第19話 見目麗しき旦那様
静かに入ってきたアレンさんを見て、旦那様は泣きそうな顔をされました。
右手にはクラバットを、左手には手紙の束を握っておられます。
ドアは開いたままで、次々に皆さんが入室されました。
後は私だけですが、出ようかどうしようかまだ迷っています。
だって今更出にくいんだもん!
「ああ、みんな聞いていたんだね。君たちの主人がこんなに情けない奴で申し訳ない」
旦那様が深々と頭を下げられました。
全員が口を開かず、小さく首を横に振っています。
その様子を見た旦那様が驚いた顔で仰いました。
「お前たち……」
その声にアレンさんが口を開きます。
「ふたつ確認させてください」
「何でも聞いてくれ」
「このまま諦めるおつもりですか?」
「絶対に嫌だ」
「奥様とは離婚を?」
「絶対に絶対に絶対に嫌だ」
アレンさんは旦那様に近寄りギュッと抱きしめました。
旦那様は抱きしめられたまま、何度も何度も頷いておられます。
アレンさんも旦那様の背中をなでながら、何度も何度も頷きました。
男達の熱い抱擁……眼福ここに極まれり!
「今の状況は絶対に普通じゃない。国が滅びますよ」
「ああ、私もそう思う。あのくそ女を何とかしなくては。諦めてしまっていたんだな、私は。味方は一人もいないって思ってた。一緒に戦ってくれるかい?」
「命を懸けて」
みんなも力強く頷きます。
主従関係を超えた友情! まさに戦友というところでしょうか。
う~ん、仲間に入りたい!
あれ? なぜランドルさんまで、立ち上がって頷いているのでしょうか。
感極まった表情をしていますが?
謎です。
「出てきませんか?」
アレンさんが何もない壁に向かって言いました。
私が考えた『消えた新妻と夫の正体!カギを握る新米メイド』作戦は失敗確定です。
旦那様が不思議そうな顔で壁を見ています。
私は急いで隣室から応接室に向かいました。
少しだけ勇気が必要でしたが、服装をチェックして深呼吸をしました。
ん? なぜ胸元にマフィンのカスがこんなに付いているのでしょう?
ぱたぱたとそれをはたいて私はドアをノックしました。
旦那様はものすごく驚いた顔をなさっています。
まだどこかに食べカスが?
ドアの前でもじもじしていると、旦那様が近寄って来られました。
「君が、ルシア?」
「は……いいえ、旦那様。私はメイドのルーアです?」
ちょっと意地を張ってしまいました。
皆さんの目が生ぬるいです。
「えっ! ああ、君はルーアという名前の新しいメイド? ってことだね? でも会えて嬉しいよ。出てきてくれてありがとう」
旦那様はそう言うと私を強く抱きしめました。
なぜでしょうか、私は声を上げて泣いてしまいました。
旦那様は泣き止むまでずっと抱きしめてくれています。
旦那様は良い匂いです。
「なんと詫びれば良いのだろうか。ホントにごめん。辛かったね。ごめんね」
そう言うと旦那様は腕をほどき、ゆっくりと跪かれました。
私の手を取り顔を見上げておられます。
ズキューン!
私の心臓が打ち抜かれた音が確かに聞こえました。
このお顔だけで百回は死ねます。
「旦那様?」
「どうかルイスと」
「ルイス様」
「ルシアって呼んでもいいかい?」
「ル……ルーアです」
「ではルーアと呼ぼうね。君は素敵な女性だと皆が教えてくれた。君が妻で嬉しいよ」
「でも無作為だと……」
「ごめん。忘れて?」
「私でよろしいのですか? あっ! 私はルーアですが」
「君じゃないとダメだ。それにその設定もう良くない?」
「うっ、私は何の後ろ盾も無くて実家も貧乏だし、弟しかいませんし」
「何の問題もない」
「美人じゃないし」
「君はとても可愛い」
「初対面ですよ?」
「初対面って気がしない。これだけ皆に愛されている君は素晴らしい人だって確信できる。それにやっと会えたんだ。いまからゆっくりお互いを理解すればいい。だから今の私は問題だらけだけど、どうか私を選んではくれないだろうか」
旦那様が私の手にキスをしました!
ズキューン! ズキューン!!
心臓が……今ちょっと止まりました。
「改めて私と結婚してください」
「はい! 喜んで!」
思わず大衆酒場のスタッフのような返事をした私はチョロい女です。
そんな私たちに皆さんが拍手をしてくださいます。
旦那様は私の手を握ったまま、皆さんに向かってお辞儀をされました。
所作も美しいです。
私も慌ててカーテシーをしましたが、拙いです……恥ずかしい。
「百万の味方を得た気分だ!」
旦那様はとにかく美しいです。
もうそれしか言葉が浮かびません。
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