教団の狙い

第194話 複雑な気持ち

 その後、無事帝都に戻れたのは、アトリを倒してから六日後だった。

 戦闘後に帝都のギルドまで、コウがブーストした通信法術で連絡を取り、迎えの馬車を用意、出発してもらった。

 ファーレンとレスカも途中でその馬車隊に合流して戻ってくるまでが、二日。

 その間の食料は、クラスティカの遺跡の奥にまだしまってあった備蓄があったので何とかなった。さすがに、固く閉ざされた部屋の奥までは、あのアトリの最期の力も及ばなかったらしい。

 その後、村人を全員馬車に乗せて帝都に戻るのに三日余りかかった。


 その後、各地に行っていた冒険者も戻ってきて報告がされたのは、その翌日。

 そしてそこで今回の被害が相当なものであることが判明した。


 戦闘が発生したのは、実はクラスティカの遺跡とウィーレンの村に向かった二部隊だけ。

 村人で生存していたのは、実はクラスティカの遺跡に逃げ込んでいたユクスの村の人々以外、ほとんどが犠牲になっていたという。


 プライトの村は、すでに襲撃者の姿もなく、完全に無人の村のみがあったという。

 そして、少し離れたところにある洞窟が、本来は村の避難所の一つだったらしいが、入口が崩されていて村人が閉じ込められていたという。

 中にいたのはほとんど餓死していた村人たちだけ。おそらく与えられていたのは、最低限の食料と水のみで、それも尽きていて飢え死にしたのだという。

 幸いというべきか、酷い状態ではあるが、かろうじて息はあった者が数人いた。


 そしてウィーレンの村では、なんと悪魔ギリルが出現したらしい。

 召喚の際に触媒とされたと思われるのが――なんと村人、そして襲撃者の者達。

 合わせて三百人以上が犠牲となったようだ。

 悪魔ギリルは、かろうじて冒険者の連携で対処し、幸いにも冒険者側に犠牲者はいなかった。というのも、悪魔ギリルは不安定だったのか、二分一刻程度で消滅したという。

 話を聞く限り、バーランドで対峙した悪魔ギリルに比べると、弱い個体のようには思えた。


 結果、ユクス村の人々のほか、プライト村の数人だけが助かった。


 アトリの能力に関しては、ファーレン、レスカらの報告もあって、まず間違いなく教団ヴァーリーの法術士であると断定された。

 ちなみに教団ヴァーリーの兵で捕縛された者は一人もいない。

 クラスティカの遺跡にいた者はもちろん全員死んでいたし、ウィーレンの村の者はことごとく悪魔ギリル召喚の贄にされた。


 救出された村人は、神殿で預かることになった。

 無論、あのティナという少女も同じである。

 結局、今回助け出された村人は、最も危険な存在がいたはずのクラスティカの遺跡に逃げ込んでいたユクス村の者達の二百二十人余り。

 それに、プライトの村に数人だけいた生存者だ。

 彼らのうち、ユクス村出身者はいずれも体調的には問題なかったため、第二区にある神殿で全員預かることになったという。

 第二区にある神殿は、元々そういう大規模避難民を受け入れるための施設でもあるらしい。

 プライトの村の人は消耗がひどすぎて、施療院での入院生活がしばらく続くという。それでも、生きているだけマシではあるが。


「どう考えても……ユクス村の人々だけが、消耗が少なすぎるな」

「そうですね……話を聞く限りは、状況はほぼ同じに思えますが」


 最低限の食料と水だけで幽閉し、およそ半月。

 普通なら体力を消耗し、栄養不足で死に至る。

 だが、ユクス村の人々だけは、その消耗度合いが明らかに小さい。

 彼らが神の加護があったのだというが、本当に何かなければ説明がつきそうにない。


 そもそも、あのアトリの最期の自爆に巻き込まれて、無事だったことも信じられない。あれは、コウやエルフィナでも防ぎきるのは難しいほどの威力だったと思う。


「まあ、今日はもう少し話が聞ける……か?」


 無事村人たちを神殿に預けたのが一昨日。

 そして今日、コウとエルフィナはその神殿に向かっていた。

 事件の説明を行うためである。

 調査の主体は当然軍だが、村人はまだ回復しきってない者もいるので、事情聴取は神殿で行っているらしい。


「村人と一緒に話を聞くということだが……村人はほとんど遺跡内にいたし、まだ回復しきってない人も多いだろうに、無茶させるな」

「多分、あのティナって子じゃないでしょうか。あの子だけは回復が明らかに速かったですし……そういえばコウ、すごく懐かれてましね」


 エルフィナは、自分の声が微妙に硬いのを自覚していた。


 あの後、ティナという少女を含めて、村人たちの回復を手伝ったわけだが、村人の容体は予想以上に良かった。

 あの強烈な魔力に晒されたとは思えないほどで、三日目には村人のほとんどがほぼ回復していたほどである。どう考えても不可思議な状況だが、犠牲者がいなかったのは本当に良かったと思う。


 そしてその間に、ティナという少女はなぜかコウにとても懐いてしまった。

 なお、最初に出会った時に見えたあの金と銀の瞳だが、その後はそんな色ではなく、少し薄い茶色の瞳だった。あれは幻だったのかと思いそうになるが、コウもエルフィナも間違いなく覚えているので、幻だったということはないはずだ。


 無事帝都に着いて別れる時も、すごく名残惜しそうにしていたが、さすがに一緒にいる理由もなかったので、それっきりだと思っていたのだが――呼び出しを受けたのは今朝。

 村人から事情を聴いている帝国軍に、あの場にいた冒険者として事情を確認したいという事らしい。


 確かに、村人は全員生きていたとはいえ、遺跡の中にいたからまともに外を見ていない。それらはコウやエルフィナに聞くしかないのだろう。

 そんなわけで、二人は神殿――第二区にある――に向かっているわけである。


「懐かれたというか……助けたからだろうけど」

「でもあの子は本当に慕ってる感じでしたよ。それに……」


 エルフィナはそこから口を噤んだ。

 実はエルフィナ自身、とても戸惑っている状態だった。


 ラクティではないが、あのティナという少女がコウに向ける気持ちは、おそらく自分と同種。おそらく本人も気付いていないだろうが、エルフィナは気付いてしまった。

 かつてラクティが同じ人を好きな人が分からない人はいない、などと冗談めかして言っていたが、あながち嘘ではなかった気がする。


 さすがにコウにとって、ティナがではないとは思っても、それは今の話だ。五年後なら、そうおかしくはない。

 だが、五年後でも自分は変わっていない。さらに十年後、二十年後となると、エルフィナはおそらくほとんど変わらないだろうが、あの少女は年齢相応に変わっていく。無論、コウもそうだろう。


 絶対的な種族の違い。それを改めて感じずにはいられない。

 かつて学院にいた時にも感じた、心がざわざわする感覚が、コウのことが気になっていたからだというのは、もう理解している。

 あの後、お互いに気持ちを確認できたとはいえ、種族、正しくは寿命の著しい違いによる引け目は、なくなってはいないのだ。


 そこに来て、コウを素直に慕う人間エリルの女性がいたら、エルフィナとしては心穏やかではいられない。

 ただ、どう考えてもまだ子供といえる年齢の少女相手にこのような気持ちに――正直に言えば嫉妬してしまうことが、自分自身としても戸惑うばかりである。


(私、独占欲強かったんでしょうか……)


 そんな感情があること自体に驚くほどだ。

 ただ、帰り道でもティナはコウとエルフィナの間に割って入ろうとしたし、コウも子供のすることだからだろうが、特に咎めたてることもしなかった。

 相変わらずだが、そういうところにはコウは鈍いと文句を言いたくなってしまう。

 そしてそういう感情を自分が持っていることに気付くと、本当に自分が変わってしまったのだと改めて痛感する。


「エルフィナ、どうした?」

「あ、いえ……何でもないです」


 あとは、あの少女が驚くほどきれいだったというのも、エルフィナが心穏やかではない理由ではある。

 人間社会に出てきて一年。

 自分の容姿が人を非常によく惹きつけることは理解してきた。

 ただ、ティナという少女は、おそらく同じくらいの容姿だと思える。

 まだ子供だが、それでも先日見たあの金と銀の瞳を持つあの容貌は、驚くほど美しいと思ったものだ。これに関してだけは、コウすら同意している。

 長じれば、どれだけの美人になるのかと思えるほどだ。


 ただ、仮にも現在は子供相手に、こんな感情を持つこと自体、エルフィナにとっては恥ずべきことだと思える。それに、コウの気持ちを疑ってしまってるようで、それもとてもよくないと思えたが――それでも胸の中がぐちゃぐちゃになるのは否定できない。

 恋人同士になってからすでに四カ月余り。

 全く進展しない――進展させる方法をよくわかってないのはエルフィナも同じだが――ことに対する不満もあるといえばある。


 そんなことを考えていたら、突然コウの手がぽん、と頭に乗せられた。


「コウ?」

「なんか変なことを考えてる気がしたからな。色々不安に思うことは多いと思うが、俺はエルフィナが一緒にいてくれて、本当に助かってるし、嬉しいと思ってる。二人なら多分、どんなことが起きても大丈夫だと思えるしな。だから、これからも一緒にいてほしい。それだけは、間違いなく俺の本心だ」


 エルフィナは思わず頬が紅潮するのを自覚した。


「……ずるい。こういう時だけ察しがいいなんて」

「へ?」

「何でもないですっ」


 そういうと、エルフィナは往来にも関わらずコウに飛びつくように抱き着いていた。

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