12月13日(3)
『お互いを恋に落とす事やめよう』
私の目を見つめながら涼ちゃんははっきりと告げてきた。
少しずつ上昇をしているゴンドラの中は一瞬時間が止まったかと思うようなほどの静けさが訪れた。
私は今涼ちゃんに自分の気持ちを伝えようと、高鳴る鼓動を抑えて口を開いたけど、タイミング悪く涼ちゃんも口を開いた。
涼ちゃんが言った言葉をすぐには理解できなくて、お互いがただ見つめ合い沈黙した。
数瞬間後には私の心臓がドッドッドッと先程とは違う意味で早く脈を打っている。
「な、何を言ってるの?涼ちゃん……」
「お互いを好きになるようにがんばらなくてもいいよって事」
「急に……なんで?」
涼ちゃんは笑顔になって続けた。
「ここまでがんばってきたけどお互い好きにはならなかったでしょ?もう無駄かなって」
「無駄って……」
――頑張るだけ無駄
涼ちゃんと出会って最初の頃に言っていた言葉を思い出す。
変わったと思っていた。
球技大会で優勝を目指して毎日練習をして、私に好きになってもらおうとデートをして、意識してもらう為にキスまでしてきた涼ちゃんは無駄じゃないと思ってくれるようになったんだと思っていた。
お互いが好きになって付き合うまではこの関係が続くんだと私は思っていた。
「好きになる前に気づいて良かったよ。私の我儘に付き合ってくれてありがとう。これからは好きに恋愛したらいいよ」
「涼ちゃんは……」
「凪沙と一緒にいて、お弁当とか作ってきてくれたりしたけどさ。好きな人にはならなかったから、がんばってもお互いを恋に落とすのはやっぱり難しいんだよ。好みとかさタイプとか人それぞれあるし……」
私は涼ちゃんの好みの人ではなかった。
外見は努力したら好みに合わせられるかもしれないけど、中身が合わないってなると難しいところもあるかもしれない。
「もう……がんばらないの?」
「うん。お互いがんばらなくていいよ」
涼ちゃんは優しく微笑んだ。
細められた瞳、柔らかく弧を描く口元。私は惹かれていく気持ちをグッと押し殺した。
告白をして、今後私の事を好きになってもらおうとしていた。人それぞれに好みやタイプがあって、涼ちゃんのそれに私は当てはまらなかった。
「あ、お弁当ももう作ってこなくていいからね?」
「え……」
「もうお互いを好きになってもらうこともないんだから、前みたいに私は図書委員の人たちとご飯食べるから」
「いや、お弁当くらい大丈夫だよ?どうせ自分の分は作ってくるから、1人分くらい増えても平気だし」
前みたいに戻るとほとんど涼ちゃんとの関わりがなくなってしまう。
高校2年生の10月まで学校で関わることがなかった2人。クラスも別で唯一一緒なのは体育くらいしかない。
「………いらないよ。また学校で変な噂でも立てられるかもしれないし」
「わ、私は気にしないよ?」
「私が気にするから。そのせいで凪沙の告白が増えたりしたんだし、また危ない目にあったらどうするのさ。次は助けに行けないかも」
涼ちゃんとの噂が原因で告白が増えていたの?
「だから、今日で終わりにしよう?前みたいに戻るけど、別に友達を辞める訳じゃないから」
そう言って涼ちゃんはまた窓から外を眺めた。
頂上に到達して景色は1番いい場所のはずなのに、私は全く綺麗だという感情は出てこなかった。
自分の気持ちに気づいて、それを涼ちゃんに伝えようと思っていた私の心はポッキリと折れる。
静かに下降していく観覧車は重い空気と息苦しさに耐えられず、今すぐここから出て行きたかった。
ガチャと音がしたと思ったら扉が開いた。
いつの間にか1番下に着いたらしい。スタッフの人が中を覗き込んできた。
対面に座っていた涼ちゃんが立ち上がって扉に向かっていく。私も慌ててその後ろを追いかけた。
“段差に気をつけてください“とスタッフの人が注意をしてくれて、私はゆっくりとゴンドラから降りた。
乗る前だったら、涼ちゃんは手を差し出してくれていたんだろうけど、今は1人で先を行く涼ちゃんを追いかけないといけなかった。
冷たくなっている手を握りしめた。
先を歩く涼ちゃんの後ろについていくと、観覧車の出口の側で先に降りていたちさきちゃんと亜紀ちゃんが待っていてくれた。
「おっきたきた」
ちさきちゃんが片手を上げて出迎えて、亜紀ちゃんは私たちの様子を見て不思議そうにしている。
さっきまではずっと手を繋いでいた2人が手を繋がないでしかも、並んで歩きもしてないし会話もない。
「お待たせ」
「んじゃ、もう遅いし帰るか」
ちさきちゃんが遊園地の出口に向かって歩き出すが、隣にいた亜紀ちゃんは私のところに駆け寄ってきた。
「な、凪沙さん?」
「………」
「ん?亜紀?」
「ちさきと涼さんは先に行ってて……後から着いて行くから」
「………あまり遅れるなよー」
涼ちゃんは小さく“ごめん“と呟いてちさきちゃんの隣に並んで歩き出した。
先を歩く2人の背中を少し離れた位置から追うように歩いている。隣には亜紀ちゃんがいて心配そうにメガネ越しに私を見た。
「……フラれたんですか?」
首を横に振った。
「じゃあ、何なんですか?この空気……」
亜紀ちゃんは呆れたような表情をする。
私はさらに首を横に振った。私たちの関係を伝えていない亜紀ちゃんに今更どう説明したらいいのかわからない。
でも、一つ言えることは
「告白できなかった」
私は小さく呟いた。
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