第98話 二人の後継者

「よく来てくれた。ワシがキルシュバーグ冒険者ギルドのギルド長、ジュライン・オートルだ」

「アルガンドから来た、コウだ」

「エルフィナです」


 コウとエルフィナは、ジュラインが差し出した手を握る。

 老齢いっていい人物だった。

 かつては冒険者として一線で活躍していたであろう貫禄はあるが、今の年齢は、若く見ても七十歳、あるいは――。


「こんなじじぃがギルド長やらねばならんほどに、人材が枯渇しておってな……もう九十歳がみえておるから、引退したいんじゃがなぁ」


 予想以上に高齢だった。

 というより、この世界では驚異的な高齢者といえる。


「一体なぜこんな事態に?」

「その前に聞くが、おぬしらは、こちらに移籍希望、という訳ではあるまいな? そもそも、よく王都に入れたな」

「その質問で、大体事情は察せます。思っていた以上に、状況は良くないようですね」


 エルフィナの言葉に、ジュラインは小さく頷いて肯定した。

 その後、コウはこの街に来た目的を話し、対してジュラインが今の状況を簡単に説明してくれた。


 冒険者に対する締め付けが厳しくなったのは、ここ一年くらいだそうだ。

 冒険者は基本的に通行の自由が保障されているのだが、急に、街道の通行において、制限されるようになった。

 理由は、国内の統制のためとのことだった。


 そのうちに、冒険者全体に対しても妨害されてるとしか思えない事故が増えた。

 襲撃され、怪我を負った者もいる。

 特にここ数ヶ月はそれがあまりに顕著になったため、ジュラインは王都の冒険者全員を王都外に行かせ、各地に派遣したことにしたらしい。

 そのため、現在王都には一人の冒険者もいない状態になっているという。

 最初に聞いた時、何かの理由で拘束されたのかと思ったが、さすがにそれは違ったらしい。まあもしそんなことをすれば、冒険者ギルド全体を敵に回すことになるので、たとえアルガンド王国でもそんなリスクを冒すことは普通ないはずだが。


「一応、定期的に連絡は来るので、全員健在じゃ。ただ、潜伏先にも監視の気配があるという話も来ておる。ここ最近は、冒険者は軍に敵視されてる状態でな」

「それでか。ギルドの場所を聞いただけで、尾行された。一応撒いたが」

「ここも監視されておるから、よくこれたな、と感心したほどじゃ。まあただ、アルガンドから来たのであれば、それなりに情報は提供できよう。ウィリア、一通りの資料を持ってきてくれ」


 ウィリア、と呼ばれた女性――受付に出てきた女性だ――は、一度部屋を出て、程なくいくつかの資料を持って戻ってきた。


「この国のことはどの程度知っている?」

「国が『再戦派』と『穏健派』の二つに分かれている、というのは聞いている」

「まあ、その詳しい資料じゃ。とりあえず、目を通すといい」


 言われて、二人は出された資料を手に取り、目を通した。


 元々バーランド王国は、アルガンド王国で権力争いに敗れた――というか王家に対して叛乱を起こして敗れた――アルガンド王国の貴族が逃げ込んで作った国だ。

 小さな部族しか住んでいなかったこの地を、まとめ上げて国にしたらしい。

 元はアルガンドの公爵位を持つ家柄だった。

 そしてバーランドの東側は、かつてその家が治めていた土地だから、バーランドに所有権があると、建国して以降主張し続けている。

 アルガンド王国の国是を考えたら『何言ってんだ、お前は』という話だが。


 先の戦争でバーランド王国が帝国とアザスティンが敗退したのに止まらなかったのも、この建国以来の悲願が根底にあるのは間違いない。

 ちなみにアルガンド王国では、敗北して逃げた相手には全く興味がないというスタンスで、それでもしぶとく逃げて国を立ち上げたことを、当時はむしろ評価する向きすらあったらしい。

 相変わらずだがあの国は色々とおかしいと思うのは、地球出身のコウだからか。


 現在のバーランドの国王はイルステールという。

 即位したのは二十年前、あの戦争の直後だが、現在すでに七十歳を超える高齢だ。

 二十年前の戦争を引き起こした前国王の弟にあたる。

 前国王であるルキテアルスは戦争の直後に病に倒れ、そのまま逝去した。

 戦争の敗北のショックが原因とも云われているらしい。

 前王には子供がいなかったので、弟であるイルステールが王位を継いだ。


 イルステールの統治はそれから二十年近くに及ぶが、その間の統治は非常に安定している。

 致命的なまでに低下した国力を回復させるため、農地を開墾し、水路と道を整備し、農業生産を安定させ国内の流通網を整えた。

 莫大な賠償金を支払うことになり余裕がなかったことを考えると、驚異的といえるほどにイルステールはバーランドを回復させている。

 功績を見れば、『賢王』と評してもいいと思えるほどだ。

 コウ達がここまで見てきた、バーランドの思った以上に豊かな状態は、実質イルステール王の成果なのだろう。 

 ところが、このイルステールにも子供がいない。


 イルステールにはあと二人、下に弟妹ていまいがいる。

 弟ファルジウスと、妹ネステリアだ。


 ファルジウスは現在五十六歳。本来であれば継承権がありそうなものだが、彼の母親は父王の妾であり、彼自身は正式に王子としては認められておらず、継承権を持たない。また、先の戦争の怪我の影響で十年前に王都を辞して、今は地方に住んでいるという。

 ネステリアは現在四十九歳。母は父王の第二正妃――第一正妃が死去した後に正妃となった――であり、アルガンドであれば第一王位継承権者になれるのだろうが、このバーランドでは女性には継承権が認められないという。よって王位継承権を持たない。ネステリアは王家とも近い国内の大貴族と結婚している。


 そのファルジウスの子とネステリアの長男が、それぞれ次期王位継承者として認められているらしい。どうもそれ以外の子は全て女子らしい。


 ファルジウスの子はグライズといい、現在三十四歳。

 先の戦争の時は十四歳だから、少なくとも当時を覚えてはいるだろう。

 グライズ自身は軍部を中心に人気があるようで、彼が『再戦派』の代表と目される。


 ネステリアの子の名前はフィルツ。

 年齢は二十三歳。

 こちらは、ほぼ戦後しか知らない世代といえる。

 バーランドでは王家の女性は結婚しても『嫁ぐ』という形式ではなく、婿を迎えるものらしく、ネステリアは結婚しても王家に属したままらしい。故にフィルツも王子として認められているという。

 そしてこのフィルツが、『穏健派』の実質的な代表らしい。


 この二つの派閥の主張はどちらも明確で、『穏健派』は、アルガンド王国と同盟を結び、国力を増強させ、国を栄えさせようというもので、対外戦争に否定的だ。 

 アルガンド王国が明らかにバーランドより強大であること、さらに、先の戦争以後、早々に方針転換をしたアザスティン王国が、バーランドより早く復興を成し遂げ、発展しているのに倣うべきだ、と主張している。

 また、イルステール王の統治下でようやく回復してきたのに、ここで戦いを行っては、また二十年前に逆戻りすることを危惧している。


 対して、『再戦派』はアルガンドから肥沃な大地を奪わなければ、バーランドは今後千年、山に閉じこもったままになると危惧しているらしい。

 イルステール王の統治下で、国の力は二十年前と同じかそれ以上に回復した。ここで国をより発展させるために、アルガンドから領地を奪うべきだ、と主張する。

 こちらも同じくアザスティンを引き合いに出して、アルガンドとの同盟は、実質アルガンドに隷属するような状態だ、と色々な事例を引き合いに出している。

 ただ。


「典型的な情報操作だな、これは」


 コウはいくつかの資料を斜め読みしつつ呟いた。


「情報……操作?」


 おそらくその二つの単語の組み合わせが馴染みがないのだろう。

 エルフィナが首を傾げていた。


「例えば、ある事件があったとして、そのことを伝える場合に、一面だけを捉えて、自分たちに都合のいい解釈だけを加えて情報を提供する。伝えている内容そのものは事実だから、あとはそれをどう解釈するかという問題になるが、物事の一面だけを強調、説明し、さも説得力があるような情報を流すことで、情報を受け取る側の意見や考えを操作する、といったことができる」

「よ、よく分かりません……」

「そうだな……これがいいか」


 コウは、『再戦派』が提示しているとされる情報の一つを示す。

 そこには、アザスティンの商人による、アザスティン特産の高地果実の取引に関する情報が記載されていた。

 その果実の移送費用が、アルガンド国内に入ると非常に高く設定されており、アザスティンの商人には非常に大きな負担になっている、となっている。

 アルガンドとの融和というのは、このような不利な取引を受け入れる、隷属に他ならないというのだ。


 だが、問題の果実は温度、湿度の違いで簡単に劣化してしまう繊細な品種なのである。

 乾燥し、気温の低いアザスティンから、比較的温暖で湿度が高いアルガンドへ輸出する際には、特殊な保存方法が必要で、当然それには費用がかかる。

 それは、その果実をアルガンドで売るための、やむをえない必要経費である。

 だが、その果実はアルガンドでも人気があるため、アザスティンの商人はその費用を払ってなお、十分な利益を得ている。だが、それらについては『再戦派』の情報には記載がない。


 虚偽を記載しているわけではない。

 ただ、都合のいい事実だけを記載しているが、これらの事情を知らない者が見れば、このような取引がされてしまうなら、アルガンドとの融和などありえない、となってしまう。

 アザスティンは隣国とはいえ、交易はあまり盛んではなく、その情報が悪意を持って一部隠されていることに気付ける人は、ほとんどいないだろう。


「確かに、これだけ見ると……ですが、実際には違う、ということですね。しかしコウ、よくそんなことを知ってましたね」

「前に、アザスティンから多く果実が輸入されている、と聞いたことがあってな。果実ってのは、気温や湿度の変化に弱いものが多いから、輸送大変だろうけどどうやってるのか、と学院で興味本位で調べたことがあるんだ」

「相変わらず何にでも興味を持ちますね……まあ知ってましたが」

「他の情報も、俺の知らないことも結構あるが、おそらく似たようなものだろう。だが、こういう情報の提供の仕方をされると、人々はそれがなまじ事実ではあるから、これだけ見れば『アルガンドと仲良くするなんてとんでもない』となるわけだ」

「たいしたものじゃのぅ。これだけを見て、あっという間にその結論に至るか」

「まあ、疑り深いだけだ」


 実際、情報というものが持つ力は大きい。

 特に、人々にそれが真実だと思わせることができるような情報は、たとえそれが真実であろうと虚報であろうと、凄まじい速度で認識され、『事実』とされてしまう。

 情報が高速化し、地球の裏だろうがリアルタイムでやり取りされる時代でも、虚報にもっともらしい説明があれば、『信じたい人にはそれを信じさせる』だけの力があるのだ。

 それを効果的に用いることの恐ろしさは、判断材料を持つ人が少ないこの世界ならなおさらだろう。


「だが、これは同時に『穏健派』は反証を出すことはいくらでもできるはずだ。なぜ今、『再戦派』がここまで伸張しているんだ?」

「うむ……一つには、グライズ王子が軍部と強いつながりがあるためじゃ。グライズ王子は、かつて軍に所属してたこともあり、軍にも顔が利く。軍部は潜在的にはその多くが再戦派が多かったからな。そしてバーランドでは、治安維持も軍が担うので、そのため締め付けが強い」


 アルガンドでは街の治安維持を担当する衛兵と軍は指揮系統が異なっていた――軍は将軍などが統括し、衛兵は市長などの官吏が統括する――が、バーランドはどちらも軍が行うらしい。

 無論頂点には王や領主がいるにせよ、バーランドの場合は軍部の意向だけで治安維持の在り方も変わってしまうということになる。


「そして『再戦派』が勢力を伸ばした最大の理由……それは『再戦派』が第一基幹プライマリ文字ルーンの使い手を擁した、とされているからじゃ」

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