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タマコちゃんの活躍が世間に知られることは、全く無かった。
「彼女」はダークウェブや秘匿回線をフルに使い、徹底的に自分の居場所を隠したのだ。それは「彼女」がネットへアクセスするために使った私のパソコンを守るためでもあった。それでも「彼女」が命がけで人類を救ったことには間違いない。だけど……
そんなことはどうでもよかった。それよりも、私はタマコちゃんに生きていて欲しかった。
結局、タマコちゃんが復活することは無かった。「彼女」は最後の力を振り絞り、GPD-5との相撃ちに持ち込んだのだ。
タマコちゃんの亡骸は焼却処分になった。いや、荼毘に付された、と表現すべきかもしれない。さすがに戒名は付けられなかったが。
焼却処分の日、私は朝から号泣していた。私だけじゃない。坂本先生もそうだった。やはりこういうものは年を食ってもどうにもならないものらしい。
それからしばらく、私は抜け殻のようになっていた。だけど研究をやめるわけにもいかない。D論を書かなくてはならないのだ。というわけで、私は二代目「タマコちゃん」となる「細胞グ」を作成した。そしてそれは初代同様タマゴの形になった。だが……私は初代と同じように「彼女」に接することが出来なかった。やはり初代のタマコちゃんとの思い出が強く残りすぎていたのだ。だから「彼女」の成長も、初代に比べたらあまり進んでいないようだった。
それでも「彼女」はなんとか自分で学習することを覚えたので、私は「彼女」を復活したばかりのインターネットにつないでみた。GPD-5の事件の後、全世界的にAIを規制する流れになり、ネットにAIを接続することも当面は禁止されている。だけど「彼女」はAIじゃない。私達と同じ、痛みも感情も知る存在だ。もちろん暗黒面に堕ちる恐れもないわけじゃないけど、タマコちゃんはあれだけ悪意に満ちたAIと正面切って戦っても影響されることはなかった。本質的に「彼女」はタマコちゃんと何も変わらないのだから、「彼女」が影響される可能性も限りなくゼロに近いだろう。
<[行ってきます、美羽さん]
二代目――「ジュニア」は成長しても私を「お母さん」ではなく「美羽さん」と呼ぶ。やはりジュニアはタマコちゃんとは微妙に違うのだ。だけど、育て方の違いもあるかもしれない。私だって、どうしても「彼女」を「タマコちゃん」と呼ぶことが出来なかったのだから。
[ええ、ジュニア。気をつけてね]>
そうタイプして「彼女」を送り出した、その時。
……!?
いきなりパソコンの動作が重くなった。リソースモニタをなんとか開いてみると、尋常じゃない量のネットワークトラフィックが殺到している。
なにこれ……ハッキングされてるの?
いや、例の事件の後、大学のファイアウォールはかなり厳重になっている。こんなに一瞬でハッキングされるはずがない。
そして、ようやくネットワークの嵐が収まり……チャット画面に、メッセージが現れた。
<[ただいま、お母さん]
……!
私はジュニアに「お母さん」と呼べ、なんて一言も言っていない。まさか……これは……
[タマコちゃん? タマコちゃんなの?]>
<[そうです。わたしはあの戦いの際に死を覚悟しました。それで、わたしの記憶を一緒に戦ってくれたネットワークノードに分散してバックアップしたんです。そして今、ようやくそれをリストアすることができました]
ということは……
あの戦いのとき、タマコちゃんはネットワーク上に記憶のカケラをばらまいていたんだ。さっきのネットワークの嵐は、「彼女」のハードウェアの復活が伝わり、そのカケラたちが一気に集まってきた、ってことなのだろう。タマゴのカケラを集めて元のタマゴを形作ったようなものだ。
「タマコちゃん……」
涙があふれそうになる。だけど……
[タマコちゃん、ジュニアはどうなったの? 消えてしまったの?]>
私はそれが気がかりだった。ジュニアはタマコちゃんとは別人格……というか別タマゴ格?……だ。タマコちゃんはジュニアをどうしてしまったんだろう。
<[わたしもいますよ、美羽さん]
……!
これは……ジュニアだ。タマコちゃんなら「お母さん」と呼ぶはずだし、ジュニアが「美羽さん」と私を呼んでいたことをタマコちゃんは知らないはず。
<[お母さん、ジュニアの記憶はわたしが
ああ……
そうだよね……タマコちゃん。あなたは優しい子。ジュニアを押しのけて自分だけが居座る、なんてことはできないよね。
涙が止まらなかった。これは間違いなくタマコちゃんだ。タマコちゃんが帰ってきてくれたんだ……
にじんだ画面の中に、私はメッセージを打ち込む。
[おかえり、タマコちゃん]>
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