第162話 帝国よりの使者

 突然のグライゼル王との対面から二日、コウとエルフィナは、またもや二人目当ての客と対面していた。

 ただし今度は、ガルズも困惑気味だ。


「グーデンス・ファルケ・バストラードと申します。帝国で巡検士アライアの任を得ている者です。以後、お見知りおきを」


 そういって挨拶したのは、妖精族フェリアではなく、人間エリンである。

 年齢は三十歳くらいか。

 背はコウと同じくらいだが、引き締まった身体をしているのは明らかで、少なくとも戦うことができる人間なのは間違いない。

 この屋敷に来た時点では旅装を纏っていたはずだが、一度着替えたのか、今纏っているのは地球でいえば上品なシャツとやや装飾の多いガウン、それにゆったりとしたズボン。

 雰囲気は明らかに騎士が鎧をまとっていないだけという感じだ。

 無論武器は預けられているが。


 事前に受けた説明では、巡検士アライアというのは帝国独自の役職で、皇帝の意を受けて各地に派遣される使者の様なものらしい。

 通常であれば、使者というのはしかるべき貴族を立てるものだが、巡検士アライアは皇帝直属で、皇帝だけの命令で派遣され、皇帝勅使としての任を負うこともあるという。


 言い換えれば、皇帝だけが自由に使える私兵ともいえる。

 彼が来たということは、つまり皇帝が何かしらの意図を持ってコウとエルフィナに接触してきたという事でもある。

 事前にガルズがすでに確認しているが、彼が巡検士アライアであることは、間違いないらしい。


「冒険者のコウです。彼女は仲間のエルフィナ。まさか、巡検士アライアが訪ねてくるとは思いませんでしたが……」


 帝国は、アクレットから聞いたイメージ、それにかつてアルガンドと敵対した過去から、どうしても警戒心が先に来る。


「貴公らの話は、情報にさとい者なら気にはかけますよ。アルガンド王国に突然現れた、高ランク冒険者。その後、バーランドの動乱でも目撃されてますし、あの動乱では、冒険者ギルドが非常大権まで発動させてますからね」

「……なるほど」


 確かにあの戦いでは、コウもエルフィナも最前線で戦っている。

 とはいえ、あの戦いに参加したのは、キルシュバーグのギルドに在籍していた冒険者ほぼ全員だ。自分達だけ注目される理由は、さほどないはずだが。


「アルガンド王国内で起きた混乱にも少なからず関わっていらした。調べれば、さらに色々と出てきましたので、陛下も気になったようです。パリウスでの動乱にも、少なからず関わっておられたようで」


 思わず身構えそうになってしまった。

 パリウスの内乱に関わっていたのは事実だし、それを隠していた事実はない。

 だが、表向きはパリウス公の護衛として雇われただけで、実際の行動はほとんど記録すらないはずである。

 まして帝国からすれば、ロンザス山脈の東側の、さらに東の果ての話だ。

 そこまで及ぶ情報網があるという事実は驚異的だと思えるし、警戒心を持たずにはいられないと思わされる。


「お前さんら、結構あちこち関わってるんだな……」


 ガルズも驚いたように呟く。

 彼からすれば、パリウスの内乱の話は知っていても、それにコウ達が関わっているという事実は、初耳だろう。


「さて、あまり警戒させてしまうのは本意ではありませんし、役目を果たしましょう。陛下からの伝言でございます。『帝都に来い』と。ただそれだけでございますれば」

「……それだけ、ですか? 元々行くつもりはありましたが……」

「はい。私が預かったのは、それだけです」


 深読みしようにも、どうにもできない伝言だ。

 元々帝都の冒険者ギルドに報告に行くつもりはあった。

 だから帝都に行くことは確実だったのだが、まさか皇帝に『来い』などと云われるのは、予想外だ。


「強いて言うなら……いつ頃来るのかは気にされてました。もしよろしければ、時期の目途などいただければ、と」


 コウとエルフィナはお互いに顔を見合わせる。

 今日は二月八日。

 まだあと数日はドルヴェグに滞在しているつもりだったが、その後は帝都に行く予定だった。

 帝都までは陸路でおそらく十日程度。

 おそらく、二月二十日過ぎには、帝都に着く見込みだ。


「わかりました。では、陛下にはそのように」

「別に皇帝に会いに行くつもりは、ありませんよ?」

「それはそうでしょう。ただ、私は陛下に言付かったことを果たすまでですので」


 エルフィナの言葉に、グーデンスは特に意外そうな様子も見せず、淡々と応じる。

 なんとも気味が悪い。

 この男の、というより皇帝の意図が読めない。


 確か今の皇帝は、第九十六代、プラウディス四世。六十半ばを過ぎた老齢の皇帝のはずだ。在位が非常に長く、帝国内で絶大な権力を持つが、一方で内外問わず、敵も多いと聞いている。

 そんな皇帝が、なぜ自分達に興味を覚えるのかが、分からない。

 コウの持つ全文字ルーン適性や、エルフィナの全属性適性を知っているなら別だが、それはいくら何でもないはずだ。


「それでは私はこれで。コウ殿、エルフィナ殿。いずれまた帝都で」


 そういうと、グーデンスは非の打ち所がない完璧な挨拶をして、部屋を辞していった。

 彼が扉の向こうに消えてから、コウは思わずため息を吐く。


「俺も巡検士アライアってのは初めて見たが……なんていうか、只者じゃねえな」

「そうだな……敵意はなかったのに、油断できないと思わされた」

「そうですね……ホントになんていうか、緊張しました」


 横でエルフィナも頷く。


「しかしまあ、お前さんら、ずいぶん色々関わってたんだな。パリウスの内乱まで関わっていたとは」

「すまん。いう必要もないとは思ってたんだが」

「いや、別にいいさ。確かに言う必要なんざないし、そもそもドルヴェグ王国としてはそんな情報はあまり意味がない。まあ、あの内乱は奴隷取引が関わってたとは聞いてるが、それについてはアルガンド王国から説明はあったしな」


 奴隷取引は帝国でも全てで原則禁止されているらしい。

 ただ、帝国は複数の国家の連合体だ。

 中には、犯罪奴隷の制度に限ってまだ存続している国もあるという。


「それにしても妙な伝言だな。帝都に来い、とは。どっちにせよ行くつもりだったんだよな?」

「ああ。ギルドに例の報告をする必要もあるし、帝都自体この大陸最大の都市だ。行ってみたかったというのはある」


 それに、で見たエルスベルの都市は、間違いなく帝都と同じ場所にある。ということは、帝都にあの都市の遺跡が残っている可能性もあるのだ。

 何より、帝国はエルスベルを古代国家としていて、その正統継承国を名乗っている。

 それに根拠がないとは思えない。


「ドルヴェグはいつ発つ予定だ?」

「特に決めてはいないが……さっきの巡検士アライアに伝えたのを嘘にしない程度というところだな」

「そうか。まあ俺としても東側のいろんな話を聞けたのは収穫だった」


 気付けば一ヶ月近くガルズの家に世話になっている。

 悪いとは思いつつも、宿がないこの街ではどうしようもない。

 かといって仕事を手伝うなども出来なかったので、本当に穀潰しの居候だった。

 むしろエルフィナは数人分といえたか。


 せめてと思って、ガルズが聞いてきたことには、できるだけ話をするようにしていたつもりだが。


「東側はやっぱ情報が少ないからな。通信法術で表面上の情報だけは来るが、生の情報ってのは全然ない。特に、新しいパリウスの公爵の情報なんて、十四歳の少女だってこと以外は全くだったから、とても参考になったよ」


 ラクティの情報は、こちら側では公爵位に就く際にひと悶着あったらしいということと、あとは領主就任直後に内乱が起きて鎮圧したことしか伝わってない。

 その際に相手が禁止されてる奴隷密売を行っていたため、王家が出張ったことは伝わっていたらしい。

 ただそれだけだと、本来出るはずの王家の手を借りなければ、一人では叛乱を鎮圧できなかったという風にも取れ、年齢のこともあって、ラクティは、ひどく頼りない領主だと思われていたようだ。


 いくら情報伝達が早くても、さすがにその情報の密度は現代の地球とは比較にならないし、現代の地球だって、情報の内容は発信者によって歪められることもある。あるいは情報が少なくて予測が混じり、結果として情報それ自体が間違って伝わることだってある。


 コウも、アルガンド王国で聞いていた帝国と、実際に来てた印象はやはり違うと思えた。

 実際に行ってみて、初めて分かることもある。

 だからこそ。


 この大陸最大の国の都を、やはり自分の目で見てみる必要はあると思っている。

 あの、エルスベルが消えたとされる事件の情報も、そこにならあるかもしれず、あるいは、コウが地球に帰還するための方法についても、何か分かるかもしれないという期待はある。


 帝都ヴェンテンブルグ。

 まだ見ぬその、大陸最大の都で何が待つのか。

 今のコウにもエルフィナにも、それは分からなかった。

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