2
「―――おしまい」
話終えたフィオネが、アルフレッドを見ると、頭を立てた足の間に入れていて、そのまま口を開いた。
「……付け足すなら、その女神の加護を得た花のある地は、ブルツリークと呼ばれ聖地扱いを受けている……嗚呼、懐かしい……フィオネ。ありがとう」
ほう、と本当に嬉しそうにアルフレッドはそう告げた。
彼の声は微かに震えていて、まるで泣くのを我慢しているようにフィオネには思えた。
「悲しい話よね」
彼が涙を我慢しているのは、この物語に感動したからと思ったセフィルは、優しくアルフレッドに語り掛けたが、返ってきた言葉はまったく違うものであった。
「……嗚呼、まぁな。だが、男も愚かだな……」
下げていた頭を上げ、少し物語の男、英雄ブルツリークをあざ笑うように呟いてみせた。
人というのは、己と異なる者に対し、畏怖の念を抱き、拒絶してしまう。だが、一方で拒絶しながらもそれに惹かれ縋り付いてしまうものである。
英雄と呼ばれた彼もまた同じである。人である以上逆らえない何かがあり、己が穢れていることを知りながらも、それに手を伸ばしてしまう。
批判的とも言えるアルフレッドの言葉に、セフィルは首を傾げてみせた。
「え?」
「天女だと思ったなら、身を引けばよかっただろうに……そうすれば死ぬこともなかったのにな……」
そう、女神からの寵愛に甘んじておけば破滅することも、死ぬこともなかった。だが、それは難しいだろう。頭で理解していても、求めることはやめられない。
手に入れることが困難であれば困難なほど、人はそれを渇望する。
欲に囚われない人間などこの世にはいない。どれだけ綺麗な言葉を並べても、どれだけ綺麗に見えていても人間は欲を切り捨てることは適わない。
理想を口にしながらも、それを叶えさせるためにはどんな犠牲も厭わない。それが平和だと口にする国王と、他国の侵略することだけを考える国王とでは一体どちらが真の悪かは、誰にも理解などできない。
欲望は、人間の生きていく過程ではなくてはならない生きがいのようで、それを上手に使うか、それに使われ、振り回されてしまうかは、誰の知るところではない。
アルフレッドの言葉にフィオネは、小さく頷いてみせるものの、「でも……」と口を開き、続けて言葉を発した。
「こんな情熱的な恋……憧れるわ」
フィオネは、青色の瞳に熱を込めたようにうっとりしたように呟くが、アルフレッドはふるりと頭を振り、息を吐くように話す。
「まぁ、俺には縁のない話だがな」
「なんで?」
「なんでって、俺は罪人だぞ? そんな罪人が恋だの愛だの……お角違いじゃないか?」
「そうかしら?」
「そうなんだよ。っと、かなり時間食っちまったが大丈夫か?」
「あっ……い、いけない! 歌のレッスン忘れてたわ! じゃあね! レリ!」
「ああ、また、な。フィオネ」
パタパタと慌ただしく去っていく、フィオネの後ろ姿を黙ってみていた。
(懐かしいな……《ユリアーナの花》か……)
アルフレッドは過去に一度だけ、幼い王女に読み聞かせをしたことがあった。
可愛らしい姫君で、金色の髪に青色の瞳を持つ、笑顔がよく似合う女の子。
(あれから何年だ? 確か、俺があの戦争に行く一年か二年前の……挨拶に連れられて行った時だから……十年ぐらいか? なら、もう美しいご令嬢になっているんだろうな)
目が見えなくなってから、新しいものが得られなくなり、瞼に残るのは過去の記憶だけで、残念だと思うものの、どちらにしろこの場からは一生出られないのだから、盲目でも関係ないか、と想い直した。
そして、頭の上に乗せられた花の冠を両の手で掴み、膝に乗せる。
花の香りに思わず笑みが浮かび、恐る恐る花びらを撫でた。
花独特の柔らかさに、思わずアルフレッドは笑みを浮かべる。
(嗚呼、花に触れるのも何年ぶりだ?)
そういえば、とふと幼い王女様も自分に花の冠を作ってくれたな、と思い出してしまう。
食事係りに見つかるのは、賢明ではないと考え、花の冠を外から見えない位置、自分で隠れる場所へと置いた。
穢れなき百合に口付けを 透 @whiterabbit135
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