Day010 彼の友人たち

「ナナセ」

 名前を呼ぶ声と共に強く腕を引かれて、厚い胸板に顔を押しつけられた。確かに長い旅の仲間なのだから無闇に遠慮はしないでほしいとは言った。だが、それにしても出会って間もないにも関わらず、たとえ同性同士であっても距離感が近すぎやしないか。

 離れようと二人の間に滑り込ませた手で彼の胸を押すが、そこは流石に歴戦の船頭だ。魔術と航海術を併せて遣っているとはいえ、しなやかな筋肉質な体はびくともしない。

 諦めて大人しくしていると、私の正面、つまり彼の背後をバタバタと忙しない足音と怒号が通り過ぎていき、程なくして後頭部を抑えていた手が離れていく。

「……どういうことか説明を」

 見上げれば申し訳なさそうでいて清々しさも感じる笑顔が浮かんでいた。この船頭、腕は良いものの異様に顔が広いようで寄る港ごとに友人がいるらしい。大体は良い方向へ作用するものの、さっきのような熱烈な方も稀にいらっしゃる──否、そこそこの頻度と改めよう。

「悪かったって。昔の知り合いに会ってさ」

「……せめてこの旅では、出会い頭に追いかけられるようなご友人が増えないことを願います」

「それは約束出来ないな」

「へえ?」

「……努力します、依頼人殿」

 そう言って流れるような動作で深々とお辞儀をした船頭は、私の手を取って小さな包みを握らせた。何かは分かっているが、念のため手を開いて見ると淡い色の飴玉の包みが入っていた。

 まるで少女の機嫌を取るように、手の中に一口大の甘味を持たせる術が私には滅法効くことをここ最近覚えたらしい。悔しいが故郷にはなかった飴玉はひどく魅力的で、多少のことなら目を瞑ってもいいかという気にさせてしまう。まるで魔法のように。

「さて、あいつらが戻ってくる前に裏から船に戻るか」

「……仕方ないですね。なら、途中で三丁目に寄ってください。美味しい甘味堂があると聞きました」

「ほんと、好きだな……まあ、いいさ」

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