バレンタインデーがやってきた

舞波風季 まいなみふうき

第1話

「ねぇねぇ、祐実ゆみ

 高校生になってそろそろ2年を迎える2月初旬の昼休み、梨絵りえが私の席にやってきて聞いた。

「なに?」

 読んでいたお気に入りのマンガ雑誌から顔を上げて梨絵を見ると、楽しいことを期待してうずうずしてるという顔で私を見ている。


「もうすぐさぁ、バレンタインデーだよねぇ〜」

 ニコニコというよりはニヤニヤといった感じの笑顔を浮かべながら梨絵が言った。


 梨絵に話しかけられた時点ですぐに何かを察した私は瞬時に『そういえばそんなイベントもあったねぇ別に大して気にもしてないけどぉ』的モードに脳内を切り替えた。


「ああ……うん、そうだねぇ」


(よし、なかなか上手く対応できたぞ)


「あれぇ、なんか冷めてるねぇ」

 予想と違う反応の私を梨絵はがっかりした表情でじっと見ている。

 すると、

「……もしかしたら……もう準備万端整えてたりしてぇ?」

 と、頭のキレる梨絵らしい鋭いツッコミを入れてきた。

「なんか最近、小谷おたに君は祐実の家に行くことが増えたみたいだしねぇ」


(やはりそうきたか!)


 小谷おたに翔太しょうた君、去年の6月にアメリカから同じクラスに転校してきた野球少年だ。

 野球部のエースで四番(チーム自体は弱小だけれど……)、クラスでも人気者だ。

 最近では他のクラスどころか他の学年の生徒(特に女子)にも人気があるらしい。


「まあ、表向きはお兄さんと野球の話をするためって話らしいけどぉ」


「ま……まあね……」

(むむぅ……少し押され気味に……)


「それと、祐実、最近お菓子作りに目醒めたんだって?」

「え……なんでそれを?」


(う……素の反応をしてしまった……!)


 そこに茉美まみが話に加わってきた。

「そうなの……祐実ちゃんが私にお菓子作りを教えてって聞いてくれて……」

 はにかんだように微笑んで茉美が言った。

 

(うおーー可愛いいーー!て……今はそれは置いといて……)


「ふふふ、私の捜査能力をなめてもらっちゃぁ困るぜぇ!」

 なぜかドヤ顔の梨絵。

「て、何キャラよ、それ」

 そう言いながら私は思わず吹き出してしまった。


「もう、祐実ったら最近は小谷君のことで頭がいっぱいで全然私のことかまってくれないしぃ」

 梨絵が私に抱きつきながら言った。

「別に……しょ……んなこと……そんなことはないけど……」


(やっばぁーーい!危うく『翔太しょうた君』って言いそうになったぁーー!)


「なに?しょんなことって」

 すかさず梨絵が笑いながらツッコミを入れてきたが、ことの真相には気づいていないようだ。


(危ない危ない……今では当然のように頭の中で『翔太君』って呼んじゃってるもんなぁ……)


「それに茉美ともお菓子作りと称してよろしくやってるみたいだしぃ」

 と口をとがらせたすね顔で言う梨絵。


(いやぁ、アイドル級美少女のすね顔は破壊力抜群だわぁ……てそれどころじゃない!)


「ちょっと……よろしくやってるとか言わないで……て、茉美……なんで顔を赤くしてるの!?」

 茉美はほのかに紅色になった両の頬に手をあてて、嬉し恥ずかし恋する乙女状態になっている。


「……祐実ちゃんとお菓子作りした時のことを思い出すと……もう……」


(いや、可愛いよ、茉美は。うん、間違いなく美少女だし性格もすっごく良い子だし……でもね……)


「なんか、ズルい!今度は私も混ぜてよぉーー!」

 梨絵が駄々っ子のように私にすがりつきながら言った。


「そ、そうだね。今度一緒にやろう!」

 頬ずりせんばかりに抱きついている梨絵をゆっくりと、そして穏やかに引き離しながら私は言った。


「ところでね、バレンタインデーのことなんだけど……」

 と梨絵が言ったところで昼休み終了の予鈴が鳴ってしまった。

「ああ……もう……」

 恨めしそうに壁のスピーカーに目をやる梨絵。

「じゃ、帰りにカフェに寄って続きを話そう」

 私が二人に言うと、

「「うん!」」

 と梨絵と茉美の元気な声が返ってきた。


 そしてその日の放課後、私と梨絵と茉美、それから隣のクラスの瑠夏るかも加わって、馴染みのカフェに行った。


「でね、バレンタインデーのことなんだけど……」

 カフェに入って四人がけの席につくと、早速梨絵が話し始めた。

「祐実が誰にチョコをあげるのかとかも気にはなるけど……まあそうは言ってもそこは小谷君で決まりだろうから」

 と、それについては疑問の余地なしという顔で梨絵は言った。


「ま、まあ……お……小谷君は友達だし……」

(平常心平常心……どうか赤くならないで、私の顔よ!)

 心を落ち着けようと必死になる私。


「でもね、それ以上に気になるのは……」


(他にもあるのかぁーい!)

 私は心の中でツッコミを入れた。


「祐実がなの」


「ふへっ……?」


 あまりにも予想外のことに私は花も恥じらう女子高生にふさわしくない、なんとも間の抜けた反応をしてしまった。


「いやいやいや、バレンタインデーでしょ?私も女子だよ?あげる側でしょ?」

 速攻で異を唱える私。


 まさか……みんな私を女子扱いしてないとかいう恐ろしい状況なの?

 もう半ばバレてるっぽいけど、翔太君に手作りチョコをあげようと色々考えているのに。


(私だって恋する乙女なのよーー!)

 私はそう叫びたい気持ちをグッとこらえた。


「実を言えば私も祐実に手作りチョコをあげようかなって思ってるの」

 と瑠花が心持ちうつむき加減かつ上目遣いで言った。


(うおっ!ツンデレ系超絶美少女瑠夏のはにかみ上目遣いとか反則だろーー!)


「も、もちろん友達としてよ」

 と、慌ててつけ加える瑠夏の頬はほんのりあかい。


(その紅いほっぺもやべぇーー!て……周りが美少女ばかりで、もしかしたら私……オヤジ化してる!?)

 そう考えると色んなことの辻褄が……。


(……て、合ってたまるかーーーー!)


 こぶしを握りしめながら頭をぶんぶん左右に振る私。


「どうしたの、祐実!?」

 梨絵がびっくりして聞いた。

「……大丈夫?」

「頭が痛いの?」

 茉美と瑠夏も心配そうに聞いてくれた。


「はっ……!ううん、なんでもない、大丈夫大丈夫〜ははは!」


(やばいやばい……)


 情報量が多すぎてただでさえショボい処理能力しかない私の脳細胞がパンクしてしまいそうだ。


「去年だって何人かいたじゃん、祐実にチョコをくれた女子が」

 そう梨絵に言われて思い返してみれば……。

「そうだったね……でもあの時はみんなで分け合って食べたよね……お友達チョコだからみんなで食べようって」

 思い出しながら私が言うと、


「もちろんだよ!そうなるように私が裏でおど……説得したんだから」

 何やら不穏な単語を言いそうになった梨絵だったけれど、私は気づかないふりをした。


「それに今は下級生がいるでしょ?祐実は1年生の女子にすごく人気があるの」

 と、梨絵の口からまたもや新事実(?)が……!


「な……なんで?私、1年生に何かした?」

 私が聞くと梨絵が。

「秋の大会以降、1年生の女子も野球部の練習を見に来る子が増えてるでしょ?」

「そうだね。最近は私たちが見学者の整理係みたいになってるし」

「そこよ、そこ!」

「え……どこ?」

「祐実は1年生女子にも一人ひとりにちゃんと声をかけてあげてるでしょ?」

「まあ、そうかな……」

「私や瑠夏はガヤガヤしてる1年生女子がいたら睨みつけるけど」

 梨絵が言うと、

「あなた達だって最初はガヤガヤしてたけどねぇ」

 瑠夏が冗談めかして言った。

「それはそれ」

 梨絵はそう言う瑠夏の言葉をしれっと流して続けた。


「つまりね、1年生女子からしたら祐実は、私や瑠夏みたいなおっかない先輩をまとめる優しい憧れの先輩なの」

 梨絵に続いて瑠夏も。

「そういう子の中には単なる憧れ以上の感情を抱く子もいる訳よ」

「……うん、そういう子の気持ち、よく分かるし……多いと思う」

 茉美が引き継ぐように言った。


(……うーーん……)


 基本的に女子は可愛いものが好きだ。

 梨絵も茉美も瑠夏も、女子である私が見てもすっごく可愛い。

 なので彼女たちがモテるというのなら理解できるのだけれど、可もなく不可もない平凡女子の私がそんなにモテるなんてことは理解できないというのが私の正直な気持ちだ。


「まあ、1年生とも仲良くできるなら良いことじゃないかな」

 と、とりあえずは当たり障りのないことを言っておくことにした私だった……が。


「「「ダメ!」」」

 と梨絵、茉美、瑠夏の3人に同時にビシッと言われてしまった。


「ええーー?な、なんで?」

 3人の予想以上の強い否定に、私はますます理由わけが分からなくなってしまった。


「祐実が他の子達に囲まれてチヤホヤされてるのは見たくないの!」

 梨絵が強い調子で言うと、

「「ウンウン!」」 

 と茉美と瑠夏が大きく頷いた。


「そうなんだ……」

 正直なところ3人の反応には結構驚いた……驚いたけど……。


(やっぱ嬉しいな……)

 そう思うと自然と顔がほころんでくるのが自分でもわかった。


「ありがとう……嬉しい」

 私がそう言うと、美少女三人娘は光り輝く笑顔を返してくれた。


(もう、この3人可愛いすぎ!アイドルデビューできるんじゃない?)


「でね、私にちょっとした考えがあるんだ……」

 梨絵が秘密めかしたように言った。


 こうして私たちのバレンタインデー大作戦が始まった。

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