり方だ」


「ケーン、里山を覆う蔦壁を作っているが、あれをもっと小さくできるか?

 この村を覆ったように、2重3重にできるか?」


 お父さんが僕に聞いて来た。


「簡単だよ、畑や果樹林がいらないのなら、明日1日で村分くらいは作れるよ」


「聞いた通りだ、何かあった時に、村に行商隊の家族が100人も200人も逃げてきたら、必ず村の衆と争いになる。

 それくらいなら、最初から新しい村を作った方が良い。

 雨露をしのぐだけなら、蔦の屋根でできるな、ケーン?」


「それも任せてよ、屋根はもちろん外壁や部屋の仕切りも蔦でできるよ。

 床は土間にしておかないと、蔦では歩き難いよ。

 ただ、出入り口は毎日蔦を切ってもらわないと、直ぐに覆われてしまうよ」


「という事だが、どうする、代表、フィンリー神官」


「今の話が本当なら、新しい村を造ってもらう方が有り難い。

 仲間の、いや、家族の安全のためだ、村造りはできるだけ自分たちでやる。

 2重3重の安全な壁を造ってもらえるのなら、それ以上は望まん」


「ケーン、代表がこう言っているが、やってやるか?」


「僕には良く分からないけれど、村のみんなが、店が有った方が良いと言うのなら、少し離れた里山の辺りでも良いと言うのなら、今日中に作るよ」

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