間章 帝都への道

第164話 帝国の成り立ち

 コウとエルフィナは、ドルヴェグのある山岳帯を下る山道の道中にいた。

 ドルヴェグへと通じる道は、それなりに勾配のある道ではあるのだが、馬車が通れるほどに整備された道でもある。

 地面には石畳が敷設され、さらに雨が降った場合などに備えて水を逃がすための溝もある。

 道中にはいくつもの休憩所も設けられていて、時折衛兵の詰め所などもあり、通行する人々の安全に配慮していることが見て取れた。


 同じ山岳部へ向かう道でも、パリウスからエンベルクの道は、ここまでは整備されていなかった。山道に入ってからは、土を固めただけの道で、轍の跡などはくっきりと残っていたのを覚えている。


「道が全部石畳で覆われているのはすごいですね、正直」

「本当にな。アルガンドも街の中はほとんどの道が石畳で舗装されていたが、郊外の街道は主街道でも街から離れたら土を固めただけだったからなぁ」


 もっとも、勾配が緩くなってきて、平地に近付いてくるとさすがに全て石畳で覆われてはいなくなってきた。

 山岳部の山道は水が流れたりする都合上、徹底的に整備されていたのだろう。

 ただそれでも、街道の広さや、道の表面の滑らかさは、アルガンド王国のそれよりきれいだと思えた。実際、轍の跡があることはあるが、それほどに深くはない。


「これは……法術で固めているのか」

「多分そうですね。メリナさん……でしたっけ。彼女の様な土の法術使いは、こういうのが得意だとか」

「なるほど」


 ふと、パリウスに行くまでに何度も彼女の法術に助けられたことを思い出した。

 あの二人はコウがいてくれなければと言っていたが、実際のところ、メリナのあの力があってこそ、あの状況を切り抜けられたのだと思う。


 アルガンド王国の街道も同じように整備されていたが、こちらの方が年季が入っているという印象だ。

 千年続く国のおひざ元だけのことはあるというべきか。


 帝国は聖歴ファドゥラ九二二六年に建国されたとされている。

 今が聖歴ファドゥラ一〇四四五年なので、今年は帝国歴では一〇二〇年。つまり千年以上続いてるのだからすごい。

 建国したのは、帝国の史書によるとヴェンテンブルグ・グラスベルクという人物。つまり帝都は、彼の名前を冠した帝都で、彼の死後そのように名前が変更されたらしい。

 かつての名は伝わっていない。


 この国で最も不思議な点は、最高権力者である皇帝の継承に、神殿の承認が必要ないという点だ。

 帝国に属する各王国ですらその承認を必要とするのに、皇帝だけはその血統でのみ継承が行われる。


 無論、帝国の歴史は血塗られた影の歴史を持つ。

 分かっているだけでも三度、帝位をめぐって争いが起きたことがあるらしい。

 また、記録上では普通に皇位継承が行われていても、タイミングや在位期間が不審な皇帝は幾人もいる。


「私も噂でしか聞いたことはなかったのですが、確かに帝国だけ不思議ですよね。そもそも最高権力者の名前が、この国だけ『皇帝ヴェルヒ』ですしね。他の国は全部『国王エレニア』なのに」

「あるいは……エルスベルの後継と名乗っているのが関係しているのかもだが」


 始祖帝ヴェンテンブルグは即位直後から、自らを『エルスベルの後継者である』と称していたらしい。

 エルスベルの最高権力者かは分からないが、それに近い位置にいたと思われる存在が、『神王エフィタスフィオネラ』だろう。

 だが、この『エフィタス』という名は、今は教皇グラフィルを継ぐ素質を持つ者である『神子エフィタス』という意味で、一万年の間、引き継がれていると考えられる。

 あるいはだから、別の呼称を必要としたのか。


「グラスベルクの帝室が本当にあのエルスベルの後継だとすれば、神殿の継承がない理由も無理矢理だが説明できなくはないんだが」

「え? そうなんですか?」

「ああ。もし帝室が本当にエルスベルの王家なりの後継だとする。一方、神殿はほぼ間違いなく、何かしらの形でエルスベルと関係しているだろう。一万年の歴史があるしな」

「そうですね……確かに。確かめるには聖都ファリウスに行くしかありませんが」


 聖都ファリウス。

 一万年前から存在するとされる、神殿の本拠地。

 空白の千年の記録があるのかは不明だが、神殿の発足が聖歴ファドゥラ元年とされている。

 だとすれば、少なくとも神殿は空白の千年の間にも存在していたはずだ。

 公的には、その間の神殿の記録は存在しないことになっているが。


「いずれにせよ、神殿がエルスベルと関係があるとして、もし帝室がエルスベルの王家を継承する存在なら、神殿にとって、帝室は主筋ということになる可能性がある。だとすれば、その継承に口を出すのは恐れ多い、ということになる可能性がある」

「なるほど。確かに」


 この世界では、基本的に神殿が最も古い存在で、その権威は絶対的だ。

 ただ、神殿は基本的に世俗のことに関わらない。

 奇跡ミルチェによって人々を助けて、代償として金銭を受け取りはするが、人々を支配することは原則ない。

 代わりに、その地を治める王にその権威を与える。


 その例外が帝室である。

 確かに、現存する国では最も古い歴史を持つとはいえ、一千年と一万年だ。

 普通に考えれば神殿の権威の方が上だと思われるのに、帝室だけは例外とされている。

 それは、『皇帝ヴェルヒ』と『国王エレニア』という呼び方の違いにも理由があるのか。


 このあたりは少し気になったので、バーランドやドルヴェグで調べてはみたのだが、これに関して研究した資料はほとんど存在しなかった。

 いくつかあっても、帝室の権威が神殿と同等とみなされているが故にそのようになっているのだろう、というだけで、根拠を示した研究資料は皆無。

 これに関しては知りたければ、帝室関係者――可能なら皇帝本人――に聞くか、神殿の、それも最上位の人間に聞くしかないだろう。


 そういえば、皇帝が『帝都に来い』と言ってきたわけだが、果たして話す機会があるのかどうか。

 あればぜひ聞いてみたいところではあるが。


 建国後、帝国は周辺国を皮切りに次々と他国を支配下に置く。

 ここで帝国が上手かったのは、その国を亡ぼすのではなく、あくまで王家を帝室に臣従させる、という形式をとったことだ。

 地球でいえば、古代になるが中国と日本の関係に近いだろう。

 あれよりは結びつきが強いし、より明確に帝国の一領土となったという意識はあっただろうし、実際そこからじわじわと支配力を拡大させたようだ。


 帝国はそうやって版図を広げ、建国から三百年と経たずに、大陸のほぼ全土――ファリウス以外――をその版図とした。

 その支配は二百年ほど続いたらしい。

 地球の歴史を知るコウからすれば、それだけで驚異的な国家だ。


 その後、建国から五百年を過ぎた頃には、帝国の支配が緩み、各地で独立国家が生まれていく。アルガンド王国が独立したのも、この頃だ。


 一時期は、帝国の版図は帝都とその周辺のみまでになったらしいが、現在は大陸中央部はほとんどが帝国の版図となっている。

 その間に帝国を構成する国は興亡を繰り返していて、帝都周辺の国――ドルヴェグ等――以外は、ほとんどが新しい国となっているが、今でも十三もの国が帝国の支配下にある。


 現在の皇帝はプラウディス・レイル・グラスベルク。

 記録によると七十歳近い年齢の皇帝だが、その在位は皇帝としては破格の四十年にも及ぶ。

 ドルヴェグ王グライゼルの百二十年は別格としても、現在の国の元首としては、グライゼルに次ぐ長さを誇るらしい。


 彼の在位の間に、大陸西部のジュゼル、デヴァイト、ボストークという三国が帝国の支配に組み込まれている。

 今でも不穏な気配はあるらしいが。


「言い換えれば、このあたりは千年前からずっと帝国の支配下にある地域なんですね。この道も、いつ造られたものなのでしょう」

「帝国の前にも道はあったと思うが……当然整備もいるしな。そういう意味では、このあたりはずっと安定した統治が行われていたと言えるわけだから、道などの設備は整っているんだろう」


 戦争がなければその地は繁栄する。

 これはこの世界だろうが地球だろうが共通する真理だ。

 そして、帝都周辺のこの地は、少なくとも千年ほどは戦争の惨禍に巻き込まれていない。つまりこの道は、少なくとも数百年は維持され続けている道だろう。


「ヴェンテンブルグも、あのエルスベルの街の痕跡は消えていても、少なくとも千年前からは存在する街のはずだからな……どういう街なのか」


 千年前からある街、というだけなら、地球にも珍しくはない。

 京都も、千年の都と呼ばれている。

 だが、それだけの長期間、戦渦に巻き込まれていない街、となると、おそらく地球には存在しないだろう。

 アルガンド王国の王都アルガスも相当な規模を誇ったが、あの王都でも幾度か内乱で少なからぬ被害が出たことはあったらしい。ここ百五十年ほどはないそうだが。


「それだけ長い間栄えている街というのは私も本当に初めてです」

「一応、エルフィナの故郷はそれこそ九千年前からあるんじゃないのか?」

「それは……そうですが、人間の街と一緒にしないでください。住居の拡張なんて、百年に一回あるかどうかというような場所ですよ?」


 森妖精エルフの時間感覚が、相変わらずぶっ飛んでいると思い知らされた。


「それだけ長いといろいろな食べ物とかもありそうですし。なんといっても、大陸の中心ですからね」


 エルフィナがニコニコしながら楽しそうに話している。

 コウも以前、エルフィナの持つ『料理大全』を見せてもらった――というよりエルフィナに語られた――時、帝都発祥の料理というのはかなり多かったように思えた。

 それだけ長いこと安定した発展をし続けている街だと、そういう文化も栄えるのだろう。


 同時に、千年もの間、外敵なく平和だと、当然街の『暗部』も濃くなっていく気はする。

 真界教団エルラトヴァーリーの話もある。

 表向きの華やかさだけに目を奪われない様にと思いつつ、コウもまた、帝都に対する期待が膨らんでいるのを自覚していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る