七月八日・朝
かれこれ話し込んで、たっぷり三時間ほど。かささぎの群れがそろそろ疲れてきたのもあって、お開きにすることになりました。
「じゃあ、またね」
「はい、織姫様。また来年……」
「うん」
二人がそれぞれ、天の川の東と西にたどり着くと、固まって橋となっていたかささぎたちが一気に元の姿となり、また遥か彼方へすさまじい羽音で飛び立っていきました。
「ただいま帰りました」
「おぉ、お帰り。随分長かったな……六時間くらい経ったか? かなり心配した。どうだった?」
「え、ええっと……」
叔父さんの質問に、宝姫様は思わずたじろぎます。
「……まあ、良い人だった」
「そうか。なら良かったじゃないか。……ん? その箱は何だ」
「あ、この箱は……その、織姫様から頂いた」
「そうか……中身は何だろう」
「ええっと、美容液と盃でした」
「盃か! どれどれ……」
強引に手から箱を奪い取り、中身を漁ります。
「おぉ! とてもいいものじゃないか! これ、もらっていいか?」
「え、ああいいですよ。私まだ飲めませんし……」
「まあ、まだ大人の舌になってないからな」
ガハハハハ、と派手に叔父さんが笑いました。
「じゃあ、まあもう疲れただろう。さっさと寝ろ」
「分かりました、叔父様」
三十分ほど経ったでしょうか。
宝姫様はまだ眠れていません。ずっと、体を布団の中でもじもじとくねらせています。
「あぁ……織姫様」
何か呟いていますね。さっき会ったばかりなのに。恋しいのでしょうかね。
「織姫様……」
バタバタと布団を蹴っています。
「あぁ、会いたい……恋しい……でも、父上が……」
確かに、織姫様はあくまで彦星様の妻。これは本気で好きになっていいのか、渋りますよね。
「……あぁ」
さらに、次に会えるのは来年の七月七日。これはなかなか辛いことです。
「女が女を好きになるって、そもそも良くないよなぁ……うーん……」
良くないことはないと思いますが……まあ、そりゃあ悩みます。
「でもなぁ、あぁ……」
心臓の音が聞こえる気がします。かなりの速さでバクバクバクバクと波打っているはずです。
「しかもあの綺麗な顔、良いよなぁ……」
★☆★
あれれ、私、いつの間にか眠ってしまっていたようです。幽霊も眠るのかって? 当り前じゃないですか。元々は生きていたのですから。
「父上……」
ん? 宝姫様ですね。先ほどまでと同じように、布団に寝ています。夢を見ているのでしょうか?
「宝姫」
うわっ。びっくりしました。なんと、隣には彦星様がいるではありませんか。というか、振り返ると天の川が見えます。
「父上……」
「宝姫、やはり織姫に惚れたのだな」
「はい……」
おっと? 寝ている宝姫様が応えていますね。ということは、これは宝姫様が見ている夢の中の世界、ということでしょうか。
私は今、その夢の中の世界にいる、ということですかね。
「大丈夫だ宝姫。会ったら惚れてしまうかもなとは思っていた。なんせ、わしが一目惚れした最高の相手なのだから」
「なら、なおさら……」
「だが、美しかったろう?」
「は、はい。美しい衣に小顔でキラキラした目に、潤いのある肌に……あの魅惑的な顔は、どうにも忘れられません」
「なら、良いのだ。そういえば、こちらの世界の書物にはこのような言葉が載っていた。『恋心は自分で壊してしまおうとすると必ず糸を引き、自分を不幸にしてしまう。不幸せな人間は、周りから見ても不幸せで思わず避けたくなってしまう人間なのだ』と」
「でも、私は女です……しかも、相手も女……これは良くないのではないでしょうか。相手方が私のことをどう思ってるか……」
「先ほどの名言にはこう続く。『たとえ相手と年齢が違えど、同性であろうと、人でなくとも恋心は止めてはならぬ』」
「え、ええ……っ」
★☆★
あら。だんだんと空が薄い青色に変化してきて、烏も鳴いています。
「あれ……夢?」
宝姫様も、いつもと同じようにうーんと伸びをしました。ちょっといつもより早いですけどね。
「『たとえ同性であろうと……』かぁ……」
おっと、やはり私と宝姫様は同じ夢を見ていたようですね。
「んなこと言ってもなぁ、本当に織姫様は……父上も実際のところあれかもだしなぁ……」
え? まさか、宝姫様、彦星様のことを信頼されないのですか?
父君が嘘をついたり、宝姫様の幸せを祈らなかったりすること、ありましたか?!
「え……」
と、ビクッと宝姫様は肩を震わせました。
「私の幸せ……父上……」
あらら? もしかして、私の声が聞こえてしまったのでしょうか。これはとんだ失態ですが、良き方向にはたらくのならば良いでしょう。
「……そうですよね、愛は持ち続けるものですよね……」
うっすら涙を目に張っています。
頭の中には、微笑んでいる彦星様と足をばたつかせている織姫様の姿があるのでしょう。
「どうかまた来年、元気で私と会ってください」
空ではまぁるく輝くお天道様が微笑んでいます。
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