番外編:ティナの日常.後編
「う〜〜ん?……もう一回??」
「っていう言葉を私は三回聞いたよ」
なんだかんだでその魔法書に魔力を流し入れること計六回。あと一回がようやっと四回目で終わりを告げた時、
「なんか……もう少しでこの魔法が発動しそうだったんだけど……」
と、なんとも微妙な表情で言われた時は、流石の私も「えぇ……」と声を漏らしてしまった。
いくら魔法は好きと言えども、魔法に精通している師匠が使えたら変態と言うほどの魔法が使えそうと言われると、どんな気持ちでいれば良いのかも分からなくなってしまう。……普通の魔法を使うのもままならないのに、だよ?
因みに詳細を聞くのは憚られたので、それほど詳しくは聞いていないが、師匠曰く、
『とある人種には大変重宝され、またとある人種からは親の敵の如く憎まれる魔法』
……らしい。
その日はそんなことがあったが、そこから先は魔法の授業の始まりだ。
「さってと、そんじゃ今日は魔力操作技術の重要性についてだ。というかこれこそが俺が一番に教えたかったやつだな」
そう言いながら、シークはどこからともなく一本の腕の長さほどの短い棒を取り出した。
「さて、まず魔法使いまーす。“土魔法:土生成”」
唐突の早口からの魔法の行使。いきなりのスピードアップにやや困惑していると、
「ほら、そっちも魔法使ってみて。バベルの常用と詠唱の短縮の理論は教えたから今の魔法操作技術でも魔法自体は発動できると思うぞ」
そう言われても実はまだまともに魔法が発動できた試しがないのだ。
だが彼は、私にはできると言った。この数日で彼が安易に嘘をつくような人物でないことは確認済みだ。
何回か深呼吸をし、心の準備が整ったところで自分の前に手をかざす。使う魔法は一番最初に思い浮かんだ魔法で……!
「“土魔法:土生成”」
頭の中で魔法陣を思い描き、そこに不器用ながらも己の中の魔力を流し込んでいく。
そしてイメージする。自分の前に土が生み出されるのを……
すると、シークと同じように虚空から土が―――水気は一切含まれていないので、土というよりかは砂の方が近い―――流れ出てきた。
成功した!と喜んだのも束の間。ここである誤算が生じてしまう。
生み出された土が物理法則に従って下へと落ちてしまうのだ。
「うわっと!」
部屋の中が、本が土まみれにならないように、急いで魔力の供給を止め、出ていた土は手両手で受け止める。
その土はその場に生み出しただけ。シークのように土が空中で留まったりするわけではない。
「(生み出しただけ……)」
いや、それなら……もしかしなくても!
あることを思いついた私は、手に乗せていた土に魔力を込めてみる。
その瞬間、その土と繋がったような感覚になる。
これは……
「……もしかしてあのバベルってこの時の為の練習?」
「ま、そうなるな。その一連の魔法で生み出した物質を自由に動かせる。そこまでが魔法だ。バベルに関しては詳しく言えば魔力操作を上手くするための一種の道具。今行っているそれは魔力操作によってできることの一つってだけだ。ちなみに魔力操作がもっと上手くなればこんな芸当だってできるようになるぞ」
彼はそう言うと、手に持っていた棒を空中で文字をなぞるように……って……
「えぇ〜!!そんなこともできるの!?」
「お、いい反応。因みによく見てみたら分かると思うけど前に教えた『投影』の技術もこれの派生なんだぜ」
思わず気持ちが高ぶって勢いよく立ち上がってしまったが、ニヤニヤと笑いながら文字を書き続けるシークを見て少しだけ恥ずかしい気持ちになる。
「そこまで驚いてくれるならこちらとしても面倒だとは思わなくなるぞ」
「やめてよ。そんなの私のキャラじゃないし」
「そうかぁー?」
……自覚がないわけではない。時偶自分が魔法について興奮しすぎることは理解してるし、その度にこの歳(十八歳)でそんなはしゃぐのははしたないとも思うが、それでも自分の『好き』を欠片も否定する気はない。
シークもそれ以上はイジる気はないのか、視線を手元に戻し黙々と空中に何か文字を書いている。
「……っとこんなもんかな」
そこにはこう書かれていた。
1、魔法の発生速度が早くなる。
2、理論と法則さえ知れば、どんな魔法でも使えるようになる。
3、物を動かせるようになる。
4、力が強くなる。
5、健康になる。
書かれている文字を目で追うが、中身を理解するよりも前にシークの口が開く。
「さて、主にこの四つ。魔力操作が上手くなったらついてくるオトクな要素だ。ティナはこの中でどれが魅力的かな?」
「2」
即答である。
というかこの人に師事したのはこれが目的だからというのもあるが。
「オッケ。んじゃあ魔力操作の技術を向上するためにはどんなことが必要か……それこそ」
そこで言葉を切り、もったいぶる。
喉がゴクリと鳴った。
「一に努力二に努力。三四に努力に五にほんの少しばかりの才能だ」
努力。
その言葉を聞いてごく自然と、
「やった……!」
という喜びの声が出てしまった。才能に左右されない、ということを聞いて歓喜で右手を握りしめる。
シークはその様子が意外だったのか、大きく目を見開いて驚きの表情をしていた。
「なんだ、かの天才サマが努力の言葉を聞いてそんなに喜ぶとは。もしかしなくとも自分では才能の力だとか言っといてその実裏で途方も無いくらいの努力を積んでるタイプ?」
「いや、そういうわけじゃないよ。実際私は魔法以外は大抵はどんなことでもできる。ただ私が才能がなかった分、好きなことを努力で頑張れるってことに感動してるだけ」
幼少期から、ずっと魔法の本片手に魔法へと恋焦がれて続けていた。だがしかし、その恋は身を結ぶこと無く、一度もこちらを振り向いてくれなかった。どんなに振り見かせようと頑張ってみても魔法はこちらを一瞥すらしてくれない。
そんな状況で、「頑張ればできる」と言われたら喜ばないわけがない。
未来を明確に照らし出した光を見て、頬が緩む。
「こんな実直で真面目な子だなんて…………俺は良い弟子に恵まれたねぇ」
突然、何かを彼はボソリと呟いた。
「(今回はちゃんと聞こえた)」
距離が少し近かった、というのもあるのだろう。
ちゃんと私はその言葉を聞いた。だけど、私は……
「ん?何か言った?」
「いやなにも」
私のその言葉に、照れ隠しなのか一瞬の隙もなく否定する。その言葉が聞こえていなかったら褒められているなんて一切思えないほどのポーカーフェイスも添えて。
彼がちゃんと聞こえるように言わないのなら、私もそのことを追求する気はない。
だけど……
「(ちゃんと私の記憶には残ったよ)」
後ろを向き、彼からは見えない角度で隠しきれない嬉しさを表現する。
やはり、誰かから認められるというものはいいものだ……。
その後は、いつもの魔力操作の反復練習を行いその日の魔法の授業は終了を迎えた。
そして日が頂点に至った頃に、軽い昼食。
午後からは完全な自由時間だ。
結局その日は丁度仕事が一段落した父さんに誘われて剣の相手をしていたが、他にも少しばかり変装してメイドのティーゼを連れて町中を歩いたりする。
細かいことは省くが、夏季休暇中の私の生活は大体こうだ。
特に、これと言って予定もなかったし、そもそもとして普段の私は貴族学院の寮で生活しているのだからここでの生活が軽い旅行みたいな感覚がなくはない。
これからもずっと……良いことなんだろうけど悪く言えば衝撃のない日々が、淡々と過ぎるのだと、
……そう思っていた。
だがまさかこんなことが起きようとは。
恐らくはこの家の誰もが予想もしなかった、魔法に精通している彼でさえ思いつきもしなかっただろう。
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