第12話 ちょっとしたお遊びですよ

 全員が私の顔を心配そうに覗き込んでいます。

 アレンさんが代表して口を開きました。


「何を思いついちゃったのでしょうか?」


「ちょっとしたお遊びですよ」


「「「「「お遊び?」」」」」


「ええ、何が原因かはわかりませんが、旦那様はご自分が独身だと思われていたのですよね? だとしたら私がお送りしたお手紙ってどうなっていたと思いますか? ここまで徹底して無視をするってなかなかに労力が必要です。だからおそらく」


「「「「「おそらく?」」」」」


「旦那様のお手には渡っていないのでしょう。では誰が? 何のために? どうやって? って思いませんか?」


「「「「「思います」」」」」


「まずその犯人を探しましょう。ジュリアンに協力させます」


「「「「「ジュリアン様に」」」」」


「ええ、幸いにも弟は王宮の文官として出仕していますから、彼に旦那様への手紙を直接届けさせます。そうですね、秘書の方ってランドル様でしたっけ? その方に直接」


「「「「「それから?」」」」」


「ランドル様がその手紙をどうするかを見届けてもらいましょう。のぞき見なんてさせちゃったりして」


「「「「「のぞき見」」」」」


 皆さんの息がぴったりです!


「私はランドルさんが怪しいと睨んでいます。でも彼が主犯ではないでしょう。だって何もメリットはありませんからね。では真犯人は誰なのか」


「「「「「誰ですか?」」」」」


「わからないから調べるのです」


「「「「「なるほど」」」」」


 私は早速手紙を準備して、ジュリアンに届けて貰いました。

 当日の夕方、まだ早い時間にジュリアンがやってきました。

 客間に全員が集合して昨夜からの出来事を話します。

 ジュリアンは顔色を青くしたり赤くしたり。

 図鑑でしか見たことはありませんが、南国に生息する目がぎょろっとして、変な歩き方をする爬虫類っぽくて可愛いです。


「姉さん、そんなことする必要もないだろう?俺と一緒に帰ろう。もし援助金を返せというなら俺が一生かかっても払うから。姉さんが幸せになってくれないと俺は……」


「あらジュリアン? 私はかなり幸せよ?」


「不貞をされてもか?」


「う~ん、そこは顔を覚えていないだけに腹も立たないって感じかな? それにここの皆さんも義両親様も信じられないくらい良い人たちだし」


「うん。それは認める。そこは本当に、ありがとうございます」


 いきなりジュリアンが立ち上がって皆さんに頭を下げました。

 慌てて皆さんもお辞儀をしています。

 不思議な光景です。


「なんかさぁ、姉さん。お遊びってさぁ……ちゃんと考えた?」


「もちろんよ?」


「はぁぁぁ」


「だからジュリアン、協力しなさい」


「やっぱそうなる?」


「頼りにしてるわよ」


 そう言って私は旦那様宛に書いた意味のない手紙を弟に押し付けました。

 苦い顔をしながら作戦を聞いていた弟でしたが、最後には笑っていました。


「ふふふ……なんか面白そう」


「でしょ?」


「乗った」


「さすが我が愛する弟だわ!」


 弟は明日すぐに動くと約束して帰りました。

 私の作戦というのは実に単純です。


 第一に旦那様は私の顔を知りません。

 私の顔を知っているのは旦那様の秘書だけですから。

 要するに私は別人に成りすますことができるのです。

 最初はいっそ死んだことにしましょうかって申しましたが、皆さんが反対するので諦めました。

 だったら失踪ってどうですか? ってリリさんが言うので乗っかることにしました。

 失踪の理由は『劇場で目撃したことがショックすぎて』というのが効果的だそうです。

 別にそれほどショックではありませんと申しましたが、嘘も方便とのことでした。


 なぜそんなことをするのか?

 それは旦那様の本心を知るためです。

 認識していなかったとはいえ、妻を傷つけたという意識はお持ちのようですから、きっと私を目の前にすると、いろいろ隠し事をされるはずです。

 私は旦那様の本心を確認したうえで、自らの進退を決めたいのです。


 もしも一生日陰の身でも構わないから、女王様の側で生きたいと仰るなら、それはそれで良しです。

 でも何らかの理由で不本意ながら今の状況におられるとしたら、どうにかして救って差し上げたいとも思うのです。

 そう言うと皆さんが何度も頷いて、全員が順番に私を抱きしめてくださいました。


 恐らく旦那様の性格的に、まず『失踪した妻』の人となりを知ろうとするはずだとアレンさんは言います。

 私は会ったことも話したことも無いのでさっぱりわかりません。

 わからないことには口も手も出さない主義ですので、ここはお任せです。

 アレンさんが続けます。


「きっとあの野郎は我々に個別面談を求めてくるだろう。だから奥様のイメージに一貫性を持たせて信憑性を高める必要がある。そこで相談だ。奥様のイメージをどうする? 我々の知る今の奥様そのままか、ここに来られた時のように猫を被った奥様か」


 あらあら、最初から猫はバレていたのですね?

 何匹被っていたかもバレているのかしら?

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