第67話 神々の捉え方

 アルス王立学院には、図書館がある。

 この世界のおいても、研究機関の図書館が最も充実したものになるのは同じらしい。

 特にこのアルス王立学院の図書館は、王立図書館としての側面も持っており、さらに日本でいえば国立国会図書館と同じ機能を持っているらしく、国内で発行されたほとんどの書物を収蔵しているという。

 無論、他国の書籍も数多く収蔵しているし、昔の記録なども多い。当然それに関連する研究論文なども閲覧できる。

 文字通りの意味で知識の宝庫だ。

 さすがに、パリウスでもクロックスでも、これほどの蔵書がある図書館は存在しなかった。


 そして今日は学院は休みで、キールゲンは王城に用があると言って出かけてしまっている。そしてエルフィナは、ルームメイトらと一緒に街に出かけるらしい。

 やることが特になかったコウは、一日図書館に籠ることにした。


 もちろん主目的は日本に帰る方法がないか探すことだが、そもそもコウ自身図書館という空間が好きだ。やっていいなら一日中でも余裕で時間を潰すことができる。

 まして異世界の図書館だ。

 知らないことしか書いてない本ばかりといっても過言ではない。


 もっとも、近年の歴史や大陸にある国の状況など、現在の状況は冒険者としても必要なため、情報は集めている。

 ただ、コウにはその下地になるより古い歴史や、さらに言えばこの世界の神話や伝説をほとんど知らない。なので今日はそのあたりの、古い時代の書物を読み漁るつもりだ。


「この辺りか」


 アルガンド王国ができるよりも前、さらに言えばグラスベルク帝国ができるよりもさらに前、千年以上前の時代の書物すら、ここにはある。

 もっとも原書ではなく、写本であったりあるいは近年になって内容を印刷術で複製したものだが、内容さえわかれば十分だ。


「とりあえず神話の概略だけわかるものからかな……」


 地球の場合は神話は各民族単位で色々なものがあった。

 その中で共通する記載もいくつかあったし、それらはおそらく共通の事件を、それぞれの祖先がそれぞれの解釈で残したものなのだろう。おそらくそういう傾向はこの世界でもあるはずだ。

 とりあえず何冊かパラパラと概要だけ読み漁る。


「やはり神話は各地で少しずつ違うが……地球よりはよほど共通点が多いな」


 一番の違いは、神のだろう。

 少なくとも神々が実在したことは疑いない。事実、神殿の聖職者は、その神々から直接力を借りる『奇跡ミルチェ』という、法術とは異なる力があるという


 この世界は、一神教ではなく多神教だ。

 どちらかというと日本の八百万の神々の概念に近い。

 大きく異なるのは中心となる四柱の神々がいることだろう。

 空と秩序の神アラス。

 大地と豊穣の女神ユトゥー。

 大海と混沌の神ティスト。

 そして何を守護するかすらわかっていない、謎に包まれたファザンという名の神。

 この四神が神々のいわばリーダーだという。

 このうち、人間社会で『神殿』という場合、たいてい祀られているのはアラス神だ。


 もっとも、この世界の宗教観は地球とはだいぶ違う。

 地球では神々に対しては祈りを捧げ、加護を願う。

 宗派によって様々な違いはあるが、信仰することによって神の力の恩恵をあずかれる、という点はだいたい同じだと思っている。


 だがこの世界では、ほとんどの人にとって神々は世界を形作った存在として、感謝し、敬いはするが、祈りを捧げる対象ではないらしい。

 ある意味、人は最初から神から独立している。

 それゆえか、この世界において宗教での争いというのは記録上存在しない。

 すべての神が世界を創り出してくれた敬うべき存在なので、そこに優劣などないのだろう。

 実在する神々ならではというべきか。

 

 この敬意を信仰と言っていいのかは分からないが、この世界の人々にとって、神々とはいわば自立した後の自分の親の様なものなのだ。

 大抵の子は親を敬うが、かといって必要がなければ頼ることはしないものだろう。


 どうしても神々の力を借りるのであれば、自ら神々を信奉し、奇跡の力を授かれるようになるか、またはそのためにあるべき代償――大抵は金銭になるが――を捧げ、聖職者の力を借りる。

 神殿は、事実上法術ギルド同様、ある種の営利団体的な側面もあるらしい。


 ずいぶん考え方が違うというか、神々が実在すると考えた場合はこうなるのか。

 そしておそらくそういう考えになるもう一つの理由が、法術の存在だ。


 法術は、正しくは法術に使う文字ルーンは、最初に説明を受けたように神々が世界を作るにあたって使用した《力ある文字》だ。

 つまり法術を使うというのは、神々がふるっていた力と同じものを人間が使っているという事になる。

 単にその力の大小に違いがあるだけで、本質的には法術というのは神々の力を揮っているという事になるらしい。

 だから、神殿の聖職者が使う奇跡を、人によっては『神々の法術から漏れ出た力』という人もいるらしい。


 このような宗教観ゆえ、いわゆる神殿も、地球のそれとは見た目こそ似てるがその役割は大きく異なる。

 こちらの神殿の役割は大きく二つ。

 一つは慈善事業としての教育の提供。このために、神殿は国や領主から資金援助を受けている。

 そしてもう一つが、法術で対処できない問題の解消に、奇跡ミルチェで対応すること。ただしこれには対価を必要とする。


 実際、法術にはどうしようもない問題として、文字ルーンの相性というものがある。

 自分やアクレットの様な存在は極めて稀であり、ある程度の大きさの街でも治癒の力を使える法術士がいないことなど珍しくもない。

 この世界の医療技術は法術と密接に紐づいているらしいが、そもそもその法術を使える人がいない場合に人々が頼るのが神殿だ。


 故に、地方と都市部の神殿の役割は実はかなり異なる。

 都市部では法術士の数も多く、対応できないケースは少ない。

 それゆえに、法術士を頼る。

 これは法術の方が安いからではなく、効果が安定的であることが理由だ。


 対して地方では法術士の数が少なく、対応できないケースは多い。

 その場合、神殿を頼ることになるのだ。


 かつていたフウキの村は神殿すらなかったので問題外だったが、トレットの街も人々は怪我や病気の際には神殿を頼っていたのだろう。

 法術具クリプトは地方だろうが都市部だろうが利用されている。

 なので主に怪我や病気などの対応で、地方では奇跡ミルチェを頼るらしい。


「うまくすみ分けているよな……実際」


 神殿というと、人々が集まって神に祈りを捧げるというのがコウの感覚だが、この世界における神殿は神の力を文字通り直接借りるための場所だ。


 神殿による継承者の承認儀式も、法術で相当するものがないがゆえに実施されているらしい。

 まあ『あるべき継承者を選別せよ』なんて曖昧な法術は確かに作れない。

 これは奇跡ミルチェならではだろう。


 この奇跡ミルチェという力は、遥か昔から神殿の独占技術だ。

 聖職者――司祭や神官等役職があるらしいが――によってその揮える力には違いがあるらしいが、共通しているのは神々に祈りを捧げて力を借りることで、この部分に限れば地球のそれとほぼ同じイメージになる。

 違いといえば、本当にそれで力が発現すること。そして信者を増やそうとするといった行動をとることはないというか、必要がないという事だろう。

 実際、法術に才がないからと聖職者を目指す人もいるし、冒険者の中にも多くはないが聖職者の資格を持つ者もいる。

 その場合は神殿に所属することを示すシンボルが証の紋章に刻まれるらしい。

 

「さすがに俺に奇跡ミルチェは使えないというか……使い方すら分からないが……まああまり必要もないか」


 継承の儀式の様な曖昧な術が必要なケースはほぼないだろう。

 であれば、およそどんな法術でも発動可能である以上、不安定とされる奇跡ミルチェに頼る必要はない。

 実際問題として、奇跡ミルチェが使えるようになるには神々への信仰心が必要らしいが、現代日本人はそもそも信心深くない上に、コウは特に神など信じていない。

 実在するのであればそれを疑うことはしないが、過去に存在した強力な存在というだけだろう。その意味では、この世界の大半の人と感覚は同じだ。


「まあ……いつかちゃんと調べるべきだろうが……」


 神話をさらに紐解く。

 だが――不思議なことに、この世界の歴史を過去にどれだけ遡ろうとも――神々が登場する話は存在しなかったのである。



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神話とかの説明回……でしたがまずは神々の扱いの説明だけになりました。

次でこの世界の神話とかの解説になります。

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