落下から始まる恋愛家庭教師
WA龍海(ワダツミ)
天井崩落と少女の落下
―――拝啓、天国にいる私の両親へ。
お元気ですか、なんて亡くなった二人に言うのはおかしいでしょうか。
私は元気にやっています。
二人の遺してくれた財産のおかげで不自由はありませんし、満足した生活を送ることができています。
交友関係も良好で、それなりに楽しく過ごしています。
……ですが、私には1つ悩みがありました。
いえ、別に今の生活に不満があるわけではないのです。
強いて言えば、という程度のことであって危ないことがしてみたいとか、そういったことではないのですが……よくある小さな悩みというやつです。
そんな私のとても小さな悩みを払拭できそうな面白い出来事……いえ、出会いが最近ありましたので、お伝えしたいと思います。
まずは、そうですね―――
―――私の部屋が、美少女にぶち壊されました。
◆
「―――様、
「…………ん……」
……聞きなれた声がする。
目を擦りながら開けると、我が家の大きなテーブルが目の前にありました。
えっと、たしか……。
「課題を終えてからお眠りになられておられました」
そう、そうでした。
夕餉の後、そのまま食堂で宿題を片付けて……そこからの記憶が途切れています。
いつのまにか眠りこけてしまっていたようですね。
「ねえ
「五分ほどです」
壁にかけてある時計を確認すると、針は19時20分を少し過ぎた辺り。
ふあ、とあくびをするとお盆に乗った濡れタオルが差し出されました。
「こちらをお使いください」
「ありがとう」
顔を拭うと少しさっぱりしました。
うん、人肌程度に温めてくれてる。気持ちいい……。
……この人は
スタイルの良い美人な女性で、私の専属執事です。
表情が固いところがありますが、可愛らしい面も多い一番の親友でもあります。
「それよりもお嬢様、紅茶が……」
「あら、入れてくれたの?」
「いえ、ティーセットが爆発して紅茶が入れられなくなったので新しく買いに行く許可を頂こうと思いまして」
貴女、先日は廊下の彫刻を爆発させていなかったかしら。
相変わらず完璧な容姿とは裏腹に抜けている所があるのね。そういうところも嫌いではないけれど。
「分かったわ。では私は自室に戻っておきます」
「ありがとうございます。……お一人にしてしまいますが、くれぐれもお気をつけください」
「もう、お留守番くらいできるわよ? 私、高校生になったんだから」
「それでも用心して頂きたいのです。貴女は今、
矢骨は念を押すように言ってから、丁寧に一礼して姿を消しました。
……まったく、心配性なんだから。
私の名前は
昨年両親が他界し、町はずれのちょっと大きな屋敷で二人暮らしをしている、ごく普通の女の子です。
矢骨の言う通り、今この家の当主は私ですが……肩書きだけといったところです。
そんな自己紹介はともかくとして、テーブルの上のノートや参考書をまとめて2階の自室に場所を移した私は、荷物を片付けてベッドの上へと寝転がりました。
はしたないとは分かっていますが、ゴロゴロと転がってベット脇の棚から漫画を1冊手に取ってそのまま読み始めます。
内容はよくある恋愛もの。
主人公の女の子が同じクラスの男の子を好きになる、王道的且つ普遍的な内容と言えるでしょう。
「恋、か」
恋。
そう、恋です。
この世に生を受けて15年と少しになりますが、私は未だに恋をした経験がありません。
特にそれで困ることはありませんが……興味は尽きません。
漫画だけでなく小説や映画等の創作物において、『恋』というのはするだけで心が踊るものだと聞き及んでいます。
もし本当にそのようなものなのであれば今よりさらに楽しい日常生活になるということ。
それってめちゃくちゃ面白いのでは?
……このような考え方でいるから、私はいつまで経っても恋愛感情が理解出来ないのかもしれませんね。
まあ、今の平穏な日常も悪くはありません。
高校生活も順風満帆ですし、矢骨との生活だって飽きません。
これからの人生は長いのだから、きっと色恋だって知る機会も増えていくことでしょう。
ただ、それでも――
「恋っていいなー……」
――カタン。
「ん?」
私の独り言に答えるように、天井から物音が聞こえました。
屋根の上に猫か鳥でもいるのでしょうか。
……それより少し喉が渇いてきました。
そういえば目を覚ましてから何も口に含んでいませんでしたね。
紅茶は……今は淹れられないから、部屋の冷蔵庫の中に何かあるかしら。
漫画を本棚に戻して、部屋に備え付けてある冷蔵庫を覗いてみると……学校帰りに間違えて買った炭酸飲料しかありません。
私は炭酸が苦手なのに、どうして買ったのかしら……。
仕方がないので、下の冷蔵庫を見に行くとしましょう。
そう決めて、冷蔵庫の扉を閉めた瞬間――
「わあああぁぁぁあああ!!」
―――ガッシャアァァンッッ!!
真後ろから、轟音が鳴り響きました。
「けほっ、けほっ……な、何?」
突然砂埃が立ち込めて、咳き込みながら振り向くと……なんと天井が崩れて星空が見えています。
……驚きです。
いや、この状況下で驚かない人間なんてそうそういないとは思いますが、驚きです。
我が家はそれなりに歴史がある建築ではあるので近々本格的にリフォームする予定ではありましたが……まさかこんなことになろうとは。
「うわー……」
半ば混乱する頭を落ち着けるために辺りを見回していると、思わず声が出ました。ベッドが瓦礫に埋もれてしまっていたのです。
あと1分長くあそこに転がっていたらと思うと……ゾッとしますね。
「間一髪ね……って、あら?」
またいつ崩落するとも限らないので、軽く貴重品をまとめてその場から離れようと思った矢先、ベッドの端に見慣れないものを発見しました。
……人の、足?
はて、マネキン等はこの部屋にはなかったはず。はたまたそんなリアル志向の人形も私は持っていません。
荷物を学校指定の鞄に詰め込む傍らで謎の足を凝視して頭を捻っていると、1つ思い出しました。
天井崩落の際、轟音と共に悲鳴のようなものが聞こえていた気がしたのです。
もしや、と思い恐る恐るその足に近づいて見ると……
綺麗な長い金髪を携えた女の子が瓦礫と共に私のベッドで横たわっていました。
……白目で。
うん。気絶してますね、これ。
「……どういうこと?」
何故こんなところに人が?
何故崩落と共に?
……疑問は尽きませんが、とにかくここは危険です。彼女も連れていくとしましょう。
突然の天井崩落に謎の少女。
片方だけでも疑問と困惑で手一杯なのですが……とりあえず考えるのは後回しにします。
色々と状況が飲み込めないまま、軽く貴重品をまとめてから謎の少女を抱えて部屋を後にしました。
ただ、混乱の一方で――
――この少女が私を変えてくれる糸口にならないかと、淡い期待を抱いていたのも事実でした。
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