ストーカー

みふい

ストーカー

「ほんと誰なんだろう……」

 高校二年生である浜崎はまさき ゆきは元気の無い声で呟いた。表情は暗く、あまり眠れていないのか目の下にくまを作っている。

「やっぱり心当たりとか無いの?」

 親友である堀口ほりぐち 真美まみは心配そうに言った。

「無いよ……そんなの」



 雪がストーカーの存在に気づいたのは一週間ほど前で、空手道部に入っている真美と駅前で別れて、自宅までの道を辿っていた時だったという。雪はいつものように、好きな音楽をイヤホンで聞こうとカバンからイヤホンの入ったケースを取り出そうとした。しかしケースを落としてしまった。

「ああ、もう」

 道に落ちたケースを拾ったその時、誰かが見ていたような感じがしたのだろう。急に雪は後ろを振り返った。そして、雪はそのままケースを拾うと急ぎ足で自宅を目指した。

 雪の両親は帰ってくるのがいつも少し遅い。雪は急いで家の中に入るとドアを勢いよく閉め、その後自室の窓から外を覗き、すぐさまカーテンを閉めた。

 その日から、真美と別れて家に帰る途中に誰かに後をつけられている感じがしたり、学校や家にいる時でも視線を感じたりするようになったという。



 二十分前に昼休みは始まっていたのだが、お弁当の中身は減っていない。雪は卵焼きを箸でつまんだまま喋っており、未だに食べる気配は無い。真美は気遣った様子で言う。

「先生とか親とかに言ったら?」

「うーん……先生とかに言って大事になったら嫌だしな。ましてや親に言うとか……私の親、それ聞いたあと何するかわかんないから」

「たしかに、雪のお母さんめっちゃ心配しそう。でも言わなかったら何も解決しないよ?」

「そうだよね……でもさー、やっぱり自分の思いすごしかもしれないし」

「思いすごしじゃないって、絶対。私だったら、そんなストーカー、すぐとっ捕まえてやる」

「真美は空手習ってるからいいよね。私も習っとけばよかった」

 そう言って雪はようやく卵焼きを口の中に放り込んだ。そして箸を置き真美に向かってパンチをする仕草をする。

「今からでも空手道部入るの遅くないけど?」

「無理! 代わりに守ってよ真美」

「可愛い可愛い雪のためなら犯人ぼっこぼこにしますよ」

「完全に王子様のセリフじゃん、筋肉ムキムキの」

「おいこら、それが乙女に言うセリフかー?」

 笑みをこぼした雪を見て、真美は少し安心したようだった。

「でも本当に誰なんだろうね」



 その翌日、雪は学校に来なかった。

「おい、堀口。浜崎が今日来てないけどなんか知ってるか?」

「いや……わかんないっすね。川瀬かわせ先生の方に連絡無かったんすか?」

「俺の方にも無かったな……堀口、ちょっと浜崎の家に寄っていってくれないか? 大事なプリントがあってさ。これ、封筒の中に入れてるから、持っていってくれ」

「分かりましたー」

「ありがとう」

 封筒を受け取った真美は学校が終わった後に部活を休み雪の家へと向かって行った。



 真美は雪の家まで行き、少し息を吐いた後にボタンを押した。チャイムが鳴る。少しの沈黙の後、インターホンから元気の無さそうな雪の声が聞こえた。

「はーい、あ、真美?」

「うん。大丈夫?」

「大丈夫だよ、ちょっと待って」

 玄関ドアのすりガラスに人影がぼんやりと映る。ドアが開けられ、その隙間から雪の姿が見えた。そして真美は家の中へと入っていった。



「おじゃましまーす」

「先に部屋に行ってて、適当にお菓子持っていくから」

「いいよいいよ。一緒行こ」

「じゃ、チョコだけ持ってく」

 雪の部屋に入ったあと、真美はカバンを下ろし、カバンから封筒を取り出した。

「これ、大事なプリント入ってるらしいから」

「ありがとう! ごめんね、余計な手間かけさせちゃって」

「全然! てか、大丈夫? なんかあった?」

「いやー、なんか朝から見られてる感じがして、気持ち悪くて休んじゃった」

「え、大丈夫じゃないじゃん。……カーテン閉めようよ」

 そう言って真美は窓から外を睨み、カーテンをサッと閉めた。

「それで、やっぱり心当たりとか無いんだよね?」

「……実は、それっぽい人、ちょっと浮かんでて。学校行くの怖くなっちゃった」

「え、誰?」

新高にいたか……くん」

 新高 たけるはクラスの中でもあまり目立たないタイプの生徒だ。友達もいないようで、休み時間ではスマホを毎度いじっている。部活動には入っておらず、かと言って勉強ができると言えばそうでもなく、むしろ成績は悪い。

「なんで、新高だと思ったん?」

「実はさ……2週間くらい前、告白みたいなこと、されたんだよね」

「え! マジ!? うっそ、あの新高に?」

「う、うん。なんか部活が終わったあとに学校出ようとしたら、校門のとこで呼び止められて、そんとき真美いなかったし、それでそのまま二人でハンバーガー食べに行った」

「え、あ、あの新高と二人で!? そ、それで?」

「それで、ハンバーガー食べ終わったあとに、あ、それは新高くんの奢りね。それでその後駅まで一緒に帰ったんだけど、駅で別れ際に、手掴まれて」

「は? キモ、てかよく雪を誘えたな、あいつのどこにそんな度胸あったんだ。あ、そして?」

「んで、『好きです付き合ってください』って言われた」

「えぇー……なんも接点無いよね?」

「無い……と思うけど」

「え、返事は?」

「もちろん、ごめんなさいって言ったけど、その時の新高くんの目が、なんか、怖かった」

「あいつ、よくも雪を……」

「い、いや、新高くんが犯人だって訳じゃないし、まだ私の思い違いかも、しれないし」

「そっか……じゃあさ、犯人分かるまで私、ずっと雪といる。できるだけ」

「そんな、いいよそんなに気使わなくても」

「うんうん。だって雪のこと、私……」

 ここで俺は耳からイヤホンを外した。封筒の中に入れていた盗聴器はなかなか高性能だ。カーテンが閉めてあるため窓からは様子を伺うことができない。今度はカメラでも仕掛けるか。

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