第284話 初めての街
「これが……この世界の、街」
エルフィナは文字通り唖然としながら周りを見回した。
ここに来るまでにも、道を走る『自動車』の速度にまず驚いた。
本や映像で一度見ていても、間近で見るとその速度は想像をはるかに超える。
帝都にあった高速馬車より速い速度で通り過ぎるのをみると、その違いに唖然とするしかない。
その後、美佳曰く『駅前』とやらに出たが、人がとても多かった。
美佳によると、今日は比較的人が少ないというかそういう時間帯を選んだということだが、エルフィナからすればこれでも帝都の中心街の市場より少し少ないと思えるくらいだ。
「まあ正直、この辺りはこの国でも最も人が多い地域の一つだからね。平日の昼間でもこの位なのよ」
「……平日?」
言葉は聞き取れるが、エルフィナには意味が分からなかった。
「ああ、そうか。そういう概念がないとさすがに《
「……休む日がみんなで決まってるんですか?」
「全部じゃないわね。でも、かなり多くの人はそんな感じ。ま、二日になったのは最近の話だけど」
エルフィナからすれば不思議な感覚だ。
そもそも
氏族にいる場合は、各自の役割があり、それを果たすことで生活が維持されるものだが、
非常食として木の実を集めたりという仕事はあるにはあったが、中には数ヶ月、あるいは一年に一度しかやらない者もいた。
水と光だけで生きていける
さすがにこれが特異なものであるのは人間社会に出てから痛感したが、その人間たちは、逆に基本仕事を休むということはあまりしていなかった。
冒険者は休息をとることはあっても、決まった『休み』という概念はない。
普通の店は、祝祭などで休むことはあったが、それほど多いわけではないだろう。
農業をやる多くの人々にとっては、農閑期はある意味ほとんど休みなので、その間に他の仕事をしたりする人もいたが。
「そのあたりは色々な違いからね。この国だって昔はそんな感じ……だったと思うけど、あまり覚えてないわ。ずっとこの国にいたわけでもないし。ただ、一週間に一回休むこの風習自体は、別の地域では二千年くらい前には始まってたわね」
「……あの、美佳さんって、いつからこの地球にいるんですか?」
今の話だと、二千年前にはいた気がする。
「だいたい一万年くらい前からね。エルスベルが滅んだのが、というかフィオネラがいなかったのが私には結構ショックだったみたいでね。あっちでひとしきり暴れた後、あの世界にいるのが嫌になってこっちに来たの」
ひとしきり暴れた、などと言っているが、本当に美佳が竜だとすれば、それはとてつもない災害だったのではないかと思い、エルフィナは背筋が寒くなった。
「その後こっちでも八つ当たりめいて暴れた後、しばらくは地球で悲しくて落ち込んでたわね……悲しいってことが分かるのに百年くらいかかった気がするけど。当時この世界は私にとっては居心地がよかったしね」
「そうなんですか?」
「ええ。今よりずっと寒かったのよ。私の力は、主にものを凍らせる力として発現するからね。寒いと居心地がいいという感じ。まあ、ちょっとは地球の気候にも影響与えたかもしれないけど」
あとでエルフィナは調べたが、一万年前、地球は最後の氷河期の末期だったらしい。あるいはそこに美佳――ファルネアが現れて暴れたり居座ったことで、氷河期が少し延びたくらいはありそうな気がしてしまった。
「ま、それはともかく。とりあえず今日は店も普通に開いてるから、買い物をするわけだけど」
「は、はい」
「とりあえず私の家に居候してるのだから、日常の買い物くらいはできるようになってもらいたいわけ」
「買い物くらいは……多分、大丈夫ですが」
「あらそう? まあそれならいいのだけど……」
結論から言うと、エルフィナは美佳が一度買い物をしてる場面を見て、ある一点を除けば理解できた。
店には多くの種類があるようだが、基本的には店の出入口の近くにある『レジ』というお金を支払う場所まで買いたい商品を持っていくらしい。
その後その商品の合計金額が計算され、支払う。
そこまではいいのだが、その支払いの手順が意味不明だった。
「どう? できそう?」
「一つだけ質問が。あの、お金っていつお支払いしたんですか?」
「……ああ、そっか」
そういうと美佳はカバンから出した何かのケースから、掌より少し小さなカードを取り出した。
表面にはなにやら金色の部分のほか、数字がたくさん刻まれていて、あとはいくらか、この国のものではない文字がある。
よく読むと、それは名前のようだ。
「これで払ってるわ」
「あの、これの中にお金が?」
「……帰ったら説明してあげるわ。それに考えてみたら、貴女の外見じゃクレジットカードは駄目ねぇ。全部現金……ってわけにもいかないし、なんか支払方法……まあ電子マネーが無難かしら」
相変わらずだが、美佳の言葉は単語の意味が分かっても分からないことが多い。
エルフィナとしては困惑するばかりだが、あるいはコウも最初はそうだったのだろうかと思う。
とりあえず美佳は、色々な食料品を売ってる店のほか、なにやら雑貨類、それに服などを売ってる店で色々と購入して回って、昼前に二人で家に戻ってきた。
なお帰り際に、美佳になにやら透明の蓋がされたケースに入った色々な食事を見せられて、好きなものを選んでいいと言われたので、とりあえずどれも美味しそうだったが、二つ選ぶと、少し驚かれた。
どうやらそれがお昼ご飯だったらしく、美佳はそれを電子レンジ――名前は最近覚えた――に入れて温める。
法術でも精霊でもない力であっさりと温められているのを見ると、本当に凄いと思えてしまう。
とりあえず二人は食事を――エルフィナは買ってきたお弁当(という名前だとさっき教えてもらった)を二つ食べた。
どちらもとても美味しかったが、それを見て美佳がなにやら腕を組んで天井を見ている。
「……思い出した。もしかしてだけど、エルフィナっていくらでも食べられる体質じゃない?」
「え……あ……はい、そう、です」
今ではこれが
「フィオネラもそうだったのよ。見た目小柄なくせに、めちゃくちゃ食べる子でね。その気になれば私と大食い勝負できるかもとか言ってたわね」
竜と大食い勝負はさすがに無茶では、と思ったが、自分たちの特性を考えたらあるいは不可能ではないのかもしれない。
さすがに途中で顎が疲れそうだが。
「ちなみに食べなくても栄養不足になるわけじゃないわよね?」
「はい、多分。ただ、美味しいとつい……その食べたくなるのは否めないというか」
「……うちの家計を破壊されても困るから、程々にしてね」
「は、はい」
さすがに居候の身で、それは遠慮すべきだとは理解している。
とはいえこの世界の食事は、あちらと比べても遜色ないどころかとても美味しいものが多く――我慢するしかないのだろうが。
「まあ……お金の問題じゃないんだけどね。貴女みたいのがそんな大食いしてたら、さすがに目立つしね。というか、あっちでも目立ってなかったの?」
「ちょっと……ありましたけど、自覚なくて、気付いたらいつも通りになっていたというか」
「よく食費もったわね……」
「その、私は冒険者としての収入の大半は……その食事に使ってて」
「ああ、冒険者なんて職業があったのね。ホントにお話の中みたい」
エルフィナとしてはそう言われると、そもそもこちらではどうなってるのか気になってしまう。
「そういえば、美佳は……仕事はしてるようですが」
「ああ、うん。コンビニのアルバイト。まあこれはポーズの為だけどね。お金はまあ、生活に困らないくらいは持ってるわ」
そうしてる間に食事は完全に終わったので、エルフィナが片付けをする。
「あ、その容器は軽く洗ったら、プラゴミの方に捨てて。使い捨てだから」
「あ、はい。そうなんですね……わかりました」
洗えば十分にまだ使えるとは思うが、こういうところもかなり違うと思わされる。
最近は家のことは出来るだけ手伝うようにしていた。
食器の洗い物はもちろん、少しだけ料理も手伝っている。
この世界の調理器具の使い方にも少し慣れてきた。
ちなみに寝るのは美佳と一緒だ。
美佳の
言葉はかなり慣れてきた。
美佳に言わせれば、《
話によると、フィオネラにも与えていたらしい。
実際、ある程度は読む方でも理解できるようになっているし、意図して《
まだアルファベットという文字は読むのには慣れてないが、軽く調べた限りはこちらは日本語の文字に比べると遥かに簡単だったので、そう苦労はしないだろうと思える。
(やっと……生活には慣れてきてますが、いつになったら……という不安はありますね……)
まだ一週間しか経ってないわけで、気ばかり急いても仕方ないのは分かってはいるのだが。
とはいえ、この世界で経過した時間と同じだけ、クリスティアでも時間が流れることが分かってる以上、エルフィナとしては一日も早く、コウと再会して帰りたいと思うのだった。
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