12月27日(高坂家)

幼馴染の亜紀はどさくさに紛れて一歩踏み出してくる




あたしは気になってしまった。

あのホテルでの一件だ。亜紀が付き合っていなくてもキスするのは相手の気持ちを探るためだと言っていた。そしてあたしにそれを試そうとしてきた。


そう。あたしにキスを迫ってきたのだ。多分未遂に終わったであろうキス、でもあたし自身も気になってしまったのだ。


あたしは亜紀のことをどう思っているんだろうと……


あまりにも身近で、小さい時から一緒にいるのが当たり前で、近すぎるがために亜紀に対する気持ちがわからない。


亜紀のことはもちろん好きだし、だからってこれが恋愛の好きっていうことなのかはわからない。


あたしは恋をした事がないから好きという気持ちもわからない。だから、亜紀とキスをしたら恋愛的な好きがわかるんじゃないかと思ってしまった。


もし、恋愛的な好きだったとしたら亜紀と付き合いたいのかと問われれば、あたしは付き合いたいとは思わない。


だってそうだろ?付き合って別れたとかなった場合、今の関係がなくなる。あたしの十数年という短い人生で亜紀と出会ってから過ごしてきた期間はもうすでに人生の半分以上を占めている。


恋人関係を解消した後、友達にも戻れないカップルの話はたくさん聞いてきた。だったら亜紀とはこのまま幼馴染の関係を続けたいとあたしは思っている。


亜紀があたしと付き合いたいと思っていたとしても叶えてやらない。あたしは亜紀とずっと仲良く一緒に過ごしたいから……



携帯が震えて着信を知らせている。どうせ亜紀かと思いながら画面を見れば、凪沙からだった。凪沙からの電話だったら、どうせ悠木涼関連の話になるだろうと予想しつつ着信を取れば、案の定悠木涼のバスケの練習試合を観に行かないかというお誘いだった。


あたしと亜紀と凪沙の3人で行こうという話になり、凪沙があたしのすぐ近くにいると思っていた亜紀にも話を投げかけてくるが、あいにく今日はあたし1人。四六時中一緒にいるわけじゃないという証明ができたわけだが、亜紀も行くかどうかはあたしが連絡するということにして、通話を切った。


自分の部屋を出てリビングに向かいながら、メッセージを打ち込む。

“29日に悠木涼の練習試合があるんだが、バカップルの相手を1人でしたくない。一緒に来て“


リビングの扉の前で送信ボタンを押した。ピロンとリビングから音がして扉を開ける。


ダイニングテーブルに弟のちはやと向かいの席に亜紀が座っていた。


「いや、なんでいるんだよ!?」


亜紀はあたしに気にも止めず携帯を見つめて、その手は携帯を操作している。

ブブッとあたしの持つ携帯が震えた。


“行く。ちさきに会いにきたら、ちはやが退屈そうにしてたから遊んでた。“


「目の前にいるのに、わざわざメッセージ使わなくていい!!」

「行く。ちさきに会いにきたら、ちはやが退屈そうにしてたから遊んでた」


「メッセージと同じ答え求めてないから……」


ちはやはせっせとトランプを片づけ出した。


「なんだ?もう遊ばないのか?」

「姉ちゃん来たら終わりって亜紀姉ちゃんに言われてたから」


なんだその約束、別にあたしは亜紀と約束とかしてないんだけど……亜紀の言う事なら素直に聞くちはやにも呆れる。


「それで亜紀は何か用事?」

「ちさきに会いに来た」


「何か用があって会いに来たんじゃなくて?」

「ただ会いに来た」


本当に会いに来ただけっぽいな。まぁ、あたしも特に用事があるわけじゃないから別にいいんだけど……


「じゃあ、とりあえずあたしの部屋行くか?」


コクリと頷いた亜紀に飲み物持って行くから先に行っててと促した。

二つのコップにミルクティーとお茶を入れて自室に戻ると亜紀はいつもの定位置に座って待っていた。


ローテーブルにコップを置き私もいつもの定位置、亜紀の向かい側に座る。


「バスケの練習試合見に行くなんて珍しいね」

「ただの監視だよ。人前で平気で抱きつくようなやつが学校で何しでかすかわかんないから。バスケも悠木涼も興味ないしな」


ミルクティーを一口飲んでテーブルに置いた。


「……ちさきは恋人とか欲しいって思わないの?」

「………」


手にしていたコップがテーブルとあたり、カタッと揺れた。


その質問にあたしはどう答えるべきか、すごく難しくて何を言っても結局は亜紀を悲しませるような答えになってしまうのではないかと思った。


恋人が欲しくないと答えれば、遠回しに亜紀を振る形になるし、かといって欲しいと思っていないものを欲しいとも答えられない。


「あ、あたしは……今が好き…かな」


すごく言葉足らずな言い方をしたけれど、多分亜紀には伝わったと思う。“今が好き“今亜紀とは幼馴染の関係で親友であたしの弟とも両親とも仲良しで家族のような関係。


もしそこに別の誰か、あたしもしくは亜紀に恋人ができた場合、少なからず亜紀とあたしは距離が生まれる。


この関係をあたしは壊したくないと思っている。


知らずに下がっていた視線を恐る恐る亜紀の方へ向けると、亜紀は学校じゃ見られないあたしだけに見せるような微笑みをしていた。


あたしの思っている事は亜紀は言わなくてもよく察してくれるが、あたしは亜紀の感情を察するのは苦手だ。これはどういった感情なんだろうと観察するように、亜紀の瞳から目が逸らせなかった。


「そうだよね。ちさきはそう言うと思ってたよ」


反対側に座っていた亜紀がゆっくりとこっちに近づいてきて、あたしの隣に体育座りをした。

膝に頭を乗せて、あたしを横から覗いてくる。


「怖い?」

「……何が?」


「変わることが。関係が変化して先がわからないことが」


あたし怖がっているのか?この関係が壊れてしまうことを恐れて、先に進まないでいるのか……

そう聞くとあたしはダメなやつなんだなって改めて思った。変化を恐れて先に進めない。変えられない。でも、周りは変わっていく。そこにあたしは取り残されてしまう。それもまた怖い。


気付かされたダメさ加減にあたしは頭を抱えた。


「じゃあ、ちょっと変えてみる?少しずつなら怖くないでしょ?」

「どうやって変えるんだよ」



「キス、する?」



「は!?いやいや、それ前に気持ちを知る為とか言ってたやつじゃん!なんでそうなるんだよ!!」

「私とちさきの関係をちょっと変えようかと……」


「なんで亜紀とあたしの関係を変えるんだよ!あたしが彼氏作るとか、亜紀が彼氏作るとか色々あるだろ!?」

「でも、恋人はいらないんでしょ?」


「いらないとは言ってない!!」

「欲しいの?」


「いつかな!!今じゃないけど、いずれは!!」


体育座りしていた体勢を崩して、いつの間にかあたしをベッドに追い込んでいく。いつかあった壁ドンの時のようにあたしは逃げ道を塞がれる。


あたしを囲むようにベッドに手をついて、膝立ちになった亜紀が目の前にいる。

亜紀の眼鏡越しの瞳があたしを捕らえて離さない。

少しずつ近づいてくるたびにドッドッドッと心臓が速くなっていく。


「あ………き……」


少し亜紀が頭を傾けたところで、あたしはぎゅっと目を瞑った。

視覚がなくなりより一層自分の心音がダイレクトに伝わる。見えなくても亜紀がすぐそばにいて、あたしのものではない前髪の感触までわかるようになった。



唇に柔らかい感触がして、一気に全神経が唇に集中した。

柔らかくて暖かい初めての感覚は脳内メモリに超スピードで鍵付きフォルダに新規保存された。



離れていく感覚がしてゆっくりと目を開けると、まだ近くにいる顔を真っ赤にした亜紀と目が合った。


あたしは一体どんな表情をしているんだろう。かなり顔が熱い感覚はあるけど、何かしらのリアクションは全く取れていない。


早まっていた心臓も一向に落ち着かないし、鍵付きフォルダにしまわれた唇の感覚も何回も開かれては思い出している。


あたしは何かしら言わなければと思い無理やり口を開いた。


「で?何かわかったの…か?」

「……え?あ、うん……予想以上に、可愛い反応だった」


「……は?」


いや、あたしは何もリアクション取っているつもりはないんだが……


「ちさきは?何かわかった?」


あたしの隣に座り直した亜紀は横目であたしをチラッと見ている。


「な、何もわからんっ!!」


脳内メモリの容量が“キス“の感覚に大幅に奪われ、今の状態では自分の気持ちを考える容量が不足している。


あたしは口を手で押さえた。

そんなあたしの様子をじっと見つめていた亜紀はお茶を一口飲んでから立ち上がった。


「少し考える時間が必要みたいだね」


そう言って、部屋から静かに出ていく。どこまでも察しの良いやつだと思った。


あたしはベッドに顔を埋める。

今日はもう何もできそうにない。


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