第4話:怠惰への門出

「面倒くさい……か。……フッ、お前らしいな」


先程の恨みも込めてか嘲笑するようにして鼻で笑った後、サッととその身を翻した。

いきなりの行動だったので、思わずその背中に問いかける。


「どこ行くんだよ。もう本来の目的も終わっただろ?」

「終わったには終わったが私にはまだもう一つあるのだよ。奇しくもお前と同じ目的がな」

「俺と?……ってなんだお前もか」


その言葉の真意にすぐさまたどり着く。


「学園長も人気だな。というかなんかもう行くの面倒くさくなってきたしあっちから来てくれないか―――……あ」


と何気なく、ほんとに意識せずに呟いたその時、小さな魔力の乱れを感じた。

その乱れはこの中にいた全員が気づいていたようで、一瞬だけだが空気がピリついた。


だが、それはほんとに一瞬だけだった。

何故なら……


「む、そんなに警戒するでない!」


と、学園長である『アインベルト=クエスト』の気の抜けるような子供っぽい可愛らしい声が聞こえてきたからだ。



















「クエスト先生、脅かさないでくださいよ」


まず初めに声を上げたのはクレアだ。


「む、すまんすまんヨルグよ。なにせエシハに呼ばれてしもうたからのぉ」


その瞬間、四人の視線が一斉にこちらへと向いた。


「……俺のせいじゃないだろ。そもそも学園長最初から見てたし」


という俺の何気ない発言でその他四人のヘイトは一気にアインベルトの方へと向く。


「というか学園長そのねちっこい視線やめてくださいよ。いくら気になるからって最初から最後まであの二人の様子をずっと眺め―――」


と、もうほぼ言いかけたその瞬間、アインベルトが即座に俺の目の前まで移動して俺の口を塞ぐ。


「な、なーんの話かの。ワシはそんな盗撮紛いなことは一度もしたことないぞ?エシハよ、デタラメを言うでないわ!」


とかなんとか、男子の中では小さい部類にも入る俺の身長にも関わらず小さな背を目一杯に伸ばして口を塞ぎにかかるアインベ

ルトはこの中の誰よりも幼かった。


どうしたものかと思案していると、突然背中から冷たい雰囲気が流れ込んでくる。

そしてそれと同時にアインベルトの顔が強張り、引きつった笑いのまま硬直した。


「アーちゃん先生、下手くそにも程がありますよ」


アーちゃん先生とはこのアインベルトの影の愛称。こんな見た目でこんな性格なもんだから威厳もなにもあったもんじゃない。


だがしかし、今はそんなことはどうでもいい。


普段の明るい元気花丸の声色とは極めて程遠い声の主は、勿論その当事者であるアンナだ。

因みにウェルナルドの方は呆れの感情の方が大きいのか、先程からずっと冷たい視線でアインベルトを射止めていた。


俺もその視線を追うようにゆっくりと振り返ると、そこには笑顔をまんま貼り付けたような表情をしているアンナを視界に捉えた。


「(な、なんだかいる場所が場所だから俺も叱られているように感じる気が……)」


そう思うと余計緊張してきた。


俺を挟んでのアインベルトとアンナの対面。


立場的には真逆の位置が本来なら正しいのだろうが、悪いことをした子はちゃんと叱る、をモットーにしているアンナの相手は例え学園長だろうが、ましてや国王だろうが遠慮はないだろう。


そしてその相手として俺もよく被害に遭っていたことから、つい反射的にゆっくりと正座の姿勢へと体を直してからアンナと向き直る。その時、俺にひっついていた学園長も正座にさせることを忘れずに。


「……?なんでクイナが?」

「い、いや反射的に……どうぞお気になさらず」

「うわっ、敬語気持ち悪っ!というかクイナはなんでなんにもしてないのにそんな態勢に!?」


と俺の突然の行動に狼狽していると、他三人からクスクスと笑い声が聞こえてきた。


「もー!三人とも、クイナが変なことしてるんだけど!」

「ふふっ、ごめんアンナ。クイナのその気持ちはよく分かる。私もあの間に入れられるとついあの態勢になっちゃうもん」

「そうですね。でもあんな思い出ももう卒業となると懐かしいものも感じますね」

「たしかにな。最近では私も怒られることは少なくなったがクイナだけは最近までアンナのお世話になっていたしな」


各々、アンナとの思い出を振り返り始めた。


そして飛び出る思い出は大抵は叱られ話。―――をして叱られた。―――をしていたら突然アンナが飛び込んできて―――。―――しようとしたらアンナに阻止された……などなど。挙げだしたらキリがないくらいに。


そしてそのキリのない話に終止符を打ったのが、


「もー!なんでそんな恥ずかしい話で話題が続くの!?それよりも!」


そう言っていつの間にか姿勢を低くして逃げ出そうとしていた学園長のお尻に指をさす。


「アーちゃん先生のこと!」


指名されたらもう動くことは許されない。


俺も確かに勝手に俺らの行動を魔法を使って盗撮紛いのことをすることはそりゃあ悪いことだとは思う。ただ別に学園長はそれを悪意をもって使おうともしてないし、それよりもその魔法でこの学校の暗闇を照らしていることの方が凄いし、それ以上に「良いこと」だ。


こんなナリでも俺らよりも長生きしてるわけだし、それにそこそここの人には世話になった。だから少なからずこの学園長のこと

は尊敬している。


ならば俺のやることは、


「あ、そう言えば俺学園長に用事があったんですよ。というかそもそも学園長も俺の呼びかけに反応してくれたんですよね?」

「あ、……あー!!そうじゃったそうじゃった!ほれ、早く話を言うてみぃ」


あからさまに話を逸らす。


しかもその逸らした方の話がとても重要だったら。


「ちょっと!まだ話の途中―――」

「まだ提出していない俺の課題のことについてなんですけど!!」

「……っ!」


これぞ会話の高等テク。

ただし使う際は初対面ではなく、そこそこ間柄の知れた関係のやらないと失礼極まりないぞ。


……さてさて、そんなどうでもいいナレーションは止めて、話を戻そう。


「これです研究課題。内容は―――」

唯一の魔法オリジナルマジックのことについてじゃろ」

「……流石、その通りです」

「流石というかエシハお主、唯一の魔法オリジナルマジックの提出が遅すぎるんじゃ。誰が見てもこの卒業課題に合わせにきたことは自明の理じゃろ」


そんなやり取りの後、互いにニヤリと笑い合う。

そうして俺が懐から取り出したシワだらけの紙束を優しい手付きで受け取る。


「……そうか、ついに完成いたのか……お主の夢が」

「夢と呼べるほど大層なものじゃないですけどね」

「夢に大層もそうじゃないもあるか。夢は夢じゃ」


そうして、学園長はペラペラとページをめくり始める。


「お主は最初はその夢に不相応な能力しか持っておらず、彼女ら四人に比べて才能と呼べるものがまるでなかった」


彼女が話し始めたその瞬間、その声の高さに似合わずアインベルトの纏う空気には底しれぬ母性のようなものが感じられた。


その雰囲気に飲まれ、いつしか言葉を扱うことをここにいるが忘れていた。……そう、四人だ。


「あの時は確かに、自分には才能もないくせして偉そうなことを言っていた生意気なガキでしたね」

「ハハッ、生意気なガキか。確かにその表現は適切じゃ」


その言葉にコロコロと表情は変えるが、その視線は紙に書かれた数多の文字の羅列だけ。

ただし、その間にも談笑が途切れることは一切ない。


そしてそれを遮る邪魔者も、この場には一人としていなかった。


床に座りながら仲良く話している二人を纏う空気は、彼女ら四人の知っているものではなかった。



















「……なるほどな」


そう言って読み終わると、彼女はおもむろに立ち上がり、一つの魔法を唱えた。


「“氷魔法:氷華”」


出来上がったのは氷の花。のない、花を創り出すだけの優しい優しい魔法……。

アイナはその出来栄えに満足すると、今度はそれを四つ創り出し、


「ほれ、ワシからの選別じゃ受け取れ」


そう言って制服の胸ポケットへとさし込んでいった。


「ふむ、三年前に比べて良い顔つきになったじゃないか。お主たちはワシの自慢の賢者じゃ。卒業してもたまに会いに来てくれよ」


そう言ってとびきりの笑顔を浮かべた後、“次元魔法”を使いどこかへと去っていった。

そこに残るのは一時の静寂。


「嬉しいこと言ってくれますね。あの『次元の賢者』の自慢となることが出来たのですから」


ポツリと、その静寂を突き破る優しいクレアの声。

勿論、クレアの言う次元の賢者とは、先程までいたアインベルトのことだ。


「世界最強と名高い次元の賢者。……しかしその正体が先程のような幼女だと世界中に広まったら一体どうなるのだか」


ウェルナルドが若干苦笑いを含ませ、今はこの場にいない彼女の存在の強さを改めて口に出す。


次元の賢者。ただ一人の次元魔法の使い手。


「ハハハ、私も流石にあの人だけは一生かけても勝てる気がしないよ」

「お?この若さにしてナンバーツーと呼ばれている炎の賢者様がそんな弱音を?学園長が聞いたら悲しむんじゃないかなぁ」

「うるさいクシナ」


ツッコミがてらジダが俺の頭を軽く叩いてくる。

しかし、その先に繋がる言葉が見つからない。

そんな常に明るいジダが黙り込んでしまったことで、この場を纏う雰囲気がより一層重苦しいものと変化する。


みな分かっているのだろう。


卒業する、ということの重みを。

しかし、そんな重苦しい雰囲気を破ったのもジダだった。


「ねぇ、私達ってそこそこ名声のある賢者じゃん?」

「自分で言うことじゃねぇけどな」

「おだまり」


今度はそこそこ鋭いチョップ。


「コホン。それでね私たち全員がそれぞれ弟子を取ってみないかな?」


という思いもよらない発言が飛び込んできた。


「……弟子?」


その言葉にいの一番に反応したのは今まで静かだったアンナだ。


「そう、弟子。そして競わせるの。……私らで弟子を取って競わせてみない?そして……」


この先の言葉が先程までジダが考えていた本来の目的なのだろう。

所謂弟子云々はただのキッカケに過ぎない。


「みんなで会おうよ。また」


少しだけ涙目になりながらも、笑顔を絶やさず最後にジダはそう告げた。



















その後は段々と卒業生、在校生問わず生徒も集まり、そして無事つつがなく卒業式を終えた。


笑顔あり、涙ありの卒業式。


この学校を終えた少年少女はそれぞれがバラバラの道を歩んでゆくのだろう。

道が重なることもあれば、勿論違えることも。

それはこの魔法学園だけでなく、他の学校にも当てはまるはずだ。


そしてその先は数多の失敗の連続で、心が折れる時もある。そして得るのだ。ほんの少ししかない成功を―――



















…………とかいうの、面倒くさくない??


あ、どうも。この度魔法学園を卒業した『土の賢者』もとい『怠惰の賢者』でーす。

今の俺は深い深い森の中を散歩中でーっす。


……いやー疲れた。


「“唯一の魔法オリジナルマジック土の配下サモン・ゴーレム”……よしっ。……よっこらせと」


そして今は担がれ中でーっす!


……えっ??社会に出て真っ当に働く?あーダメダメ。面倒くさい面倒くさい。


俺が何のために魔法学園に入ったの?『世の中を怠慢に生きていける素敵な道具』を作るためだろ。なのになんでこんな素敵な道具を作れたというのに働かなくちゃいけないんだよ。


俺はこれから森の奥底でひっそりと住む!


……弟子の件?

失礼だけどあれは別によくね?


だってあれってただの会いに行くためのなんかそれっぽい口実だろ。ぶっちゃけいらんいらんそんな口実。

弟子連れずに普通に会いに行けばいいだけじゃん。

だったら弟子なんて作らなくても万事オッケー。というか弟子という存在が面倒くさい。……いや弟子取ること自体が嫌いなわけじゃないよ?ただその弟子を世話することが面倒なんだよ。


「弟子っていう存在自体には惹かれるけどねぇ。ただそれ以上にそれ以外のことが面倒くさ―――」


とかなんとか散歩(?)をしながら森の中を歩いていたら、


「まじかよ」


倒れている少女を見つけましたとさ。





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