第177話 新たな力と突然の対面

「なっ……」


 文字通り、コウは唖然としていた。

 まさか、武器で、物理的にこんなことができるとは思ってもいなかったからだ。


「妙だと思わんかったか? 近接戦闘と遠距離戦闘のランクは同じ扱いで表現されておるが、法術クリフがあれば、遠距離の威力は大幅に上がる一方、近距離、つまり武器による近接戦の威力は、多少は法術クリフによる自己強化で補えたとしても、基本的に本人の肉体に依存する。だが、人間である以上鍛えられる限界がある」


 確かにその通りだ。

 法術は、それこそ究極的にはあの[融合爆発フュージョンバースト]のように、きわめて広範囲に桁外れの破壊をもたらすことが可能だ。文字通り、人間の力では不可能な破壊を成し遂げられる。

 まさに、地球にはなかった魔法の威力だ。


 一方で、武器戦闘は基本的に地球と同じで、武器の威力と個人の肉体に依存する。

 地球のように強力な銃器があればともかく、実際には法術クリフに比べるとその威力は大きく劣る。


 実際、バーランドであったヴェルドは近接戦能力はずば抜けていたし、かつて銀ランクだったというジュラインも確かに破格の強さだった。

 ただ、あの時は法術クリフが排魔の結界で封じられていたからこその話で、それがなければ法術クリフで圧倒できた。


 基本的に、肉体という枷がある以上、武器の威力は法術には劣ると思っていたのだが――。


「おぬしは法術が得意というから、今ので大体わかったじゃろう。魔技マナレットという、いわば武器を使う人間の切り札じゃ」


 やってることは、実は法術とほとんど同じだと思えた。

 魔力を練り上げ、武器によって魔力に意味を持たせている。


 もともと、法術クリフはただのエネルギーである魔力に、文字ルーンによって意味を持たせ、それを組み合わせて力を発動させる。

 魔技マナレットは、文字ルーンの代わりに武器、あるいは武術を使うということだろう。まさかそんなことに魔力を利用できるとは思ってもみなかった。


 魔力を直接利用するという点では、法術クリフよりも精霊行使エルムルトに近いと言えるかもしれない。

 さすがに、法術クリフ精霊行使エルムルトのような繊細な使い方はできないだろうが、攻撃のための技術とするなら、十分だ。


 そして何より、これは理屈上、排魔の結界の影響を受けない。となると、これからの戦いの選択肢が大幅に増加することになる。


「これができることが、近接戦闘で銅ランク以上になる条件じゃ。まあ、使い手があまりに少ないから、あまり知られてはおらん条件だがな」

「銅ランク……ということは、ジュラインさんも?」

「おお。あやつのはすごかったぞ。あの巨大な斧槍ヴァルデュアスエッタから放たれる一撃で、巨大な魔獣を一撃で仕留めたこともあったらしい」


 つまりあれでも、まだまだ全力ではなかったということか。

 となると、ハインリヒもまだ隠していそうな気はする。


「ま、皮肉なことにこの魔技マナレットは、魔力の扱いに長けた者の方が習得しやすいとされておる。だが、そういう者は武器の扱いそれ自体が苦手なことが多くてな。ゆえに、近接で銅ランク以上というのは、きわめて少ないのじゃ」


 仮に魔技マナレットが使えても、そもそもの近接戦能力が低ければ意味がないということだろう。


「それに、お主ならわかると思うが、魔力放出時の肉体への反動がかなりある。正しく力を放てなければ、腕が吹き飛ぶとかよくあることじゃ」


 無理があるような剣の振りをすれば、そのわずかな歪に負荷が集中するという。結果、下手をすると腕が吹き飛ぶことすらあるらしい。


「これを見せたのは、おぬしなら使えると思ったからじゃ。できれば、帝都にいる間に会得して見せよ。まあ、推測できると思うが、要は武器で使う法術クリフに近い」

「努力はしてみる」


 イメージはなんとなくわかるが、すぐできる気はしない。

 また、練習するにしても場所は選んだ方がいいだろう。

 いい加減、自分の魔力関係の能力が一般と比しておかしいのは、自覚している。


「うむ。そうするといい。楽しみにしておる。ああ、そうそう。お主、今日から近接も黒とする」

「は?」


 つい先日に赤になったばかりのはずだ。


「あれほどの技量があって何を言っている。わしと互角にやりあえるだけで、十分じゃ」

「いや、互角とは……」

「聞くが、慣れた武器でやればもう少しやれたのではないか?」


 それは否定できなかった。

 あのレベルになると、ほんのわずかな違いでも、無視はできない。

 正直に言えば、おそらく武器を使わずに徒手空拳か、いっそ全然違う武器――槍など――のほうが、まだ渡り合えたとは思っている。


魔技マナレットなしなら、おぬしはもう十分大陸でも有数といえる実力じゃ。拒否は認めん」


 その時、ギルドの職員と思われる者が割り込んできた。何やらグリンラッドに報告している。


「そうか、わかった。あとから行くと伝えてくれ」


 そう言ってから、グリンラッドは今度はエルフィナに向き直った。

 ギルド職員は足早に建物の中に消える。


「それと、そちらの嬢ちゃんは法術がないということじゃが……それは本当か?」

「はい。私はその、なぜか文字ルーンの適性が全くないんです」

「それは、精霊使いメルムシルファだからではないか?」


 思わず二人は同時に凍り付いた。


「どういう……ことだ?」

「そのままじゃ。精霊使いメルムシルファ妖精族フェリアに稀に誕生する存在で、知る者もほぼいないが……わしは一人知っていてな。その者は、文字ルーンへの適性が妖精族フェリアではありえないほど低かった。さすがに全くない、というのは初めて聞いたが」

「アクレットですらそんなことは言ってなかったが……」

「本当に知られていない話だからな。あと知ってるのはシュタイフェンくらいで、他に知ってる者はほぼおらんじゃろう。わしとシュタイフェンは若いころに、精霊使いメルムシルファに会ったことがあってな。その者から聞いたのじゃ」


 精霊使いメルムシルファはその誕生が千年から二千年に一人ともされる希少さの上、さらに妖精族フェリアにしか誕生しないとされているため、存在は知られていても実在する精霊使いメルムシルファの逸話はほとんどない。

 実際に会ったことがある者は、非常に少ないだろう。


「といっても、わしが会ったとき、その者はすでに『樹に還る直前』と言っておったがな。実際、年老いた外見の森妖精エルフなど、あの者しか見たことはない」


 森妖精エルフは死の直前になって、急激に年を取るという。もっともそれでも、老い始めてから十年程度はあるらしいが、森妖精エルフの長い時間を考えれば、瞬く間の出来事だろう。


「その者が、言っておったのだ。精霊使いメルムシルファであることは誉ではあったが、どうせなら普通に法術が使えた方が便利だったと思う、とな。その者は火の精霊ディフルスの使い手だったようじゃが……おぬしは?」

「えっと……その、水の精霊オルディーネが使えます」


 ギリギリ嘘は言っていない言い回しに、コウは思わず吹き出しそうになった。

 エルフィナが小声で「仕方ないでしょう」と言っているが。


「やはりか。精霊使いメルムシルファであることはやはり大変なのか?」

「どう……でしょうか。コウと一緒に旅するようになってからは、コウがほとんどの法術を使えますから、あまり不便に思ったことはないです」

「そうか。しかし……法術なしで、遠距離が紫というのは、やはり弓が得意と?」

「そうですね。弓には自信があります」


 こういう時のエルフィナは、謙遜することはない。

 そして実際、たとえグリンラッド相手でも、謙遜する必要がないほどの実力がある。


「それに加えて、本来は精霊メルムがあるというわけか。お主ら、実力と評価があってないのぅ」

「いや、今でも十分……」

「まあ、察するにエルフィナ嬢は精霊使いメルムシルファであることは隠しているようじゃし、その特殊性を考えたら妥当じゃから、そこはそのままで良しとするがな」

「感謝します」


 実際、精霊使いメルムシルファだという話になって、しかもそれが普通に冒険者をやってるとなると、無駄に注目される可能性は低くない。

 法術適性皆無というだけでも、実は結構目立つのだが、それはあまり困った事態にはなりにくいので問題はない。


「おぬしらはしばらく帝都にいるのか?」

「そのつもりです。調べたいこともあるので」

「そうか。ギルドはお主らに協力すると約束しよう。また、いざというときに手伝ってくれると助かる……と。ふむ、そろそろ時間か」


 見ると、もう日がだいぶ傾いていた。

 季節を考えれば、十六時半というところか。


「そういえば、寝泊まりする場所はどうするつもりじゃ?」

「あ、いや。これから宿を探すつもりだったが……」


 この規模の街なら、そういう施設には困らないだろう。

 長期滞在用の施設もあるに違いない。


「ふむ。なら受付で聞くとよい。いくつか紹介してもらえるじゃろうが……よし、その前に食事に行くか。わしも腹が減った。お主らも来い。今日は奢ってやろう」

「え」

「いいんですか?」

「構わん。それともこんなじじぃとは不満か?」

「いや、それはない……のですが……」


 なんとなくだが、橘老のようだと思っているのもあるので、むしろ嬉しいとすら思える。

 ただこの場合、コウの「え」はそのあとのグリンラッドの財布の心配なのだが。


「ギルドを出て右手に一刻約二分半ほど歩くと『太陽と月』という名の食堂ディルナがある。そこに行って、わしの名を出せ。案内してくれるはずじゃ。わしもすぐ追いつく」


 拒否する余地はなさそうというか、エルフィナはすでに乗り気だった。


 荷物はあとで取りに来てくれていいと言われたので、二人は財布や最低限の装備だけ持つと、言われたとおりにギルドを出て――手合わせ前に預けていたコウの『証の紋章』はいつの間にか近接が黒に書き換えられていた――言われたとおりに歩くと、確かに『太陽と月』と書かれた大きな食堂が見えてくる。


 ギルド長の紹介だったから、下手すると高級店かと思ったが、意外に大衆的な雰囲気だ。

 入るとすぐ、若い男性の店員が出迎えてくれた。


「いらっしゃい、お二人ですか?」

「ああ、いや。この後も来るはずなんだが……グリンラッドさんが」

「……ああ、なるほど。じゃ、こっちにどうぞ」


 店員が二人を先導して歩き始める。

 言っていた通り、話は通っているらしい。

 店員はそのまま、二階に上がっていった。

 まだ席は多く空いてはいるのにと思ったが、やはりギルド長で伝説的英雄なので、普通の場所では目立つのか。

 そう思っていたら、二階の奥まったところにある扉を示された。


「はい、こちらです。すでにお待ちですよ」

「待つ?」


 いつの間にグリンラッドが先に来ていたのか――と思ったが。

 店員が去ってから扉を開けると、中にいたのはグリンラッドとは違う人物だった。

 ただ、こちらも一目で只者ではないとわかる。

 ただ、グリンラッドとは種類が違う。

 彼が武力だとすれば、この男は存在感そのものが違う。

 どこかで似た雰囲気を感じたような気がしなくもないが、思い出せない。


 見た目は、精悍な五十歳くらいの男性。

 ただ、もうこういう雰囲気の人物の見た目年齢は全くあてにならないというのは、先ほど思い知ったばかりだ。


「来たか、コウ」


 コウは反射的に、刀の柄に手をかけそうになった。


「別に戦いに来たわけではない。ここは食事処だ。食事をするためにここに来たのだろう? グリンラッド殿の紹介で」

「……そう、だが……」


 グリンラッドの名前が出たということは、おそらくこの男は、彼が知る人物なのだろう。さすがにこれで、コウたちを害するような行動をとってくるとは思えない。

 コウはいくらか警戒を解いて、部屋に入った。


 部屋は高校の教室の半分くらいの広さか。

 中央に大きな円卓があり、今は水差しとコップだけが置いてある。

 コウは知らないが、地球における高級中華料理店などである、回転台がついているテーブルだ。

 テーブルの大きさは直径二メートル四カイテルほど。


 椅子は四脚。

 とりあえずコウは、男の隣の椅子の前に来て、エルフィナはまだコウに寄り添っている。

 そして二人とも、まだ武器は手放していない。


「ふむ。わしが一方的に名前を知ってるのは失礼だな。それでは警戒を解けと言っても無理だろう」


 そういうと、男は椅子から立ち上がった。

 背は、コウとほぼ同じくらいに見える。

 武器を携帯してる様子はなく、また、法印具ルナリヴァの存在も検知できない。普通に考えれば、男はほぼ丸腰だ。

 だが、その貫禄が凄まじい。

 ギルド長であるグリンラッドすら凌ぐ。

 いったい何者――という疑問は、次の言葉ですべて氷解した。


「わしの名はプラウディス・レイル・グラスベルク。まあこう言った方が早いか。このグラスベルク帝国の、皇帝だ」

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