第37話 秘境の村

 翌日の夕方。

 コウ達は、予定通りドパルの入口が見える場所に到着した。


 ここまでの道もたいがいに山道だったが、その先はまるで抉られた様に深い谷になっていた。

 谷の両側は険峻な地形で、谷の片方にだけ、幾筋か道が通っているのが見える。一際大きな道が一つだけあり、それだけは馬車が何とか通れるだろうというものだが、それも相当に険しい道だ。勾配もきつい。

 その道の奥に検問所があるらしい。

 その他の支道は、いずれも人が何とか通れる程度。

 少しでも踏み外せば断崖絶壁から滑落して無事では済まないだろう。

 その上この地域特有の灰褐色の岩盤の影響で亀裂などが見えにくく、うっかりすると道が崩れて滑落してしまいそうでもある。


「この山の向こう側か」

「ええ。崖から落ちれば到底助かりません。そしていくつかある道は、いずれも崖に張り付くようにあって、当然監視の目は厳しい。そして、その道を抜けた先にあるのが、元鉱山街。現在はオルスベールの秘密の場所、という訳です」


 補給について考えなければ、まさしく天然の要塞だが、何でも水場はあるらしい。

 そもそも、この先に村が作れるようなスペースがあると思わないレベルだ。

 この断崖絶壁の細い道を二百五十メートル五百カイテルほど行くと、山に囲まれた平坦な場所があるらしい。

 これより先はそのドパルのある場所以外、針山の様な山が遥か彼方まで続く地域だ。人間はもちろん、陸上から回ってくることは不可能だろう。

 文字通り、空を飛ぶ鳥以外は、まともに近づくことすら出来ない。


 そして、何かをにも最適な場所だった。

 村へ向かう道は一本のみ。

 つまりドパルに入るには、正面の道を進む以外にはなく、その一か所さえ見張れば、ドパルに入る人間は確実にチェックできる。


「ここまで都合のいい地形もそうそうないな」


 どうやっても細い道しか入る方法はなく、そしてそこは数人並ぶのがやっとだ。

 ここをもし軍で攻撃するとなると、相当難しい。

 防衛側はその道さえ塞いでしまえばまず敵軍に侵入されることはない。

 しかも高低差があって、上側から攻撃し放題。投石や落石を行うための岩にも事欠かない。下手をすれば、数十人程度で一千の兵を相手にしても持ち堪えられそうである。


「ごくまれに飛行可能な騎獣を扱う兵がいるらしいですが、そんなものでもなければ、到底これは入れません。実際私は、夜中にできるだけ目立たない様に入ろうとしたのですが、見つかって危うく死ぬところでした」


 アルフィンはその時、周囲の岩などと同じような色の布を使って身を隠しながら潜入を試みたらしいが、やはり見つかったという。

 そもそも、結局最後の検問所の門を抜けることはどうやっても出来なかっただろう。


 切り立った崖にある道は戦うのなら三人並ぶのが限界。

 そしてそのルートは監視は容易で、隠れるのは至難。

 周囲の山々も、ほとんど崖のような険しさであり、ほとんど壁に近い。

 確かにこれは、潜入も至難だ。

 姿を隠しても、検問所とやらは門になっていて通常閉ざされているらしく、ある程度集中が必要なあの術では心もとない。

 やろうと思えば強行突破は可能だが、中に何があるかわからない以上、無用な騒ぎを起こすのは下策だ。


「ここまで堅牢とは思わなかったが……まあ、手ならある」


 コウは法印具に意識を集中し、法術を発動させた。


不可視の翼を与えよフライト


 発動してもすぐには何も起きないため、アルフィンが首を傾げた直後……変化が起きた。

 コウの体が浮かび上がる。


「え……? 宙に浮いてる……?」

「法術による飛行だ。まあ、かなり複雑な術になってしまうので、考慮されなくても仕方ないがな」


 魔法のある世界では魔法による飛行は定番だろうが、法術でそれを再現するのは、ことのほか厳しかった。

 浮くだけや、一方向にすっ飛ぶだけなら簡単だが、任意の方向に浮かび、飛び続ける、となるとかなり難しい。

 この法術は身体強化などの付与系を応用して作り上げたものだ。

 第一基幹文字プライマリルーンこそ使っていないが、複数の第二基幹文字セカンダリルーンを使うので、相当使い手を選ぶだろう。


「……私も法術はそれなりに自信あったのですが……自信なくしそうです」

「一応、俺は法術はランクが黒と認定されているんだ」

「黒!? その若さでですか!? 貴方、実は森妖精エルフだとか言いませんよね?」


 一応、と『証の紋章』を見せる。

 本当は銀にされそうだった、などというと卒倒しそうだ。


「あの時私を助けられたのも納得です。でも確かに、飛行法術なんて滅多にありませんから、まず考慮外でしょう。それを考えるくらいなら、飛行騎獣を考慮する方が、まだマシです」


 どうやら、この世界で飛行する、というのは相当に珍しいことらしい。

 だからこそ、あの場所は潜入不可能といえるのだろうが――。

 夜陰に乗じて空からなら、まず見つかることはないだろう。

 何しろ飛行騎獣とも異なり、音すらしないのだ。


「飛行の制御は、またちょっと癖がある。だから、悪いが制御は俺がやるが、いいな?」

「もちろんです。そもそもどうやったら制御できるのかすら、検討もつかないですし」

「大丈夫。コウを信じます」

「じゃあ、暗くなったら潜入しよう」


 エルフィナは風の精霊シュファウトの力を借りれば飛行が可能だが、アルフィンには精霊使いであることは教えていない。

 あまり知られない方がいいのは確かなので、今回はコウの飛行法術で行くことにする。


 完全に陽が落ちて空が暗くなっているのを確認すると、コウは法術を発動し、二人も浮かび上がらせた……が。

 アルフィンにとっては予想以上に怖かったらしい。


「わ、きゃ、ちょ、これ、ダメ、わ、わた」


 完全にパニック状態だ。

 仕方ないので、コウはアルフィンを引き寄せ、自分に掴まらせる。


「これなら、幾分怖くないだろう。それでも怖いなら、目を瞑っているといい。すぐに着く」

「む……コウ、私もお願いします」


 これ以上ないほど強くコウの腕に抱きついたアルフィンを見て、平然と浮かんでいたエルフィナが、アルフィンの逆側の腕に抱きついてきた。彼女は風の精霊の力での飛行に馴れているはずなのだが、自分で制御できないのは不安があるのかもしれない。


「……じゃあ、行くぞ」


 音もなく高度が上がる。

 コウと、彼にしがみついた二人の女性は、夜闇に融けるように舞い上がっていった。


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