第1話 しにたがりは女のせいで馬鹿をみる
俺は、今日、死ぬ
探索の果てに見つけた手頃な廃ビルの屋上。
立ち入り禁止になっているこの敷地内なら人が入ってくることは滅多にない。ひっそりと死にたい俺にはぴったりな場所だろう。
錆に錆びれたフェンスをよじ登る。足をかけた鉄線が今にも壊れそうに悲鳴をあげた。フェンスごと落ちていきそうな勢いだ、が、そんなことは問題ではない。どうせ落ちるのが目的なのだから。
俺がまた一歩、鉄線に足をかけた、そのとき
「なになに〜死んじゃうわけ?」
声の方を見やると、屋上床にあぐらをかいてこちらを見上げる女が1人。
ニタリと笑顔を浮かべていた。
容姿から二十代後半辺りだろうか。だるだるのパーカーを羽織っており、襟の伸びたインナーからは胸ががっつり見えてしまっている。
だらしなさそうな女。これが第一印象だった。
「なぁに、びっくりした?」
びっくりするに決まっている。ここは滅多に人が出入りしないのだ、ましてや女性が1人でなど。
「人のびっくりした顔って面白いよね〜間抜けでさ。」
誰が、間抜けだ。
心底人を馬鹿にしたような女の顔が目に映る。彼女は一体なんの目的でここにいるのだろうか。
あからさまに、自死に踏み切ろうとしている人間を開口早々馬鹿にするとは。
「あの、なんでここにいるんですか?もしかして俺を止めに来たんですか?」
年上であろう彼女に、なるべく丁寧に話しかけた。
そうだ、ここに来るとすれば、飛び降りようとする俺を見て止めにきたってのが大体の筋だろう。
女は、少しキョトンとしてまた笑う。
「え、な訳ないじゃん。」
「え」
「止めるわけないじゃん、死にたきゃ死ねばいいよ。」
予想外、だった。普通こう言うのは止めるよう説得したり、優しく接してくる流れなのではないか?
「で、死なないの?早くしなよ。」
止めるとかの次元じゃ無かった、こいつ急かしてきやがる。
「あの、あんた倫理観とか、道徳ってもんはないんですかね?」
女はふっ、と鼻で笑う。まるで俺の言っていることがちゃんちゃらおかしいとでも言いたげに。
「倫理観やらはとっくに置いてきたね。こころのノートでけつ拭いたわ。」
ニタニタとした笑顔を崩さず淡々と言ってのける。冗談…だよな?
「…えっと、早くしろって言いますけど、あんたは見てるつもりですか?」
「うん」
「は?」
その時、プシューと缶の空く音がした。酒だ。よく見ると床には何本かの缶チューハイとポテチやらのお菓子が置かれていた。
「見ながら、飲むわ。」
出会って数分。すでに、おかしい人間だという印象ではあったが、まさかここまでとは思わなかった。
この人には本当に倫理観やらがないのだろうか。
「で、どうすんの?」
再び、急かしてくる彼女に徐々にと憤りを感じてきた。人の命をなんだと思ってんだ。今まさに捨てようとしていた俺が言えたことじゃないが。
「見世物じゃないんで。あんたがまだ居るって言うんだったらやめときます。」
自殺を娯楽にされるなんてごめんだ。気持ちが悪いし、なんかむかつくし。人生最期は少しでも気分良く逝きたいのだ。
「ふーん、残念。」
彼女は、これ見よがしに肩を落として不満そうな顔をする。本気だったのか…。
まぁ、いい。別に今日でなくてもいいのだ。次、そうだ、明日にしよう。
「もう、ここに来ないでくださいね。今日は帰ります。」
俺は踵を返した。しかし、奇妙な体験だった。
彼女とはもう二度と会うことはないだろう。
僕は振り返る事なく、帰路に着いた。
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