Innocent disaster-悪意無き災厄-

ブラースΨ

1ー序 ゲームオーバー

パキッ


 嫌な音だった。

試合中にほんの一瞬だけ聞こえた音 ハッキリと聞こえた音 対戦相手として向かい合った2人の少年の耳に確かに届いた音 周りにいた仲間達の耳にも届いた音 観戦者の中にも聞こえたものが何人かはいたかもしれない。


「え……?」

 放たれた蹴りが腕に命中した際にその音は鳴った。

ボクシングや空手といった格闘技、サッカーや野球のようなスポーツを生業とする人間や、仕事をする上で自身の身体を使う者達、人体に関する知識を身につけている者にとっては致命的な音だった。


『ぐあ……があぁぁぁぁ……!』

 蹴りを受けた少年は腕を、音が鳴った部分を手で隠し、うずくまるような形でその場に倒れ込んだ。周囲の様子に構う事なく悶え苦しみ、絶叫している。想像を絶する痛みが、彼を襲っているのであろう。

『おい! しっかりしろ!』

『誰か救護班を! 早く!』

 少年の仲間達、親や顧問としてやってきていた大人、試合運営に関わるスタッフが彼の周りに集まる。事態は深刻だ。


「あ……え……?」

 蹴りを放った少年は、目の前で何が起こったのか、自分が何をしてしまったのかをすぐには理解できていなかった。苦しんでいる少年が応急処置を受けている様子を、ただ立ち尽くして眺めていることしかできなかった。

『おい! 木谷村!』

『木谷村』と呼ばれた少年は、そうやって名前を呼ばれるまで、すぐ後ろに少女が接近していることに気づかなかった。

『しっかりしろ木谷村! お前らしく無いぞ……!』

「薫……」

『薫』と呼ばれた少女は、錯乱している木谷村を落ち着かせようと語りかける。

「大丈夫だ……蹴りが1発だけだ。いくら痛かったとしても、あれで死ぬわけじゃない。少し休めばなんとかなるさ……そうだよ……きっと……」


 1発だけ たった1発だけ


『うあぁぁぁぁ……! 痛い……痛いぃぃぃぃ!』

『しっかりしろ! 大丈夫だ! 大丈夫だから!』


 実戦における強さには自信はあった。だが、たった1発の蹴りだけでこんなことになるとは木谷村は全く予想できなかった。

 自身が当事者に、しかも加害者になる日が来るなんて考えもしなかった。


「薫……俺は……」

「え……?」

 立ち上がれない程に苦しんでいる少年が担架に乗せられ、医務室に向かって運ばれていく様子を見ながら、木谷村は隣にいる薫に弱々しく言葉を投げた。

「やっちまった……俺は……取り返しのつかない事を……やっちまった……」

「木谷村……!」


 その日、その時にとった行動、瞬間的に下した判断、その全てに悪意は無く、間違いではなかった。しかしそれらによって得られた結果は……最悪だった。

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