Not a HELL

蒼天 隼輝

ヴァレリア=ケリー: 惨敗と邂逅

 暗がりの中、音が遠のく。次第に叫びが聞こえなくなる。朦朧もうろうとした頭でも、私の部隊の敗北とそれなりの数の死者が出たのを知るのに、そう長くはかからなかった。


 約数十分前。私は一般人救出の為、数週間前から隔離状態になっている危険緊急閉鎖区域に小隊を率いて潜入した。英名『Hazardous Emergency Locked Region』……区域外では既に地獄HELLとの蔑称が付きつつあるその場所から、数名の要救助者がいるとの連絡が対策班に届いたからだ。防護服を着込んだ我々は、装着したカメラで内部の最新情報を得つつ、一般人……内部で幸運にも生き残っていた子供達の護送を1時間もせずに完了する……筈だった。


 詳細が伏せられてきた区域閉鎖の理由を知ったのは、隊員の1人が突然現れた巨体の爪で押し潰されたのをこの目で見てからだった。正体不明の異形の怪物数体に、護送トラックを襲撃されてしまったのだ。

 万が一に備えて一通りの銃器は携行していたが、体に当てる程度ではあの怪物にはかすり傷にもなっていなかっただろう。正面からの戦闘では埒が開かないと判断して、私は近くのビルに駆け上がり、リーダー格の目を一度射抜くことに成功した。だが、効いた反面そのビルを下から崩されて、潰されはしなかったものの生き埋めになった。……情けないが、そのまま動けなくなっているのが、今の私の現状だ。

 最後に見た時、トラックまでの道はガラ空き、救助した子供複数人は逃げている様子がなかった。逃がす事すら、間に合わなかった。

 ……この静寂は、つまりそういう事なのだろう。


(情報がなかったとはいえ……甘く見ていた我々、特に私が悪いな)


 強かに体を打ちつけたせいか、体全体がピリピリとうずきまだ体に力が入らない。防護服のヘルメットはビルの瓦礫で割れてしまったらしく、通信もできなくなってしまった。任務の失敗はとうに伝わっているだろうが、この現状すら伝えられなければ全員の死が無駄になってしまう。……私の分も含めてだ。


「……だ、れか…………!」


 あてもなく、呟く。自分でも思った以上にか細い声だった。敵に見つかる可能性は低いが、生存者に発見されるのも絶望的だ。愚か者の末路としては相応な罰になるかもしれない……そんな嘲笑が頭をよぎる。


 その時だった。


 ——ドシャァ!


 誰に祈ったかもわからない祈りが通じたのか、轟音を立てて頭上の壁が崩れていく。光り輝く空への窓の中に、男の形に逆光の穴が開いていた。

 背中まで伸びた痛んだ髪。強く隈が掘り込まれた目元。男性とはわかるが、病的に痩せたやや背を丸めた体。その体に無理やりベルトで括り付けられた異形の左腕。防塵マスクで覆われた口から声は聞き取れなかったが、肩の上下で彼の疲労は伝わってきた。

 焦っているのか、泣こうとしているのか、喜んでいるのか……男の目には様々な色が浮かんでいた。そのどれにも敵意がない事に気を抜いてしまい、私は一旦意識を手放してしまった。

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