第200話 ティナの真実

神子エフィタス?」

「はい。ティナ様は、間違いなく神子エフィタスです」


 コウの前に立つ神官は、やや興奮気味にそう答えた。

 あの事件から四日後。

 とりあえず再襲撃も考えて、コウとエルフィナはティナが預けられた、帝都の大神殿に一緒に詰めていた。

 そしてその間に、ティナが何者であるかということも色々調べられていたのだが、その結果が神子エフィタスである、という話だった。


神子エフィタスというと、確か神の加護を強く享けたとされる人だとは聞いたことがありますが……」

「はい。厳密には色々異なる条件があるのですが。ティナ様は間違いなく、神子エフィタスとして祝福を享けた方で、おそらくは次期教皇グラフィルの候補者となります」

「え?」


 教皇グラフィル

 このクレスティア大陸全土に広がる神殿勢力の頂点。

 一万年前から存在し、代々受け継がれてきたその地位は、世襲ではなく神官の中から選ばれるとされている。

 大陸最西方にあるファリウス聖教国の元首も兼ねる存在だ。

 その資格は不明な点が多く、神殿内でも謎が多いらしい。

 ただ、よく知られている条件の一つとして、神子エフィタスであることが挙げられている。


 そして、この帝国の大神殿は、その判定を行うための特別な法術具クリプトがあるということで、その結果ティナが神子エフィタスであることが確定したという。

 状況が状況だけに、ティナを殺すことで事態の解決を図る可能性もあると思っていたのだが、ティナが神子エフィタスとなると話は全く変わるらしい。

 少なくとも、神殿が全面的にティナを保護する方向になるという。

 さすがに、帝国といえど神殿の意向を無視するのは難しいだろう。


「その……ティナはなんて?」

「まだ少し塞ぎこんではいます。故郷の人々がことごとく……ですからね」


 ユクス村の人で、生き残ったのはティナ一人。

 あとは全員、殺されてしまった。


「もしよければ、会っていただけないですか」

「しかし……私達では、彼女が親しい人をなくした事実を連想させませんか」


 二人は守るために同じ神殿内にはいたが、会わないようにしていた。その方がいいと思ったからである。

 コウの言葉に、むしろ神官は首を横に振った。


「その彼女が、あなた方に会いたがってると思われるのです。身よりもいないわけですし、助けてくれた恩人だと思っているのでしょう」

「分かりました。いいよな、エルフィナ」

「もちろんです」


 その言葉に頷いた神官は、二人を伴って神殿の奥へと進む。

 ちなみにここ数日、警戒はしているが襲撃の気配はない。

 教団ヴァーリーの狙いは間違いなくティナだったはずだが、あれから全く動きがないのは不思議ですらある。

 あるいは、コウとエルフィナがいるのに気付いて、警戒している可能性もあるが。


「こちらです」


 そう言って案内された部屋は、大きな寝室という感じだ。

 応接用のセットもある部屋で、その大きな椅子にティナが腰かけていた。

 横にいるのは、世話役の女性神官のようだが、ティナは少し寂しそうな表情でぼんやりとしているようだ。


 ただ、コウとエルフィナが入ってくると、少しだけ表情に色が宿り、こちらに向かってきた。


「来てくれたんだ、お兄ちゃん、お姉ちゃん」

「ああ。もう大丈夫なのか?」

「うん、私は大丈夫。でも、村の人……みんな死んじゃった……私のせいで」

「それは……」


 違う、とは言えない。

 教団ヴァーリーの狙いがティナだった以上、結果としてユクス村を含め、一連の事件はティナを見出し、連れ去ろうとした教団ヴァーリーの暗躍に巻き込まれたというのは、一面の真実ではある。

 だがそれを、このような子供が背負う必要は、絶対にないはずだ。


「村人を悼む気持ちは大事だ。だが、それを自分の責任だと思って君が落ち込むのは、村の人たちも望まないだろう」

「……うん」

「それに、村の人は、生き残ったあなたが幸せになるのを望んでいると思うわ」

「そういえば……君は村にお父さんやお母さんはいなかったのか?」


 少し奇妙だとは思っていた。

 この年齢の子供なら、普通はまず最初に両親のことを話しそうなものだが、彼女から一度もその話は出ない。


「お父さんもお母さんも、私が六歳の時に死んでるの」

「そう……だったか。すまない」

「ううん。大丈夫。ありがとう、お兄ちゃん」


 六歳で両親を失ったという話に、コウは一瞬自分と重ねてしまった。

 もっとも、コウほど酷い話ではないとは思うが。


「ティナちゃんは、もともとユクス村にいたの?」

「ううん。元々、お父さんとお母さんといっしょにずっと旅をしてたの。お父さんは歌が上手でね。お母さんは踊るのが上手だった。他にもお芝居が上手な人とか、お話が上手な人とかといっしょに、旅していたんだけど……みんな死んじゃって」


 旅芸人の一座というところか。

 実際、この世界にもそういう存在はある。

 主に辺境の街や村を巡って、祭事で芸事を披露する集団だ。

 特定の地域に留まることは稀で、国の保護すら受けられないこともある。

 大陸の東側にはあまりいなかったが、こちらにはいるようだ。


「それで、その時ユクス村の村長さんが引き取ってくれた……んだけど」


 ティナがポロポロと泣き始めてしまった。

 つまりこの少女は、二回も家族同然の存在を失ってきたのだ。

 六歳の時と、今回。

 どちらも、少女にとってはかけがえのない存在だったのだろう。

 そしてだからこそ――守りたかったのだ。

 それが、あのクラスティカの遺跡で村人を守っていた力なのだろうが――今回は相手が悪かった。


 エルフィナが、ティナを抱きしめると、ティナはそのまま泣き始めた。

 こうなると、コウは何もできないので、しばらく任せるしかない。

 ティナはそのまま、しばらく泣き続けていた。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「寝ちゃいました……ね」

「だな」


 エルフィナが困惑気味になりつつも、膝上で寝ているティナの頭を柔らかく撫でた。

 あのままティナは泣き続けると、そのまま眠ってしまったのだ。

 さすがに支えるのが難しくなり――ティナの身長はエルフィナとは頭半分程度しか違わない――何とか体勢を整えようとしたら、ティナはエルフィナの膝に頭を置いたところで安定したのか、そこで完全に落ち着いてしまった。


「まあ、しばらくは寝かせてあげましょう」

「完全に懐かれたな」

「そう……かもですが、コウも懐かれてましたよね。『お兄ちゃん』なんて呼ばれてますし」

「まあ、このくらいの女の子ならそう呼ぶものではないのか?」


 正直に言うと、このくらいの子供と接した記憶は、コウにはほとんどない。

 自分がこのくらいの年齢だった時は、すでに周囲には気味の悪い、あるいは怖い人間だと思われていて友人などまともにいなかったし、橘老に引き取られた後は、そもそもその年代の子供との接点はなく、関わることはなかった。

 なので、正直に言えばどう接すればいいかよくわからないのが本音だ。


「にしても……お兄ちゃんですか。お姉ちゃんが聞いたら、何か言いだしそうです」

「ああ……エルフィナを姉と呼ぶのにも、なんか意見あったっぽいからな」


 アルガスの王宮でのパーティを思い出した。

 キールゲンの妹であるユフィアーナが、エルフィナを『姉』と呼ぼうとしたら、ラクティが口をはさんだ。

 あれももう、半年ほど前のことだ。


「元気でしょうかね……みんな」

「さしあたりアルガンド側で不穏な話はないしな……大丈夫だとは思うが」


 その時、コンコン、と控えめな音が響いた。

 コウが「どうぞ」というと、先ほどの神官が現れる。


「ティナ様は……お休みでしたか。やはりお二人にお願いしてよかった」

「いや、どちらかというと余計なことを思い出させて、泣き疲れて寝たという感じだが……」


 すると神官はゆっくり首を振る。


「他の者では、ティナ様はそもそも心を閉ざしいるかのようにほとんど何も話してくれなかったのです。それだけ、お二人には心を許しているということでしょう」

「そう……なのですか」


 エルフィナは、なおも膝上で眠るティナの頭をなでる。

 ティナは、わずかに身じろぎをするが、起きる様子はない。


「そもそも、こちらに戻られてからも、ほとんど眠れていなかったようですし。なので、お二人がいて助かりました」

「どうでもいいが、ティナに対してひたすら敬語……なのは、神子エフィタスだからか?」

「ああ……そうですね。あるいは教皇猊下ラエル・グラフィルとなられるお方かもしれませんし……ただ、それでお二人にお願いしたいことが」

「お願い?」

「はい。ティナ様を……ファリウス聖教国までお連れするための、護衛になっていただけないでしょうか」

「……は?」


 さすがに一瞬意味が分からなくて、間の抜けた声を出してしまった。


 ファリウス聖教国。

 大陸の最も西にある国。

 正しくは、国というか神殿勢力の中心地。

 国というほどの規模はないとも聞くが、実際に国として認められているという。

 このグラスベルク帝国をもはるかにしのぐ、一万年を超える歴史を持つ地域。正しくは、神殿として発足したのは一万年以上前だが、国としての形になって『ファリウス聖教国』と呼ばれるようになったのは、空白の千年を経てからとされる。

 ただ、いずれにせよ大陸最古の歴史を持つ地域だ。


 確かに、エルスベルとの関係を含め、コウが地球に帰還するための方法を見出すには、いつか行かなければならないかもしれないとは思っていた。

 とはいえ、さすがに遠い。

 経路上、どうやっても陸路の方が早いが、それでも半年近くはかかる距離だ。


「ティナ様は間違いなく神子エフィタスであり、それであればファリウス聖教国にある大神殿で、教皇グラフィルとなるかどうか、その判定を行う必要がございます。しかし……かの教団ヴァーリーが狙っている可能性も考えると、生半可な護衛は意味がなく……」

「それで、俺達か」

「はい」


 教団ヴァーリーの手からティナを取り戻したのはコウとエルフィナだ。この時点で、教団ヴァーリーに対抗できるだけの力があるというのは彼らもわかっているのだろう。


「ただ、神殿は奇跡ミルチェによる神殿間の転移の力を持つ者がいると聞いたが。それで一気にファリウスまで行けばいいのではないのか?」

「よくご存じで……ですが、奇跡ミルチェによる転移を使えるのは、本当にごく限られた高位の神官のみで、しかも転移できるのは自身のみです。あるいは、ティナ様であれば、いずれは使える可能性は高いとは思いますが……」

「今は望むべくもない、か」

「はい」


 転移珠アストルグリアがあったことから、転移の力を持つ法術もできなくはないはずだが、おそらく距離が足りない。コウでも、その移動距離はせいぜい三十キロ六十メルテが限界だろう。増幅させる法術具を何か別に作ったとしても、せいぜいその倍だろうし、本当に魔力が枯渇する。

 転移珠アストルグリアを何個も用意できれば別だろうが、あれは存在すら伝説レベルの稀少品だ。

 

 コウはエルフィナの膝上で眠るティナに視線を移した。

 確かに現状、ここですら安全とは言えない。

 あの教団ヴァーリーの戦力に対抗するには皇宮騎士リストーラ巡検士アライアが何人も必要だろうが、ティナ一人にそこまでの戦力は割けないだろう。

 確実なのは、コウとエルフィナが常に一緒にいることだが――。


「だが、ティナの意思はどうなんだ? 彼女が望まないなら……」

「私は、いいよ、お兄ちゃん」

「ティナ?!」


 いつ起きていたのか、ティナがゆっくりと体を起こす。


「私がもっと頑張れば、あんな悲劇をなくせるなら、私はその……ファリウスってところに行ってもいいよ。ただし、お兄ちゃんとお姉ちゃんが一緒なら」

「ティナ……」

「実は、ティナ様にはすでに一度お話させていただいておりました。そうしたら、その条件としてお二人の同行を求めておりまして」

「それで会わせたのか」


 ある意味では策略家といえるかどうか。

 だが、実際問題、コウとエルフィナ以上の護衛役はいないだろう。


「無論、神殿からもわずかですが人を出しますし、移動手段や必要経費は全てこちら持ち。これは冒険者としての正式な依頼となります。どうでしょうか」


 コウはすぐには返事をせず、エルフィナの方を見る。

 そのエルフィナは、コウの視線を受けてから、ティナを見て微笑むと、コウに向き直って、小さく頷いた。


「わかった。具体的な経路や日程は決めてもらってもいいか?」

「もちろんです。ありがとうございます、コウ様、エルフィナ様」

「ありがとう、お兄ちゃん、お姉ちゃん」


 こうして、コウとエルフィナは、ついに大陸最西、ファリウスを目指すことになったのである。

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