81・Abel
新暦二八……いや二九……三〇年?
ともあれ長く人の寄り付かなかったベルトーチカに、ある日突然、客が訪れた。
『はーっはっはっは! 見よ! 父も祖父も臆病風に吹かれ、死ぬまで決して近付かなかった禁忌の地に、この俺が立っているぞ!』
『閣下。威勢の割に腰が引けておりますぞ』
『上半身と下半身の動きが見事に不一致ですな』
『ええい、やかましい! 男は上と下が別々の生き物なのだ!』
『『それはまさしくその通りで』』
シルヴァ家だったか、カルヴァ家だったか……ともあれ代々王国北部一帯を領土とする貴族一門の、何代か前のトップ。
当時まだ家督を継いだばかりであったそいつは、ある種の度胸試しみたいなノリで自分達の神が殺された土地へと足を踏み入れ──そして幸か不幸か、金脈を探り当てた。
『のああああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!? 足が滑ったぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!』
『なんと。閣下が地割れに落ちてしまわれた。まだ世継ぎもおらぬと言うのに』
『次の主君を仰がねばな。やはり勝ち馬は英才と名高き弟君か? いや、従兄のレイ様も捨て難い。取り敢えず両方にゴマをすっておこう』
『──聞こえているぞ貴様等! 早々に見切りをつけるな! 生死確認くらいしろ! せめてロープの一本も垂らせ!』
『『なんだ生きてた。人騒がせな』』
意図せず降って湧いた莫大な財。
しかし発見者である当主はそれを独占せず、所有権の半分を王家に献上した。
奉る御旗を喪い二十数年。未だ混迷の只中に在った王国の再起に役立てるべきだと、声高に述べ上げた……らしい。
『まさしく怪我の功名! 這い上がるのに半日かかったが、見合うだけのものを得た!』
『底も窺えぬ深さまで落ちてコブひとつで済むとは、流石閣下』
『敢えて国にも利益を分け、採掘費用その他諸々を国庫から出させるとは、流石閣下』
『もっと褒め称えるが良い! まあ、そのアイデアは妻の考案だし、実際の交渉一切を執り行ったのも彼女だがな!』
『『でしょうね。知っておりましたとも』』
正直そこまで頭や気遣いの回るタイプには見えなかったが、人とは分からんものだな。
領主の来訪から僅か四年で、無人の僻地だった荒野に、小さくも立派な都市が建った。
金を掘るため、延いてはそれに伴う商機に乗るため、多くの人間達が集まった。
〈ねえ。昨日から酒場に大道芸人が来てるんですって。行ってみない?〉
〈最近は鉱夫や商人以外にもワケの分からん奴等が増えたな……わざわざ北の果てまで芸を見せに来るとは、苦労なこった〉
長い年月を変化の無い退屈と共に過ごしてきた俺達にとって、マケスティアと名付けられた小都市の発展と繁栄は、得難い娯楽だった。
その頃には、朧な姿で雑踏に紛れる程度の自由も利くようになっていた。
〈……あのお菓子美味しそう……お腹すいたなぁ……〉
〈いつか食えるさ。気長に行こうぜ。今なら待つのも苦じゃねぇだろ?〉
俺達が明確なカタチを持ち始めた理由や、それが意味するところなど考えもせず、骨肉を得られる瞬間を待ち侘び、気の向くまま揺蕩う日々。
ただ純粋に何かを楽しめた、恐らく唯一の時期だった。
…………。
そして。新暦三七年。
襟元に花の刺繍を入れた新米神官が一人、マケスティアへと派遣されてきた。
【Fragment】 クラウス・ロデュウ・オリヴァ
現オリヴァ辺境伯の高祖父にして四代前の当主。ベルベットの五世の祖父。
頭は弱いが武腕に優れ、治世に於いても聡明な妻の助力を受け、良政を敷いていた。
歴代でも指折りの名君に数えられるが、同時に歴代で最も領民に舐められていた。
独特なカリスマで親しまれてはいたが、それはそれとして舐められていた。
良くも悪くも、兎にも角にも、オーラの無い人物だったのである。
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