痴漢の冤罪をかけられた僕はイエスキリストを知りたくなった
すどう零
第1話 痴漢の冤罪をかけられた僕の黒歴史
イエスキリストってどんな人なのだろうか?
僕、清田知紀(きよた ともき)はいつも考えていた。
日本で人気ナンバー1のアクセサリーは十字架、ナンバー2はスカル(骸骨)だという。
十字架というのは、処刑道具であるという。
イエスキリストは人類の罪の身代わりとなり、十字架につけられたという。
イエスキリストを信じるだけで救われるというが、本当だろうか?
お布施もいらない、座禅や肉体修行などもいらない。
ただ信じるだけで救われる?! そんなうまい話があるのだろうか?
そういえば神はお金は要らないという。
なぜなら神はお金以上の能力をお持ちになる方だからである。
だから、あるキリスト教会の牧師曰く、献金はあくまでも自由意志で感謝献金であり、必要会費とか払わねば罰があたるというものではない。
そしてたくさん献金しすぎると、かえって「無理してない」と尋ねて下さる。
百万円献金したからといって、ご利益があるわけではない。
ある韓国教会の牧師は、いわゆるソープ嬢が百万円献金しようとしたが、丁寧にお断りしたという。
神は人間に自由意志をお与えになった。
だから、神を信じようと信じまいとそれは本人の自由である。
ただし、十戒に逆らうようなことをすると、神からの裁きを受けるという。
ハリウッド映画というのは、十戒を二、三破った挙句の果て、不幸になったというストーリーをかくと必ずヒットするという。
僕は神を体験してみたくなった。
というとまるでカルトに洗脳された世間知らずの無知な若者のようであるが、そうではない。
神様ってどこかにいると思うんだ。
伝説の大親分山口組組長の田岡一雄氏曰く
「神様なんておれへんのや。人はすべて自分の都合によって動くんや」
すると長男の満氏が
「しかし太陽は東から昇って西へ沈む。これ絶対の真理だろう」
田岡一雄はすかさず
「その東と西、誰が決めた?」
実際は太陽は、昇りもしないし沈みもしない。
地球が太陽の周りを好転して、地球から見たら太陽が昇ったり沈んだりするように見えるだけなのである。
ちなみに田岡組長は、不倫の子だという。
高知県出身だったが、五歳のとき産みの母親が亡くなり、神戸に住む親戚に引き取られたという。
親戚の家では、学校にも通わせてもらえず、山を越えて力仕事をさせられるなどというひどい虐待を受けたという。
神戸で港湾の仕事をしているとき、行きつけの喫茶店で知り合ったのが、妻のフミ子夫人だったという。二人とも、親の愛情を知らずに育ったという。
だから田岡組長曰く「親がいて、帰る家があり、学校に行かせてもらってなおかつ非行に走る」そんな人は理解できないという。
ましてや、高価な改造バイク、派手な革ジャンの暴走族など全くの理解不能だという。
田岡組長の娘 田岡由岐曰く
「父はいつも弱い者の味方でした。誰からも見放され、親戚すらも相手にされない。そんな人のことをいつも真っ先に考える人でした。
父に怒られた記憶は、あまりないですね。
父はあまり怒ったりしない人でした。怒って人間が変わるものではない。
私の家は特殊な家で、父はいつも五人の子分がバックについていました。
しかし、親分子分の上下関係ではなく、まるで本当の家族みたいでしたね。
母は、小学校四年程度の漢字を教え、食事も一緒にしていました」
世の中上見りゃきりない下見りゃきりないというが、まさにその通りである。
しかし一度悪のスティグマ(烙印)を押された人は、そこから這い上がるのは、常人が想像を絶するほど難しい。
実は僕には、思い出したくもない過去がある。
それはほんの半年前、痴漢の冤罪をかけられかかったのである。
僕の大苦手な通勤ラッシュのとき、僕はまったく見知らぬ女性から急に腕を掴まれた。
右手で僕の腕をつかみ、左手で僕を指さし「この男が、この男が」と悲痛な泣きべそを浮かべながら一人で怒鳴っている。
その女性は白いワンピースを着ていたが、スカートは血で汚れている。
やせこけていて、グラマーな体形でもなく、女お笑い芸人を陰気にしたようなフェイスをしている。
僕は思わず絶句して、キョトンとするしかなかった。
まったく見知らぬ女が、僕を悪者いやそれ以上の犯人扱いをしている。
記憶の糸をたぐってみても、小中学校の同期生でもなく、まったく見知らぬ女としか言いようがない。
鉄道警察がかけつけたが、警察に行ったら最期、犯人扱いされかねない。
僕は毅然として「僕はこの女性を知りません。何を言っているのですか?」と尋ねた。すると女性は急に涙を浮かべ、わけのわからないことをわめき出した。
精神障害か? それとも麻薬中毒か?
鉄道警察曰く「もしあなたが、痴漢なら拘置所に二週間入ってもらうことになる」
ゲッ、何を言ってるんだ。
どうして、僕がこのやせこけた女に痴漢するんだ。冗談じゃねえぞ。
僕は思わず「誰がお前に痴漢するんだ」と強い調子で女性に言った。
「証拠もないことを言って、人を痴漢呼ばわりするな。顧問弁護士を呼ぶぞ」
と断定的に言うと、その女はその場から去り、鉄道警察もやれやれというような顔をして去っていった。
のちに風の噂で伝わってきた話であるが、その女性はだまされて痴漢もののAVに出演した女性であり、僕以外にもそういったことを繰り返していたという。
僕は三人目の被害者男性らしい。
しかし、その女もだまされてAVに強制出演したとなれば、ある種の被害者である。
不幸のスパイラルが不幸を呼ぶとすれば、この世には神も仏もあるものか。
とりあえず、僕は働かねばならない。
僕の今の仕事は朝刊配達と飲食店のバイトだった。
朝刊配達は、みな高齢者ばかり。
しかし、飲食店のように契約社員ではないので、安心して働ける。
肉体的にはしんどいが、夏の新聞配達を体験すると冬になると風邪をひかなくなるのが最大のメリットである。
飲食店の方は、チェーン店の中華料理店であるが、こちらは一か月単位の契約社員である。
最近、コロナ渦の影響からか、やはり昼も夜も客は減少しつつある。
なのにそれに反比例するかのように、値上げラッシュである。
しかし、以前よりは味付けに工夫をこらし、美味しくなってきていることは事実である。
「おはようございます」
いつものように五時五分前に店に入ると、なんと半年前、僕が痴漢の冤罪をかけられかかったとき、同じ車両に乗っていた女性が来店していた。
四十歳後半くらいだろうか。ちょうど母親世代である。
ベージュの地味な口紅に、これまたベージュのワンピースの地味ないでたちの女性。
思い出したくもない過去が蘇ってきたが、もちろんそこはつくり笑顔で「いらっしゃいませ」と応対し水を置いた。
途端に僕にメモを渡した。思わず見るとそこには
「半年前のこと、覚えていますか。もしできれば、明日の四時カフェスプレモで待っています」と記してあった。
げっ、カフェスプレモといえば、僕の行きつけのカフェであり、ときおり仕事前の四時に来店し、カウンターの真中の席で新聞や雑誌を読むのが日課となっている。
なぜ、この女性が僕の行きつけのカフェを知っているのか?
また四時に来店することを知っているということは、僕の後をつけてきているに違いない。
この中年女は何者?
そう思いつつも、母親の匂いを漂わせるこの女性に僕は、少し惹かれるものを感じ、僕はカフェスプレモに行くことにした。
翌日、僕は少し緊張気味にカフェスプレモに着くと、いちばん奥のボックス席に母親もどきの中年女性が座っていた。
いきなり「勝手なお願いをしてすみません。いつものあなたはブラック珈琲を注文することはわかっていましたが、今日はひとつ、私と同じ紅茶にして頂けないでしょうか? あっ、もちろん勘定は私持ちですよ」
スプレモの紅茶は、僕好みのヒノキの上品な香りのするアールグレイティーである。この中年女性は、僕の好みまで熟知しているのだろうか?
僕がだまってうなづくと、いきなり机の上にスナップ写真を見せた。
多分中学一年くらいの男子だろう。
あどけない顔に角刈りのヘアスタイル、よく見ると僕の中学一年のときに酷似している。
僕は、半分とまどいながらも、机に置かれたその写真をしげしげと眺めていた。
中年女は、半ば満足そうに笑みを浮かべながら言った。
「この前は、電車のなかで大変でしたね」
僕は誤解がないように、弁明するような形で答えた。
「誤解がないように言っておきますが、僕はその女性に痴漢行為をしていません。
触った記憶もないし、ましてやあの満員電車で盗撮などできないでしょう。
まあ、あの女性はキュロットスカートを履いていたので、盗撮してもまったく無意味な状況でしたがね」
中年女は、名刺を差し出した。
犯罪被害者支援センター 結城 節奈 と記している。
「覚えておられますか。今から三年前、中学一年の男子が地元の不良に殺されるという事件があったでしょう。
私はその被害者男子ー結城 節雄の母親です」
そういえば、目の前にいるこの中年女は写真の男子と面影が似ていて、名前まで酷似している。
本当の親子なんだな。
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