第14話水族館デート。花音編
「彼方って手大きいよね」
花音はデートが始まると唐突に理解不能な言葉を口にした。
「そうかな?」
首を傾げて自分の手を見つめると、もう片方の手にある花音が買ってきたアイスコーヒーが目に飛び込んでくる。
「そう言えば。アイスコーヒーありがとうね。いくらだった?」
体の前に出していた右手を引っ込めると肩に掛けているウェストポーチのジッパーを開けようと手を伸ばす。
「いや、それは良いから。もう少し手を見せて」
花音は僕の右手を掴むとそのまま引っ張った勢いで自分の胸に手を突っ込んだ。
「あっ…」
お互いに何とも言えない声が漏れると若干の気まずい雰囲気が辺りには流れていた。
「じゃあ今のがアイスコーヒーのお代ってことで」
花音は意味の分からない言葉を口にして僕は完全に動揺していた。
「僕が追加で代金を払わないと…」
そこまで口走った自分を少しだけ呪うが時は既に遅かった。
「そう言ってくれるのは嬉しいけど…今は置いておいて。手を見せて」
「良いけど。花音は手相とかに詳しいの?スピリチュアルとか興味ある感じ?」
「ん?あぁ…そういうことにしておいて」
「もしかして…」
訝しんだ表情で花音を見つめると彼女は必死で首を左右に振る。
「違う違う!いやらしい意味じゃないから!」
「いや、その時点でいやらしい意味を分かってるんでしょ?」
「あ…それは…」
花音はかなり動揺した表情で目を白黒させていた。
だが花音の胸に手を突っ込んでしまったお詫びも兼ねて手を見せることにする。
黙って手を観察していた花音は興奮気味に鼻息を荒くする。
「その通説も眉唾だと思うけど…体型とか遺伝にも寄るんじゃない?」
「そうかもだけど!手が大きい人は往々にして…!」
花音はそこまで口にして僕の手を離し自分の手を口元へと持っていく。
「何でそんなにデカい人を求めてるの?理由があるとか?」
顔を赤らめた花音に追撃するように問いかけるには酷な質問だとは思ったのだが、彼女らが悪い人間だとは思えない。
そこには何かしらの理由があるのだと推察した。
「まぁ。理由が無いわけではないけど…聞いて気持ち良い話ではないから…」
「そうなんだ…それなら無理には聞かないけど…」
遠慮がちに首を左右に振ると花音も僕と同じ仕草を取った。
「これからそういう機会もあるかもしれないから言うよ…」
花音の言葉にゴクリと唾を飲み込むと一つ頷く。
「誰にも初体験ってあるでしょ?その時に…その…入ってるのか分からなくて…」
「え?そんなことってあるの?」
「うん。何も感じなくて。自分が不感症なのかな…なんて悩んでいたら。その噂を耳にして…それを鵜呑みにしたって話…引いた?」
「引きはしないよ。失礼な話だけど男性同士でも女性の容姿の話はするし…」
「やっぱり巨乳が良い?」
花音はそう言うと自分の胸を両腕で持ち上げてみせた。
花音はかなりの巨乳で日頃から目のやり場に困ると思っていた。
仲の良い導は体型が小さく痩せていて貧乳である。
彼女らはどうやらお互いの体型が理想のものらしい。
お互いを羨ましく思っているのか導は時々花音の胸を鷲掴みにしていた。
それのお返しのように花音は導の細い身体を触診のようにしていじっていた。
そんな場面に遭遇したことが何度かあった。
会社の何処で?何の時間に?
そう思われたかもしれない。
会社の休憩スペースでお昼休みや残業明けの時間にだ。
二十四歳の盛んなお年頃の彼女らが異性の身体を気にしても不思議ではなかった。
閑話休題。
「どうでしょうか…」
花音の胸元から完全に目をそらすとイルミネーションで点灯されているクラゲが目についた。
それが何かしらのメタファーのように思えて、そこからも目をそらしざるを得なかった。
目のやり場に困っていると花音は何が可笑しいのかクスッと笑う。
「困ったらおでこ辺りを見ていると良いみたいだよ。少しでも視線を下げると女性にはバレるからね」
花音は僕の目を見つめると人差し指で自分のおでこを指差す。
そのまま花音はゆっくりと指を下げていく。
誘導されるように視線が下がっていくと結局大きな双丘が目に飛び込んでくる。
「どちらかと言うと巨乳派って言うことが分かったから今日は満足だな」
花音はそこまで言うと最後にイルミネーションで点灯されているクラゲと共に自撮りをしてデートの終了の時間がやってきたようだった。
「じゃあまた後でね。きっと今日もホテルで飲むと思うから。酔った彼方を楽しみにしてる♡」
誘惑するような言葉を残して、その場を後にした花音と交代するように瑠璃が水族館の奥からやってきた。
「最後は私。車でも結構話したよね。最後はイルカショーでも観ようか」
瑠璃は僕を先導する様に前を歩いた。
少し遅れて歩く僕に瑠璃は振り返ると満面の笑みを向ける。
「旅行はまだまだ続くよ?ちゃんと楽しんでる?」
僕に手を差し出してくる瑠璃の手を取ると、僕らは揃ってイルカショーのある屋外ステージへと向かうのであった。
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