第286話 学校生活の始まり
四月八日。
エルフィナは真新しい制服を纏って、道を歩いていた。
春になったこの地域は、寒いというほどではなく、むしろ陽射しが強いと暑いと感じるほどで、これに関してはどちらかというと故郷のティターナの森に近い気候だ。
問題は、足元が非常に寒々しいことだ。
ストッキングという足全体を覆う薄いものを履いてはいるが、それでも下着は透けている。
うっかり強い風が吹いたら下着が見えそうになるのはさすがに恥ずかしいが――。
学校に近付くにつれ、同じ服装の人が増えてきた。
見ると、女性はエルフィナと同じようにスカートが非常に短い人が多い。
たまに長い人もいるが、数としては三倍ほどは違うか。
(でもこの位なら、長くてもよかったと思うんですけど)
美佳曰く、急いで調達したからという事らしいが。
さすがに生活費その他を全部世話になってる身であまり贅沢なことは言えないので、これに関しては受け入れるしかない。
(それにしても、本当に多いですね……)
アルス王立学院の学生数は全部で千人程度だった。
しかもそれで、年齢は下は十歳くらい、上も二十歳くらいまではいる。
これに研究生が三百人くらい。
対して、この学校は同じ年齢の子ばかり、三百人近くもいるらしい。三学年で九百人ほど。
規模だけでいえばアルス王立学院の方が大きいが、そもそも敷地面積が違う。
一度、道順を覚えるために美佳と見学に来たが、アルス王立学院の十分の一程度の広さしかない。
美佳に言わせるとこれでも破格に広いらしいが。
事前に送られてきた通知書によると、エルフィナのクラスは一組。どうやら数字でクラスを分類しているようだ。
ちなみに名前は、エルフィナ・クレスエンテライテとなっている。
氏族の名称は姓とは違うのだがと思うが、確かに他に適切なものはないのでそこは諦めた。
「……う。なんか……注目されてる……?」
とはいえ、理由は分かる。
周りが全員黒髪なのに、自分だけ金髪だ。
瞳もみんなほぼ同じ色だが、エルフィナのそれは翠と蒼。肌も明らかに白い。どうやっても目立つだろう。
もっともこれに関してはアルス王立学院に入った時も似たようなものだったが、あの時はコウが隣にいた。
(あ……でもあの時は、まだコウのことを好きだって自覚、なかったですね)
ふと思い出して、小さく笑う。
その笑みが、周りの生徒にどういう影響を与えるのかについて、無論エルフィナは無自覚だった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「エルフィナ・クレスエンテライテです。スウェーデンから来ました。知り合いに日本人がいたのもあって、日本語を勉強していて、この度留学することになりました。よろしくお願いします」
美佳の助言で考えた自己紹介を、一字一句間違えずにこなす。
ちなみに美佳がなぜ学校のことに詳しいのかと思ったら、この学校ではないが以前通っていたことがあるらしい。社会経験の為と言っていたが。
美佳の容姿は可愛いとは思うが、明らかに日本人だと分かるそれなので、エルフィナほどには目立たなかっただろうが、その経験から色々教えてくれたのは助かった。
入学式と呼ばれる式典は特に何事もなく終わったが、その時から周りからは注目されている感じはあった。
そしてクラスに入ると、やはりみんな遠巻きに見ている。
美佳の情報で、おそらく最初は距離を置いてくるだろうとのことだったので、それがなければ戸惑っていただろう。
そして自己紹介が終わり、教員の説明が一通り終わる。
学校に関する説明それ自体は美佳からも一通り受けていた――アルス王立学院と違い、基本的に講義を聞いて勉強するのが主――が、その内容はかなり多岐にわたっている。
そういえば、コウが桁違いに博識だったことを思い出した。
とはいえ、コウがたどった道を辿れるのは、少し嬉しい。
無事再会した時は、きっと楽しく話せる気がする。
「今日はこれまで。外に行くと部活の勧誘などもあるから、各自興味があったら先輩たちに話を聞くと良い。明日から早速授業となるが、教科書は各自家に届いてるな?」
アルス王立学院にも教師という立場の人間はいたが、どちらかというと一緒になって研究していくのが基本だった。対してこの学校では、教師の立場の人間が一方的に教えてくれるものらしい。
それぞれの科目毎に教えてくれる教師が違うのはアルス王立学院と同じだが、事前に送られてきた教科書と呼ばれる教本の内容を見ると、その内容はあちらよりさらに専門的に思えた。
一応エルフィナも、アルス王立学院を退学する直前くらいには、ある程度の計算や知識は修めていたが、これは相当に難しい気がする。
別にいい成績を無理に修める必要はないが、あとでコウに報告する時に言いづらいのは嫌な気がした。
(とはいえ……この『情報』とかは……意味不明ですね……)
分からないことはとりあえず美佳に聞くことにする。
美佳はさすがにこの世界でずっと過ごしていたからだろうが、とてつもなく博識だ。多分コウよりもずっと。
とりあえず明日の講義は国語総合、英語、世界史、物理基礎、体育とある。
このうち、多分国語と英語は《
とりあえずエルフィナは荷物をまとめて家路につくことにした。
部活動とやらの説明はされたが、要はアルス王立学院における課外選択のようなものだろう――エルフィナはコウと一緒に学生会に巻き込まれていたのでやっていなかった――が、そこまでやるつもりはない。
だが、教師が出て行った直後、同じ教室にいた何人かが集まってきた。
「ねえ、エルフィナさんって、スウェーデン人ってことですけど、日本語本当に上手ですね」
最初に話しかけてきたのは、すぐ隣の席に座っていた女性。
年齢は――と考えて、意味がないことに気付いた。
エルフィナの実年齢である百五十五歳は別にして、今この場にいるのは確実に十五歳から十六歳。
この国は奇妙なことに四月で切り替わるらしいので、おそらくほとんどはまだ十五歳だろう。
感覚的には、確かにエルフィナとほぼ同年代だ。
「え、ええ……そう、ですね」
「でもここまで発音含めて自然なのはすごいですよ。ちなみに、スウェーデン語で『こんにちは』ってどういうのですか?」
「えっと……
もちろん無理矢理覚えたスウェーデン語である。
とはいえ、遠慮なく《
「へぇ。なんか呼びかけるような感じなんですね。それにしても、北欧の人は綺麗な金髪が多いとは聞いてたけど、凄い綺麗ですね。それに、目の色が……違うんですね」
「あ、その、私は少し変わった体質でして」
距離が近い。
女性だからまだ許せるが、男性だと投げ飛ばしたくなる。
その後もわいわいと次々に人が男女問わず集まってきて、入れ替わり立ち代わり質問してくるので、エルフィナはなかなか帰ることができなかった。
さらに、やっと教室を出たと思ったら今度は部活動の勧誘とやらで幾度となく声を掛けられ、結局家に帰りついた時には夕方になっていたのである。
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