人生で初めて元カノが出来た途端に始まったモテ期の理由を僕はまだ知らない

ALC

第1話モテ期始まる

「別れて欲しい。というよりも別れないといけない」

同棲中の恋人は深刻な表情を浮かべると両手でお腹を抑えた。

「赤ちゃんが出来たの…」

曇った表情を浮かべている彼女を見て僕は察してしまう。

「でも彼方くんの子供じゃない…裏切ってごめんなさい」

懺悔にも似た彼女の謝罪を上手に受け止められただろうか。

僕はどう返事をしたのか…気付いた時には彼女は荷物をまとめて家を出ていった。

同級生だった彼女とは中学二年生から現在まで付き合っていた。

二十四歳の現在。

僕らは社会人で彼女との将来を考え始めていた頃だった。

今年のクリスマスにでもプロポーズをするつもりでいた。

彼女との関係は良好だったと思う。

僕は彼女以外に興味はなかったし浮気の一つもしたことがなかった。

彼女を大事にしてきた自信もある。

それなのに…何故僕は裏切られたのか…。

唐突に失意の底に叩きつけられた僕はここから這い上がるのは不可能に感じていた。

新たな恋人を見つけるにも今はそんな気分にはなれなかった。

初の恋人に捨てられて彼女は元カノになった。

もしかしたら僕にはもう恋人など出来ないかもしれない。

ネガティブな思考が胸を埋め尽くしていた。

そんなある日、物事は一変する。

「彼女と別れたんだって?じゃあご飯行こうよ。今まで彼女がいたから一緒に食事にも行かなかったじゃん」

同僚である斎藤瑠璃さいとうるりは何処で情報を仕入れたのか僕が彼女に振られたことを知っていた。

「入社三年目で初めて同僚と食事に行くのか…今まで彼女に捧げてきた時間は何だったんだ」

「まぁまぁ。彼方の話も聞くから。今、一人にするのは心配だよ」

「そうだね…一人になると絶望に襲われる。何処に食事に行こうか」

「彼方の行きたい所でいいよ。終業までに考えておいて。私も考えておくから」

「了解。じゃあ後で」

瑠璃と休憩所で別れるとデスクに戻る。

(食事…同僚と初めての食事って何処にいけば良いんだ?経験がないからわからないな…。普通に居酒屋とか?焼肉は配慮にかけるかな…吉乃以外の女性と食事に行ったことがないからな…)

香川吉乃かがわよしのと言うのが僕こと田中彼方たなかかなたの元カノの名前。

初めての彼女だったため僕の交際経験は吉乃以外にはない。

女性経験も吉乃だけだ。

慣れているようで女性に慣れていない僕には最適な判断が思い浮かばない。

(いや、別に同僚とただ食事するだけだしな。行きたいところ選べば良いか…)

少々投げやりに行き先を決めると終業まで業務に追われるのであった。


「それじゃあ、初めての食事会に!かんぱ~い」

ジョッキを持つと瑠璃は大げさなほどハイテンションで音頭を取った。

カチンとジョッキを合わせると生ビールを喉の奥に流し込む。

結局訪れた場所は焼き鳥がメインの居酒屋だった。

串盛りを塩とタレで注文すると瑠璃は早速話を始めた。

「どう?十年ぶりに一人になった気分は」

「傷口を抉ってくるな…」

「そういうつもりじゃないよ。ネガに入り過ぎじゃない?」

「そうもなるだろ。結婚を考えていたんだ…そんな恋人に裏切られた気分は想像つかないだろ?」

「私には経験がないから想像つかないけど…でも辛いのは理解できるよ」

「そうか…ふっとした瞬間に全てがどうでも良くなるんだ」

「何言ってんのよ。これからの人生のほうが長いんだから。もっと良いこと起こるわよ」

「かもな…でも今はそんな気になれないんだ」

「たかが十年一緒に居た相手じゃない。百歳まで生きると仮定して。十分の一の時間しか一緒に居なかったのよ?そう考えたら大した事ないでしょ?」

「そう言われればな。簡単に思考を切り替えられたら苦労しないよ」

「早く吹っ切れとは言わないけど…私を含めて彼方を良いなって思ってる女性は多いよ」

「え?何で?」

「ん?一途な男性はそれだけで好かれるでしょ?浮気の心配もないし。それだけで女性の気苦労は大分減るし」

「そうなんだ…」

ネガティブな僕の話にも瑠璃は全てを優しく包み込むような微笑みで応えてくれる。

少しの安心感を覚えていると遅くまで瑠璃との食事会は続くのであった。


「このまま流れで家に来る?」

瑠璃は酔っているのか僕を慰めるつもりなのか誘ってくるような言葉を口にした。

「いや、今日は大人しく帰るよ」

「そう。これから覚悟しておいたほうが良いわよ」

「何に?」

「多くの女性に言い寄られるわ」

「何で急に?」

「フリーになったからよ。じゃあまた明日。会社でね」

瑠璃との食事会は終電間際まで続き、そこから終電の電車に乗って大人しく帰宅する。


そして、瑠璃の宣言通り。

翌日から僕のモテ期は始まるのであった。

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