第10話 まさかの出来事

 演劇場に到着すると予想以上の混み具合でした。

 ものすごく豪華な馬車が正面に陣取っているせいかもしれません。


「どうも王宮の方が見えているようですね」


 アレンさんが馬車を見てそう言いました。

 私たちはジュリアンが用意してくれたチケットを係員に渡しました。

 可愛いメイド服を着た若い女性が席まで案内してくれます。


 ジュリアンの用意してくれた席は二階の右側面にあり、なかなか広くて快適です。

 アレンさんがちょっとした軽食とワインを注文してくれました。

 さっそく運ばれてきたサンドイッチに手を伸ばそうとしていたら、会場の皆さんが拍手をしながら立ち上がりました。

 何が起こっているのかわかりませんが、私も真似して立ち上がりました。

 すると舞台正面のロイヤルボックスにきらびやかな衣装を纏った方々が入場されました。


 ここまで皆さんが歓迎するということは、きっと女王様だわと思っていたら案の定です。

 王女殿下から女王陛下になられた今も、学生時代と変わらない美しいままのお姿に見惚れてしまいます。

 しかも王配もご一緒ではないですか!

 そうです。

 私は自分の旦那様の顔は遠い昔にちらっとお見かけしただけですが、お二人のご成婚パレードには行きましたので、ご尊顔は良く存じております。

 ええ、自分の旦那様よりも。


 お二人は仲良く腕を組んでご入室になりました。

 その後ろを若くて美しい女性の手をとった、これまた美しい男性が続きます。

 女王様が席につかれ、少し離れた横の席に王配が座られました。

 ロイヤルボックスって二人掛けの席が横並びになっているのですね。

 でも別々の席に座られるって何か不自然ですよね?


 会場が暗くなり、演目が始まりました。

 もう皆さんの目は舞台に向いていますから、誰もロイヤルボックスを振り返りません。

 私も舞台にくぎ付けとなり、笑ったり泣いたり忙しくしておりました。

 ふっとスポットライトが舞台から流れ、正面のロイヤルボックスを一瞬だけ照らしました。

 私は見るともなくその光の筋を追いました。


 一瞬見えただけですが、なぜか目が離せませんでした。

 女王様が王配ではなく、後ろにいた驚くほど美しい男性の首に手を巻きつけて、その頬にキスをしています。

 そして王配も先ほどの若くて美しい女性を抱き寄せ耳元で何かを囁いているような?

 これって不倫ですよね?

 しかも同じ空間で?

 これが小説で読んだダブル不倫?

 あれ? ちょっと違うか?


 なんだか気になって舞台どころではありません。

 ロイヤルボックスに照明が流れるたびに見てしまいます。

 今度は女王様が美しい男性にしなだれかかりながら何かを手ずから食べさせています。

 半分齧られた残りを自分の口に運びました!

 信じられません!

 その横の王配は……なんと!女性の胸を揉みしだいているではありませんか!

 もう間違いなく不倫です! 不貞行為です! しかも夫婦が! 同じ空間で! 別々に!


 あまりにも破廉恥な行為に驚いて固まっている私を、大きな拍手が現実に引き戻してくれました。

 オペラが終わったようです。

 千秋楽の最後の舞台ということで、俳優さんたちが全員並んで挨拶をしています。

 会場の照明は明るさを取り戻し、観客の顔も見分けることができました。


 今度は俳優さんたちが揃って深いお辞儀をして拍手を始めました。

 ロイヤルボックスに向けたものでしょう。

 観客も振り返ってロイヤルボックスに向かって拍手をしました。

 私は恐る恐る視線を向けました。


 すると先ほどまでの行為がまるで幻だったように、王配に腰を抱かれた女王様が満面の笑みで手を振られました。

 その後ろでは美しい男女が静かに控えておられます。

 やっぱり見間違いだったのかしら。

 そんなことを考えていたら、ずっとロイヤルボックスを凝視していたアレンさんが急に指笛を吹きました。

 それはそれは澄んだ音色で、拍手の中でも響き渡るほどです。

 ロイヤルボックスの4人の視線が一瞬こちらに向きました。


 女王様達はすぐに目線を正面に戻しましたが、あの美しい男性だけはじっとこちらを見ています。

 あら、惚れられたかしら? などとバカな幻想で遊びながらアレンさんの顔を見ると、ものすごく赤い顔をして眉間に皺を寄せていました。

 お腹が痛いのでしょうか?

 これはかなり限界まで来ている様子です。

 私は慌ててアレンさんの袖を引きました。


「帰りましょう」


「ええ、すぐに帰りましょう。胸糞が悪い」


 アレンさんは私の手を引いて足早に出ていきます。

 私は少し焦りました。

 これ以上足を早められるとたぶん私は転んでしまいます。

 それほど具合が悪いのかしらと思っていたら、後ろからアレンさんを呼ぶ声がしました。


「アレン! ちょっと待ってくれ! アレン!」


 絶対に聞こえているはずですがアレンさんは振り返りません。

 私の手をぎゅっと握って走るように馬車に向かいます。

 私はコケないことで精一杯で振り返る余裕もありません。

 私を馬車に押し込むと、アレンさんはノベックさんに何かを言って馬車を出させました。


「あれ? アレンさんは?」


 私は御者台のノベックさんに聞きましたが「早く帰りましょう」と言うばかり。

 もしかしたらお腹の痛みが酷くて、会場に戻って個室に行かれたのかしら? と思った私は、それ以上追求しませんでした。

 だって腹痛って我慢できても第2波までですよね?

 第3波が来る前に座るところに座っておかないと、悲惨な運命が待っていますもの。


 帰宅するとリリさんとマリーさんに感想を聞かれましたが、途中から演劇どころではなかった私は、ロイヤルボックスで見たことをそのまま話しました。


「王族って究極の政略結婚ですものねぇ、そんなものかもしれませんよ?」


「そうなの?」


「お互いに恋人を持って当たり前って世界だと聞きますよ? きっとその美男美女っていうのが愛人でしょうね」


「ええ、だってサンドイッチを食べさせて、齧った残りを自分で食べたのよ? 絶対そういう関係じゃないとできないわよね? 王配なんてあからさまにおっぱい揉んでたし」


「奥様、良いもの見ましたね」


「良いものかしら」


「だって女王様もそれなりに美しいじゃないですか。美男美女のむつみ合う姿なんて、なかなかお目に掛れませんよ?」


「そう言ってしまえばそうだけど。私は嫌かな」


 そんな話をしていたらアレンさんが帰ってこられました。

 まだ少し顔色は悪いようですが、こじゃれた衣装は無事なようです。


「奥様はお疲れでしょうから、お湯あみをなさってすぐにお休みください」


「は……はい」


 有無も言わさぬ迫力で、私は寝室に運ばれて行きました。

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