第39話 破壊

 禍々しさが強調された、暗黒の姿とでもいうべきだろうか。

 そんな姿をしたヘリクゼンの姿があった。

「お、おい、イツキ……」

 ジョーは声をかけるも、ヘリクゼンはそれを無視し、人柱のほうへとゆっくり歩き出す。

 人柱も、ヘリクゼンに合わせるように前へと歩き出した。

 そしてお互いが接近し、手の届く範囲に入る。

 次の瞬間、ヘリクゼンと人柱の間から猛烈な突風と破裂音が響き渡った。どうやら人柱が一瞬のうちに放った拳を、ヘリクゼンが一瞬で受け止めたようである。

 これを合図に、双方息つく間もないくらい速さの拳の応酬を繰り広げ始めた。

「い、一体何が起きている……?」

 カイドウが聞くも、誰も答えない。いや、答えが分からないのである。

 拳の応酬は拮抗しているようにも見えたが、しかしだんだんとヘリクゼンの方が優勢になっていく。

 そして人柱の放った両手の拳が、ヘリクゼンの左手一本で簡単に弾かれる。それを待っていたのか、ヘリクゼンは右の拳で人柱のことを地面に叩きつけた。

 人柱は腰の部分でへし折られたのか、長座体前屈するように地面にめり込んだ。

 その様子を見ていた「プロシージャ」の信者たちは、恐怖で足がすくんでいるようだった。

「な、なんなんだ、あの力……」

 ジョーは驚きを隠せなかった。

 いくらレジスタンスにいる格闘者のデータを集めても、これだけの力を得るに至らないと思っていた。シータ・デバイスがヘリクゼンバックルに秘められた力を解放したことで、ヘリクゼンは完全な暴力マシーンと化したのだ。

 それにもう一つ驚いたこと。それが、イツキならやらないであろう攻撃を平気でしているという事だ。イツキの性格はどちらかと言えば温厚。人のために動き、人のために傷つくことが出来る人間であるとジョーは認識している。ヘリクゼン・シータの行動は、それらに反しているのだ。

「カイドウ! 今すぐイツキ……いや、ヘリクゼンを止めるぞ!」

「ヘリクゼンだと?」

「攻撃しているのはイツキじゃねぇ! おそらく、イツキの体を乗っ取ったバックルが攻撃しているんだ!」

 そういってジョーがヘリクゼンの元へと走り出す。カイドウも一瞬躊躇ったが、一緒に走り出した。

 肝心のヘリクゼンは、地面にめり込んだ人柱に対して拳を高く上げている。

 そして振り下ろされる瞬間、腕にジョーが組みついてきた。

「イツキ! 目を覚ませ!」

 そして遅れてやってきたカイドウが、ヘリクゼンの胴体にしがみつく。その時、カイドウは悟る。

「この装甲とパワー……、俺たちのよりかなり強い……!」

 確かに二人掛かりでヘリクゼンのことを抑えているが、それでも二人のほうが力で劣っているように感じるだろう。

 ヘリクゼンは抵抗することもなく、腕にしがみついてきたジョーを反対の手で引きはがす。そしてしがみついてきた方の肘で、思い切り押し込んだ。

「ぐわぁ!」

 ヘリクゼンの肘攻撃を直に食らったジョーは、そのまま地面を転がってしまう。

 一方で腰にしがみついていたカイドウは、ヘリクゼンを地面に倒して拘束しようと考えていた。しかしヘリクゼンは、カイドウの肩の辺りを鷲掴みにして、腕の力だけで正面に引きずりだす。そしてバックルのベルトと肩をがっしりと掴んで膝蹴りを入れた。

「ヴッ……!」

 強い蹴りだったのか、カイドウは苦しそうな声を上げる。

 数度の膝蹴りを入れた後、まるでゴミを不法投棄するように投げ捨てた。

「うぁ……!」

 ジョーもカイドウもかなりのダメージを負っている。

 そしてヘリクゼンは、当初の目的であった人柱に向き直った。

 人柱は、その場から逃れようと地面を匍匐前進のように移動していた。しかし、体が上手く動かないようで、ほんの1メートルほどしか移動出来ていない。

 そこにヘリクゼンが来る。最初に、そこまで怪我していない右腕を狙い、拳を振り上げ、目に見えない早さで下ろした。

 すると人柱の右腕は、いとも簡単に分断される。断面からは血のような体液がボタボタと流れ出す。

 人柱は悲鳴こそ上げなかったが、非常に苦しそうに体をのた打ち回している。

 ヘリクゼンは続けて、左足に拳を振り下ろした。先程と同じように太ももより先が分断される。

 三度ヘリクゼンは拳を振り上げ、右足を切断した。

 再びヘリクゼンは拳で、左腕をぶった切る。

 ほんの1分で、人柱は四肢を断裂させられた。断裂した箇所からは体液が溢れ、人柱の命を垂れ流していた。

 もはや人柱は動かない。しかし、ヘリクゼンはまたもや拳を掲げ、そして振り下ろした。

 その拳は人柱の背中から腹、そして地面まで貫通する。

 グロい絵面とはこのことを言うのだろう。

 ヘリクゼンは人柱の体から、めり込んだ拳を引き抜く。すると、人柱の装甲が溶けるように液体化し、中から信者と思われる身体が出てきた。

「こんなエグいこと、イツキはしない……」

 ジョーが今目の前で起こったことを否定するように言う。

 すると、ヘリクゼンはジョーたちの方に向き直る。そしてゆっくりと歩み寄ってきた。

「俺たちまで殺る気か……!」

 カイドウはなんとか立ち上がって、ヘリクゼンと対峙する。

 ジョーは一瞬迷ったが、腹を決めたようだ。

 2対1の構図が出来上がる。

「デバイスを引き抜けば、変身は解除されるんだよな?」

 カイドウがジョーに聞く。

「そのはずだ」

 それを聞いたカイドウは、先程と同じように胴体に向けてタックルすると同時に手を伸ばす。速攻でデバイスを引き抜こうと考えたのだ。

 しかしヘリクゼンは、カイドウの手首を掴んで引っ張る。それによりカイドウはバランスを崩してしまう。

 そのまま倒れ込んでくるカイドウの腹部に、ヘリクゼンは膝蹴りを食らわす。

「ガハッ……!」

 装甲をもってしても、衝撃を完全に吸収することはできなかった。

 勢いよく地面を転がるカイドウ。

 そこにヘリクゼンがゆっくりと歩いてきた。

 地面に転がっているカイドウを一瞥し、その腰に着いているスクリプトバックルを掴んだ。

 バックルのベルトを破壊し、強制的に変身を解除させる。そしてバックルからアイテムを取り出し、それを捨てた。

「お、おい……。何をする……?」

 ヘリクゼンはスクリプトバックルを持っている手に力を込める。

「ま、まさか……! やめろ……!」

 メキメキと嫌な音を立てるスクリプトバックル。バックルにヒビが入り、破片がパラパラと落ちていく。

 そして最終的に、破壊音と共にバックルは粉々に粉砕された。

「やめろぉぉぉぁぁぁ!」

 カイドウの叫び声がむなしく響く。

 これでカイドウは格闘者に変身することは出来なくなった。

 ヘリクゼンは踵を返そうとする。

 その時。

「おらぁ!」

 ヘリクゼンの後ろからジョーが組みつく。

 ショーはそのまま、ヘリクゼンバックルに装填されているシータ・デバイスに手をかける。

「正気に……戻れ!」

 ジョーは勢いよくデバイスを引き抜く。

 すると、ヘリクゼンの装甲が流体状になり、バックルへと吸い込まれる。

 中からは気絶したイツキが出てきて、そのまま力なく地面に倒れた。

「一体……なんなんだ……?」

 ジョーはシータ・デバイスを手に、その禍々しい力に恐れおののいた。

 なんとも言えない空気が、周囲を包み込んでいた。

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