第7話:殺害
ドン、ドン、ドン、ドン、ドン、ドン!
開拓村に警報の太鼓が響き渡ります。
恐ろしい魔獣が現れた事を村人に知らせるための太鼓です。
「お父さん、何があったの?」
「魔獣だ、フェロウシャス・ボアを見かけたそうだ」
ワイン甕を造っていた僕は、急いで村に戻って来たお父さんに聞きました。
人間を見境なしに襲う猛々しい猪、フェロウシャス・ボアが内山から里山に下りてきたと言うのです。
「フェロウシャス・ボアて、そんなに恐ろしいの?」
「ああ、とても恐ろしいぞ。
普通の猪、200kgの奴でも、その牙で内股を裂かれると即死してしまう。
まして5000kgもあるフェロウシャス・ボアだと、軽く触れただけで吹き飛ばされて死ぬ事になる」
「そんな強い奴が襲ってきたら村はどうなってしまうの?
家の壁が突き破られてしまうんじゃない?」
「大丈夫だ、心配するな、お父さんとお母さんがいる。
お父さんとお母さんはこういう時のために開拓村にいるんだ。
こう見えてお父さんとお母さんは強いんだぞ」
「お父さんとお母さんが強いのは知っているけど、フェロウシャス・ボアはとても強いのでしょう?」
「ああ、とても強いが、大丈夫、必ず狩ってやる。
フェロウシャス・ボアの肉はとても美味しいんだぞ。
普段食べているラビットやディアとは比べ物にならないくらい脂がのっていて、ほっぺが落ちるくらい美味しいぞ」
「お肉なんて食べられなくてもいいよ。
お父さんとお母さんが危ない事をしない方が良いよ!」
「分かっているさ、お父さんたちだって無理に狩る気はない。
ケーンのお陰で食糧には十分な余裕がある。
里山の果物や畑の穀物を食べて満足してくれるのなら、そのままに逃すよ」
お父さんの言っている事が本当なら、僕が果物を実らせたのが良かったのだと思えて、胸の痛みが少なくなります。
僕が果物実らせた事で、村は豊かになりましたが、心を乱して追い出されてしまった人がいました、家族を失った人がいたのです。
豊かになっただけでは、家族を失った辛い気持ちは癒されません。
僕はずっと心が痛かったのです。
でも、豊かになったから、命懸けで戦わなくてすむのなら、胸の痛みの少なくなり、家族を失った人たちを見ても目を逸らさなくてすみます。
胸の痛みがなくなるわけではないですが、小さくなってくれるかもしれません。
僕は今の日本の家族の事を忘れていません。
日本のお父さんとお母さん、布施のお爺ちゃんとお婆ちゃん、長瀬のお爺ちゃんとお婆ちゃん、夢を見て飛び起きる度に胸が痛むのです。
「来るぞ、フェロウシャス・ボアがこっちにやって来るぞ!」
「ちっ、こちらの都合良くは動いてくれないか!
ケーンはこのままここにいろ、お父さんがフェロウシャス・ボアを退治してやる」
このままではお父さんが危険な戦いに行ってしまう!
ジョイ神様、イワナガヒメ神様、僕にお父さんを助ける力を下さい。
フェロウシャス・ボアを殺せる力を授けてください!
僕の心にフェロウシャス・ボアを殺せる魔術が思い浮かびました!
お父さんが閉めて行った門を急いで開けて、後を追いかけます。
必殺の魔術だと思いますが、直ぐに効果がない魔術です。
時間をかけないと殺せない魔術です。
「お父さん、ジョイ神からフェロウシャス・ボアを殺せる魔術を授かった!
無理に殺そうとせずに時間を稼いで!」
「危ないから家に戻っていろ!」
お父さんが物凄く怖い顔をして怒鳴りました。
生まれて初めて見る、お父さんが本気で怒った顔です。
でも、ここで戻るなら最初から追いかけて来ません
「サファケイト!」
生れた時から練習を重ねた身体強化魔術で目を良くしたら、まだ畑の端にいるフェロウシャス・ボアを正確に狙えます。
フェロウシャス・ボアの鼻と口に空気の塊を詰め込んで、息をできなくして窒息死させる木属性魔術です。
木属性なのに風魔術を使えたと言う事は、風は木属性に含まれるのでしょう。
同時に、僕の生まれた時からの努力で増えた魔力が、フェロウシャス・ボアの抵抗力や身体強化を遥かに上回ったのでしょう。
ですが、窒息だと即死させられません。
僕なら1分とか2分で窒息するでしょうが、フェロウシャス・ボアだと10分も20分も息が続くかもしれません。
「お父さん、フェロウシャス・ボアを窒息させているんだ。
鼻と口に空気の塊を詰めて息ができなくしているんだ、鼻や喉は斬らないで!」
「なに、そんな器用な魔術が使えるのか?!
聞いたな、無理しなくていいぞ、逃げて逃げて逃げ回れ」
「「「「「はい」」」」」
お父さんの言葉にお母さんたちが答えます。
開拓村の武力担当が全員外に出ています。
命を賭けてフェロウシャス・ボアと戦おうとしていたのです。
死にかけたフェロウシャス・ボアが、怒り狂ってお父さんたちを襲うのが怖かったのですが、そんな心配はいりませんでした。
フェロウシャス・ボアは何がどうなったか分からず、急に息ができなくなったので、苦しくてその場で暴れ回っています。
遠目に見て分かるのは、息を荒くして呼吸をしようとしているのに、息ができない姿です。
口を大きく開けて呼吸をしようとしてできない姿です。
最初は立っていましたが、今では横になって暴れています。
……猛獣や魔獣であろうと、生き物を殺すのは嫌です。
本当は肉を食べるのも嫌なのです。
でも、お母さんが用意してくれた食べ物を残す訳にはいきません。
貧しい辺境で、お父さんが命がけで獲って来てくれた肉を、食べたくないとは言えません。
心の中で血の涙を流して肉を食べていました。
『いただきます、ご馳走さま』と心の中でつぶやき、命を頂く罪深さを詫び、心から感謝して食べました。
その僕が、この手で命を奪う!
お父さんとお母さんが殺される心配がなければ、絶対にやっていません!
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