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「シンカ」

「まだです」


 水に溶かして、火加減を調節しながら煮詰めて、冷やし固めて。

 ついでに果汁やハーブを混ぜて、色味と風味を加えて。


「シーンーカー」

「もうちょっとです」


 漂う甘ったるい香りに誘われ、うずうず身を揺らすベルベット様。

 しかし、こればかりは急かされても。本当にあと少しだから、大人しくステイ。


 ……よし、完成。


「お待たせ致しました。どうぞ、お召し上がり──」

「ひゃっほう! 全くもう、勿体つけてくれちゃって! この演出家!」


 色取り取りな飴を盛った小皿片手にタップダンスする半死半生の重傷者。

 身体強化薬の恩恵によって傷自体は凄まじいスピードで癒えてるものの、何故こんなに元気なんだろう。生きてるだけでも不思議なのに。


 あと、別に演出を気取ったつもりは無いです。冷ます時間が必要だっただけです。

 熱した砂糖とかそのまま口に入れたら舌が焼けますよ。かなり悲惨。


「じゃ早速ひとつ。あーん」


 指先に摘まれ、口の中に放り込まれる飴。

 トップバッターは混ぜ物を加えていない、べっ甲色のシンプルなやつ。


 がりごりと鳴り渡る硬い音。

 飴を初手で噛み砕くって、どうなのだろう。


「…………」


 十回ほど咀嚼を繰り返した頃合、ふとベルベット様の動きが止まった。


「……………………」

「あの」


 表情の失せた真顔。

 瞼も瞳孔も完全に開ききってて、正直怖い。


「………………………………」

「もしもし」


 よく見たら息まで止まってる。

 え、嘘。まさかこのタイミングで突然死?


 流石に勘弁願いたい。これじゃまるで僕が毒殺したみたいじゃないか。

 まさかまさか。使ったのは完璧に分毒された糖水晶とうすいしょう、とどのつまりクラリエッタだ。

 間違ってもキリルなど混ぜてな──


「──ぷはぁっ! あっぶな、意識トんでた!」

「わっ」


 唐突に再起動。驚いて尻餅をつく。

 どうやら立ったまま気絶してた模様。寝ても覚めても人騒がせな。


「ん、んんっ、んっ。ま、アレね。悪くない、悪くないわ。八十点てとこかしら」


 ひょいぱくひょいぱくと飴を食らいつつ、椅子に腰掛けるベルベット様。


 頑なに「美味しい」とは言わないんだよね、この人。

 きっと宗教的な理由だと思う。自分自身を神の如く扱ってるフシあるし。

 もし誰かに頭なんか下げた日には、血反吐撒き散らして爆発するんじゃないかな。


「……毒を抜いた分だけ旨味が落ちてるクラリエッタでコレなら、キリルの方はさぞ……そりゃもう、ボチボチなんでしょうね」


 金色の双眸が、キッチンの片隅へ置かれた袋に向かう。


 ほぼ死に体で官邸へと帰り着き、ロクな治療も受けぬまま僕を引きずって精製所まで赴いた際に見付けてしまい、持ち帰ると言って聞かなかった猛毒キリル

 大量のクラリエッタが手に入ったのは良かったけど、余計なオマケがついてしまった。


「食べたら死にますよ」

「分かってる分かってる。そも食べるために欲しがったワケじゃないし」


 では何故。蒐集品に加えるつもりなのかな。

 まあ、それなら結構ですが。くれぐれも気を付けて下さいませ。






「え?」


 ちょっと井戸まで水を汲みに離れてたら、ベルベット様が床に倒れていた。


「え!?」


 泡を吹き、白目を剥いて痙攣してる。

 身体を検めると、指先に青みがかった粉。


「え」


 間違い無く、キリルだった。

 袋の口も開いてるし。


「えぇ……」











【Fragment】 キリル


 糖水晶とうすいしょうを精製することで分離された毒素。

 ひとつまみ舐めるだけで大の男が死ぬほど強く、あらゆる生物に等しく害を及ぼす上、解毒や中和の手段が存在しない。


 また、一定濃度の塩水と混ぜ合わせることでガラスのように硬質化する。

 ただし毒性は微塵も変わらないため、取り扱いには厳重注意が必要。





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