真っ白な部屋に僕と死体がありました。

あおいそこの

真相

真っ白い部屋に僕と、死体がありました。


僕は目を覚ますとここにいた。ここ、と言っても説明のしようがないほど。先の説明で十分すぎるほど。真っ白な壁に四方を囲まれていて、ドアがあって、そのすぐ横の真っ白な壁に札がかかっていた。

『貴方はドアからそのままこの部屋から出ることが出来ます。』

妙に厚みのある板だな、と思ったが出られるならばとすぐその脇にあるドアノブに手を伸ばした。何かからくりがあるのかもしれない、そう疑った僕はその札に近づいた。

下の方がカパカパと開いていたので開いた。すると

『でもこのまま部屋を出ると貴方は殺人犯として警察に捕まってしまいます。』

その下の繋がっている板には

『この部屋には死体と、貴方。そして使われたであろう凶器、その他に証拠があります。』

証拠があるなら、それを使えば…と脳内で考えを少しずつ整理しながらまだもう1枚ほどありそうな板に空いているもう片方の手で触れる。少し浮かすと勢いよく後ろから板が落ちてきた。繋がってはいるから足の上には落ちてこなかったけれど。

『私が貴方ならばどうするでしょうか』

きっと僕をここに問い込めているであろう奴の考えだ。聞いちゃいないが。でもそれは板に書かれているのではなく、板にガムテープで乱暴に張り付けられた紙に書かれてあった。それを横に開いた。

『A.この部屋から出ません』

だから何?って話になるわけで。

見ないようにしても1Rのこの部屋は目を瞑らない限りどこにいてもその死体が目に入ってくる。僕は本当に殺してしまったのか?でもこんな人見覚えはないんだよ。

自由に動き回れるが出来る限り近寄りたくない。

あー、もうこっち見てんじゃねぇって。何で目開いてんの?安らかな死ではなかったようだね!!

案外のこの状況にすんなり納得、は出来ていないけど順応出来ている自分に驚いた。混乱しているし、怖いから叫びだしたい気持ちではある。でもそれをしたところで何の解決にもならないし、脳を働かせないことには状況が何も変わらないことに気づいていた。


じゃあ考えよう。


これが誰かに仕組まれているとした場合。確実におかしいであろう証拠があるはずだ。絶対に。絶対に人の手を使わないとこの密室を作り上げられないと示すだけの証拠が。

「え、ない?なにも、そんなことある?無実を証明させたいんだよな。だから僕をこんな部屋に閉じ込めているわけで」

なのに何のヒントもない。転がっている証拠品(仮)も無造作にそこに散らばっているから、ぽい。それっぽく転がっているので疑うポイントではない。ポケットをすべてひっくり返してもヒントどころかゴミも入っていなかった。

僕に無実でいて欲しい相手。それは誰だ?

恋人?それとも、家族?親とか、兄貴。会社の同期の結構仲いいあいつ?でもそれならアリバイとか、証言に協力してもらえばいい。ここまでトリッキーにする意味はない。じゃあいったい誰が、どうして僕に無実になってほしくて仕組んだんだよ。

どう考えても平和な世界で適度な荒波にもまれた来ただけの僕の脳みそでは答えが浮かび上がってこなかった。

「どうする?というかこの人は誰なんだよ!!」

ほんの少しだけ顔を覗き込んでみた。けれど誰か見当もつかなかった。

壁に掛けられていた板を取り外して床に広げて考えた。

この部屋は簡単に出られる。でもこのまま出たら僕は殺人犯として逮捕。この部屋にあるのは死体、証拠、凶器。それでこの状況を作り上げた人だったら部屋から出ずに自分の無罪がどうやったら成立するかを考える。

死体は多分刺されて亡くなった。ワイシャツに小さく裂かれたような跡がいくつもある。血の海の中に寝っ転がっているのはさぞかし気持ち悪いだろうけど触るだけの勇気がないんだ。許してくれ。

その凶器は死体の傍には転がっていない。多分バッグの中に入っている。

「ハンカチもないから指紋がつくな…よし別に触らなくていいだろう」

ごめん、本当に怖い。

この世は完全犯罪が成し遂げられないほどに酸素や、窒素で満たされている。

よく考えたら『この部屋』で僕がこの人を殺した、ことになるはずだ。だって遺体を引きずったような跡がない。だから僕とこの人はデスゲーム的な状況下に置かれて、それで僕が殺した。

じゃないと説明がつかない。

でも僕には全く記憶がない。

そんな状態で人を殺せるわけがない。

僕はやっぱり殺っていない。

だって殺すことが不可能だ。意識がないんだもの。よくドラマとかで頭を殴ったら記憶飛ぶ、みたいなのがあるけれど僕の頭は痛むどころか無実の確信に近づいて晴れ晴れとしてきた。

ドアノブに手をかけて覚悟を決めてひねった。しかしひねれなかった。回せなかった。

「ん?立体迷路のアレか?」

横にスライドしようと思ってもそうではないらしかった。よく観察してみればスライドするだけの溝もないし、金具も取り付けられていなかった。

「そのまま出られるって嘘じゃねぇかよ!」

思わず大声をあげて扉を蹴りつける。膝が痛くなって足を抱えて座り込む。

「ってぇ…」

じゃあどうしたらいいんだよ。

無実なのに…この部屋から出るためにはどうしたらいいんだよ…

「僕、やったって、言えばいいのかよ…僕がやったよ、それで満足かよ。でもな、出たって証拠もねぇから僕は捕まらないからな!」

誰に叫んでいるのか分からなかった。弱気になってしまった自分にイライラして近くにあった板を掴んで投げた。それがカタンと音を立てて床に落ちた時に気づいた。

「1枚、増えてる…?」

さっき広げて考え直していた時は確かに5枚だった。L字型に。でもT字型になっている。この展開図は小学生をやっていた人ならば確実に見たことがある。

サイコロ、立方体の展開図だ。なんで正方形にしてちょっと気持ち悪くしたのか分かった。

「貴方イコール…私…?」

『私』という謎の人物の無実を証明するために僕はこの部屋に閉じ込められて意味もなく考えを巡らせていたのか?

僕は、なんて言った…?

さっき。

イレギュラーな極限状態で必死に考えて、誰かも分かんねぇ死体が死臭を放つ中で出ようと思ったドアもハリボテで。重い絶望を覚えた僕はなんて口走った?


『僕がやった』


その言葉を引き出すために『私』という人物はこの場を作り上げたんだ。

手に持っていた板の束を床に落とした。

「はは…僕、ハメられてんじゃん」

『やぁ、はじめまして。私が「私」という人物だ。』

急にそんな声が流れてきた。何かエフェクトのようなものをつけられていて実際の声とはだいぶ違う声になっている。ものすごく低い声で、砂嵐の音も混ざっているから聞き取りずらいがそう言っているのは分かった。

「なんなんだよ、お前」

『私の無罪を証明してくれてありがとう。心より、感謝しているよ』

「誰なんだよ。お前は!俺に何の恨みがあるんだよっ!」

一層低くなった声で返答が返ってきた。

『恨みではない。君と「貴方」、は常に一心同体なんだよ』

「は?」

『「貴方」、は誰かにそう言った記憶はないか?』

わざとらしく貴方、で区切るそいつに腹が立つ。いや、いつだって怒っているけれど。

「言ったこと…ねぇ、よ…」

『本当に?』

付き合い始めてようやく2年になろうとしている彼女と愛の営みをした後に毎回のように確認されていた。最近はご無沙汰だったから忘れていた。

「お前…」

『そう!君の愛しい恋人ちゃんです!』

声が一気に女の子の高さになった。

「なんで…?」

『冷めたのかな~って心配になっちゃって?まぁ、愛の確認ってやつ?』

「おかしいだろ、そのために人を殺すなんて。聞かれなくても毎日伝えてただろ。好きだよ、って」

『ん~、不慮の事故で殺しちゃったからさ。そんなことはいいんだよ』

「そんな、こと…?」

1人の命を奪うことが、そんなこと?

『私、の罪背負えるくらい、好きでよかったぁ』

「君だって知らずに言ったんだから君のためじゃない。僕のためだ」

『逮捕が嫌だね?それを避ける方法が1つあります』

「は?」

『その部屋から出てください。そうしたら別の「貴方」、に罪が着せられるので』

「お前が罪を償えよ」

くすり。小さな笑い声が聞こえてきた。何がおかしい。もうあんな奴を恋人だなんて思わないけれど、あっちは愛の確認をするほどに好きなんだよな。そのくらいの感情抱いている相手が警察に冤罪で捕まるっていうのに。

ドアもないこの部屋から出る。どうやればいい。

『書いてあるでしょ。この部屋からは簡単に出られます、って。鍵も必要ない。力も必要ない。制限時間は今から30分。頑張って「貴方」、を助けて』

サイコロってことは関係している気がする。この部屋は見る限り、目の錯覚とかそういうのがなければ立方体の部屋だ。四方を歩いてみたけど同じ歩数だった。

壁に触れてみた。顔を壁にくっつけて突起やへこみがないかを探す。

「黒くなってる…?」

天井もそうだった。不規則に辺が濃く黒く塗られていた。展開図が使えるのでは?

その通りに脳内でこの部屋を開いていく。展開図はずっと苦手だったのに。

『貴方はドアからそのままこの部屋を出ることができます。』

と書かれた面は死体が寝転がっている場所。僕が足をつけて立っている場所と同じだった。この下にドアがあるということか…?

深呼吸の後、その死体をどかした。

「ごめんなさいごめんなさい。本当に悪気はないんです。ご冥福お祈りしていますので呪わないでください…」

ドアが見つかった。開いて暗闇の中で壁だけを頼りに進んでいった。ようやく光が見えてきた。その部屋に入った瞬間僕はめまいがして倒れた。彼女が床に倒れて死んでいた。そして砂嵐のスピーカーから、


『「貴方」、の罪背負えるくらい、好きでよかった。』


『そうしたら別の「私」、に罪が着せられるので』


『頑張って「私」、を助けて』


全部終わっているから部屋の扉からそのまま出られたのに。


【完】

あおいそこのでした。

From Sokono Aoi.

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真っ白な部屋に僕と死体がありました。 あおいそこの @aoisokono13

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