2月11日

「亜紀ちゃんのドキドキ♡バレンタインチョコ講座ぁ〜」

「わー。パチパチパチ……」


ちさきちゃんがやる気なさげに言いながらパチパチと手を叩いた。


お店がお休みだという今日、3人で喫茶みづきのキッチンをお借りしてバレンタインのチョコ作りをする為集まった。学校の制服の上からエプロンをつけて、購入してきた材料を並べていく。


「最初はどれから作りますか?亜紀先生」

「じゃあ、生チョコから作りますか?」


「生チョコも作るの?美味しそう!!」


「チョコは他のでも使うので多めに砕いて」

「はーい」


「へぇ。普通の板チョコ使うんだ?……パクッ」


「あ、ダメだよ涼ちゃん!」

「ちさきもチョコ砕いて」


「…………」

「みんなー火を使う時は気をつけてねー」


「はーい」

「はい」


「高坂もチョコ食べる?」


「いらない。毎日亜紀にチョコ食べさせられたから、もうチョコは飽き飽きしてるんだよ」

「“あき“だけに?」


「涼。つまらないこと言ってないで邪魔しちゃダメじゃない」


涼ちゃんがチョコを一欠片口の中に放り込んでキッチンの隅っこに簡易的に用意された椅子に座った。



「てか、なんで悠木涼までいるんだよ!?」



自然に溶け込んでチョコをつまみ食いしているけれど、今日の亜紀ちゃんのドキドキ♡バレンタインチョコ講座は私が涼ちゃんへのバレンタインチョコの作り方を教わるために集まっている。

渡す相手がいる中、作り方を教わるとなると全くサプライズ感がない。


それをいうなら、ちさきちゃんも亜紀ちゃんから貰う側の人ではあるけど……


「ごめんねー。つい、口を滑らせちゃって」


美月さんが両手を合わせて謝ってくる。


「今日部活はどうしたんだよ?」

「ミーティングだけだったから早かったんだよね。ミーティングがなければお買い物も一緒について行きたかったんだけど」


普段であれば、この時間は涼ちゃんは部活に励んでいる時間だけど、こういう時に限ってタイミングが悪く時間を持て余した涼ちゃんはミーティング後にお店にやってきた。


「いやいやいや、そこは空気を読んで来ないのが普通じゃないか?」

「凪沙が作るチョコ食べたいじゃん!」


「バレンタインで貰えるだろうよ!」


待てないよぉ〜と涼ちゃんは椅子を公園にあるスプリング遊具で遊ぶ子供のように揺らした。


「高坂もバレンタインチョコ作るの?」

「……作らないけど」


涼ちゃんが自分の隣に簡易の椅子をもう一脚用意した。椅子をポンポンと叩いて、ここどうぞと言いたげである。


「今日は手伝いだから!チョコ砕く係だから!」

「そんな係あるの!?」


ちさきちゃんがチョコを細かく砕き始めて、やっと亜紀ちゃんのドキドキ♡バレンタインチョコ講座がスタートした。




涼ちゃんが慣れた様子でコップにコーヒーを注いでいく。

ソファー席のテーブルには数々のチョコ達が並べられている。四種類ほど作ったチョコは最後みんなで大試食会となった。


「チョコとコーヒーって合うよね」

「コーヒーにチョコを入れても美味しいんだよ」


涼ちゃんから受け取ったコーヒーは真っ黒の液体だった。隣に座った涼ちゃんが微笑んだ。私がブラックコーヒー苦手だということを知っているはずなのに……


「チョコを食べてコーヒー飲んだらきっと美味しいよ?……はい」


涼ちゃんが口元に持ってきたトリュフチョコを一口で食べて、コーヒーを少し飲んだ。


苦味が緩和されて飲めるようにはなったが……


「チョコの試食なのにチョコの味わからなくなる……」

「確かにそうかも!」


クスクスと笑う涼ちゃんの口に生チョコを持っていくと嬉しそうに一口で食べた。


「美味しい」



「あー。なんか、チョコ食べる前なのにめちゃくちゃ甘いんだが……」

「コーヒー飲んでみたら?マシになるかも?」


「にっっが!!」

「はい。チョコ」


私たちを見て甘いとか言っておきながら、結局向かいに座る2人も仲良くチョコを食べさせてたりとお互い様じゃないかな。


「で、凪沙はバレンタイン当日はどれを作ってくれるの?」

「それは流石に当日のお楽しみだよ」


涼ちゃんはそっか〜と残念そうにするわけでもなく、嬉しそうにフォダンショコラにフォークを刺したところで、普段は聞き慣れたでも、今日は珍しいお店の扉の鐘がカランと鳴った。


みんなが振り返るとそこには、この4人の中では1番身長が高い涼ちゃんよりもさらに大きく、でも私たちもよく着ている学校のジャージにマフラーと大きめのリュックサックを背負った女の子が立っていた。


「っ!」


涼ちゃんがあからさまに嫌な顔をしてその人物を見ている。知り合いに対してそういう反応をしているのは初めて見るかもしれない。苦手な相手なんだろうか。


「よう。悠木」

「なんで森が……」


森と呼ばれた彼女が手を振りながら私たちのところに歩いてきた。近くで見てもかなり大きいのがわかる。私の身長より20センチ以上はありそう……


「そんないやそうな顔するなって!わざわざここまで来てやったのに」

「別に呼んでないけど」


「じゃ、これはいらないってことか」


森さんが見せびらかすようにして涼ちゃんの目の前に掲げたのは、1ヶ月記念日に涼ちゃんがお揃いでプレゼントしてくれたブレスレットだった。


「あっ!!」

「ロッカーに忘れてたぞぉ?いいのかこれ?ん?」


チラリと私の方に視線を向けてきた森さんは、意味深な笑みを浮かべた。

この少しのやり取りを見ているだけでも、なんとなく涼ちゃんが苦手にしている相手というのは間違いなさそうだと分かった。

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