ニューラルタマゴの「タマコ」
Phantom Cat
1
「ああ、
院生室。私の指導教官、
「本当ですか!」
まさに、小躍りする、という表現にふさわしい気持ちだった。修論(修士論文)をベースにさらに研究を発展させて書いた論文。
とりあえず、これで博士号取得への道筋の三分の一はクリアされた。もう一本ファーストで
だけど、そうなっても研究者としてはまだカラを被ったヒヨコに過ぎない。一人前の研究者になるにはさらに時間がかかる。それでも私は後悔していない。そういう人生を、私は選んだのだから。
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私はD2――
私の所属は大学院自然科学研究科の生命工学専攻。学部時代は理学部の生物学科で生命の起源について学んでいた。タマゴが先かニワトリが先か、みたいなことだ。しかし私の興味はだんだん
地球の生命の起源にはいろいろな説があるものの、何が正しいかはまだ良くわかっていない。合成生物学は、かなり大雑把に言えば「とりあえず人間の手で生命を作ってしまえば生命の起源についてもなんか分かんじゃね?」という斜め上からのスタンスの、比較的新しい学問分野だ。
とは言え、人類は未だかつて非生命の材料から生命を創造できていない。ただ、合成生物学の一大成果と言われる、2016年に発表されたVenterらのミニマルセルJCVI-syn3.0は、かなりそれに近いものと言える。
だから、合成生物学の研究室に進めば、私の究極のテーマである生命の起源についても何かしら得るものがあるのではないか。そう考えた私は、
そして、今の私の研究テーマは……EGG。タマゴのことではない。Electronically Generated Genome――電子的に生成された
遺伝子ってのは、要するに遺伝情報が記録されたメディアだ。普通の生命ではその役割をDNAが担っている。だけど、DNAみたいな高分子を材料から組み立てるのは難しい。必要最小限のゲノムを持つと言われるミニマルセルだって、やっとの事で作られたのだ。
そこで私は有機半導体に目をつけた。半導体なら記憶素子としてのノウハウが長年に渡り蓄積されている。私はまず、今やデジタル記録メディアの主流となっているフラッシュメモリの動作を有機半導体で実現できないか検討してみた。
フラッシュメモリはフローティングゲートと呼ばれる溜池的な部分に電子が溜まっているか溜まっていないかという2つの状態で0と1を記憶している。これを有機半導体で実現できれば、もちろん遺伝情報も記憶できる。しかもアデニン、グアニン、シトシン、チミンのような巨大な塩基分子じゃなく、遥かに小さい電子で済むので集積度も上げられる。よって、普通の生物の細胞よりもサイズを小さくできるはずだ。
さらに言えば、EGGは基本的にデジタルなので、遺伝情報をこちらで自由にプログラミングできるのだ。DNAで自由自在に組み換えをしようと思ったら非常に大変だが、EGGなら一台のパソコンであっという間にできる。
しかし、問題となるのはエネルギーだ。高校の生物でも習う通り、普通の生物の細胞はATP(アデノシン三リン酸)をエネルギー源としている。だけどEGGは電気的に動作をするため、それなりの電気エネルギーが必要になる。さらに、生物学の
とりあえず私は、複雑な分化はしなくても細胞分裂だけはできる、くらいにまで簡略化することにした。これでなんとかEGGから人工細胞ができるはず。いや、電気で動くのだからどちらかというと細胞のサイボーグ――「細胞グ」かもしれない。ちなみにこの「細胞グ」というネーミングはもちろん私でなく坂本先生によるものだ。教授と言えど、その辺りのセンスはやはりオヤジである。
というわけで本日私は、三日前に培養液に浸した一個の「細胞グ」が分裂を重ねた結果、果たしてどんな形になっただろうか、とワクワクしながら研究室にやってきて……思わず変な声を上げてしまった。
「ファッ!?」
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