ふるふるてるてるほどほど~その夜・二~

「てんとまひろの仲は良好なようだね」


 自ら点けた小さな蝋燭の灯りに照らされた微笑みは、孫とその友人の関係を喜んでいるようにしか見えない。


「温室までの道のりで、互いに愛の告白をしていたぞ」


「ほう、それは喜ばしい」


 笑みを深め両の手を組むこいつ。

 とうに知っているだろうにわざとらしいこと。何せお前の影が其処らに潜んでいるのだからな。

 これ以上の相手は面倒と、掛け布団を捲り足から勢い良く滑り込む。

 ここ半年は互いに忙しく、就寝時はどちらかが既に寝ていたので話すのは久方振りだが、今日は色々と疲れた。主にてんの奇声に。

 あの奇声が夢に出ないことを全力で願いつつ、心穏やかに休みたいのだ。


「かずら」


 名を呼ばれたと同時に髪に鼻を埋めてくる。唇がこめかみに触れた。

 おいお前、私より柔らかくないか?唇。何故だ。さららに言われ、毎日朝昼晩欠かさずさらら特製の保湿剤を塗っているのに。


「かずら」


 まったく、一族の長がなんという声で呼ぶんだか。

 こういう時、我らがパートナーなのだということを強く実感する。


「てん達の相手はするのに。私とはしてくれないのかい?」


「てんと比べてどうする。お前は幼子か」


「いや、違うよ」


 くすくすっ。と微かな笑い声の後に続いた言葉に固まった。


「君の恋人さ。愛しい人、僕の唯一」


 だあぁ、よく言えるな。久方振り過ぎてむず痒いわ。半年前の我はこんな戯れ言を聞き流していたのか?どうやってしていたのだ?あぁ、痒い。

 僕、というこいつにもここでしか出会えないが、先程までの話はもう終わったのか。


「いいや、君を想えば自然と出てくるものさ。それに今からは休みの時間にした。僕でいい」


「思考を読むな」


「ふふふっ」


 あ、今の笑い方、今日何処かで聞いたぞ。誰だ?そうか、あの子の。


「たまたまさ。僕や私の隠し子でないよ。あの子の親は僕でも私でも分からない」


 知っとるわ! と言いそうになるのを止める。

 たぶん、こいつはわざとまひろの笑いを真似たのだ。隠し子でないとわざわざ言いたかったらしい。

 そんなこと当に知っている。健康診断で血液検査を受けさせただろうが。お前は自分の血液型も忘れたのか。


「当たり前だ、ど阿保。思考を読むな」


「僕と居て他事を考える君が悪い」


「それくらい考えさせろ」


「嫌だ」


 口を曲げて拗ねるな。……ちょっとかわいらしいなんて思ってしまっただろうが。

 悔しさに、ツンと顎を上げてみせる。


「ふん。お前は考えるというのにか」


「君の事だから問題ないさ。僕と私が考える事の全て前後は君に至るのだから」


「は」


「君が居なければ僕は私でない。そして僕でもない。君は僕や私の全てだ。例え、この先で何があろうと」


 この先に何かがあると、そんなに掠れた声で、お前は言うのか。


「お前はいったい」


「かずら」


 遮られて腹が立ったが、腰の括れに添いながら両腕を回され言葉を発する機会を失う。


「かずら、僕と居て」


「……この状態で何処へ行けと言うんだ阿呆」


「ふふふ、かずらの香りがする。ふふふふふふふふふふふふ」


「……」


 こいつはもう知らん。よし、寝よう。何があっても寝よう。そう、明日の為に休もう。

 髪に顔を埋めているのを無視して布団を被り直す。


 あの日は、ちと怒り過ぎたかもしれん。

 閉じた目蓋の裏に、かずらの著書を抱えて嬉しそうに笑む初孫の姿が淡く浮かんでいた。







 絶句して何も言わなくなったかずらが眠りに付いても、ずっと抱き締めていた。規則正しい寝息に健康を感じて安堵する。

 この体温が無くなっても自分は生きて行けるのか。

 違うな、かずらを手放さなければならなくなった時は、私自身も僕自身も手放す時なのだ。

 癖のある長い髪に指を差し込み掬う。かずらの香りのするそれを親指と人差し指の先で潰す様に揉み、そこへ唇を落とす。

 かずら、僕の全て。君の元へ僕は心を置いて行く。心の無かった僕に心を創造した人。創ったのは君だから、置いていってもいいよね?


「愛している」


 起きている時は言えない言葉。


「愛している、かずら」


 僕が私の時は決して言わない言葉。


「愛している」


 遠からぬ未来に、例え君が僕を憎んだとしても、君の全てを。

 先程、さららがてんとまひろの元へ行った。ゆたきも連れて行ったらしい。

 行動が早いねぇ。我が子ながら逞しい。私の目があると、分かっているというのに。

 私に小さな疑念を抱えるさららが、大陸の当主と秘かに連絡を取っている事は知っている。さららのそれは権力だとか名誉だとかの欲からなるものでは無い。純に子を想うものだ。だから、より強い。そして深い。己が為だけの想いでは創り得ぬ力。恐らく今にも、私ですら抗えぬものへと変貌するであろう力。


「さららは君に似たな」


 強くしなやか。柔くも弾力性は高い。そして何より。


「私を信じ切らない」


 それで良い。そうでなくてはならない。

 賽は既に投げられている。小さなそれは坂であろうとなかろうと、コロコロコロコロ転がって止まらない。あまりにも小さく速いから、追えない追い付かない止められない。不意に現れた巨石や濁流をも意に介さず、人の意思なぞすり抜けて進む。

 見失いもするだろう。気付いた時には眼前に迫っていることもあろう。その時に必要なのは、かずらやさららのそれらであると思っている。


「どうかそのままに、私を信じないでおくれ」


 なんとも勝手な願いであることは分かっている。家族に願う事がそれでは、なんとも意気地の無いものでもあろう。

 だが、それがこの先家族を護り救うのであれば、私も僕もそうさせる事を厭わない。

 いつか動きを止めた賽が導き出した答えが、どうかかずらたちに当たりませんように。

 然し、賽はどうしても誰か一人に当たるもの。それをどうか、私一人だけに。

 どうか、この子達に笑みを。どうか。


 目の前の温もりを、頭に、体に、心全てに染み込ませる。


 おやすみ、愛しい人達よ。今だけはすべてを忘れて、良い夜を。

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