官能小説家はよく泣いている2

恵介

【01】


世の中は、駄目な人間でも生きていけるような社会の仕組みに、どんどんなってきていると僕は思う。



【01】



 継続は力なりというけれど、継続をするにもエネルギーが必要で、それがない夜詩くんは書いたり泣いたり困ったり死のうとしたり、ころころ忙しい。はたから見ていて、大変だなあと思う。

「夜詩くん」

 切り傷の増えた腕を眺めながら、大学生になった僕は叔父の名前を呼ぶ。僕は叔父をおじさんとは言わない。友人だから。

 なに、と情けない声をだして、夜詩くんのほうが背が高いのに、彼は僕を上目使いでチラチラ気にする。僕が怒ると思ってるんだろう。自傷行為は咎められて然るべきだ、と夜詩くんは思っているから。

「今日は天気がいいので散歩に行きませんか」

「行かない」

「書くの?」

「………………………………今は……」

 書けないタイミング、というものがあるらしくて、夜詩くんはここ一週間ほど、パソコンにすら向かっていない。じゃあ気分転換に外に出ようよ。けれど夜詩くんは首を振る。真っ昼間だから。外に出るのが、夜でもときどき怖い人だから。

 僕の叔父は官能小説家だ。そして、連続児童誘拐殺傷事件の被害者の唯一の生き残りで、精神疾患をやまほど抱えていて、自傷行為は日常茶飯事で、淫らな文字を求める狭い界隈では、それなりに売れっ子作家だ。

 背のにょきにょき伸びた僕のことを、叔父はもう昔のように抱きしめたりしない。それどころか、少し怖がっている。僕は僕のままであるというのに。まだ、彼よりは背が低い僕なのに。

「じゃあ、映画でも観よう」

 動画配信サービスに契約している叔父の部屋で、子供の好きそうな明るくて分かりやすい映画を選ぶ。叔父はそういうのが好きなのだ。まともな子供時代を過ごせなかった人は、どこもかしこも歪なおとなに育ってしまって、夜詩くんは恐竜のぬいぐるみを抱いて寝るし、なんでもかんでもを怖がる。

 きっと、この世界に生きていたくないんだと思う。そりゃそうだ。あらゆるスプラッタやホラーの世界を巡れと言われたら、僕だって途中で疲れて死んでしまいたくなるだろう。

 だから夜詩くんは何度も自殺未遂なんてやらかすわけだし、それらは、躊躇してやめましたどころか、あと一歩救急隊員が遅ければ本当に死んでいましたレベルのことをしでかすのであって、この人が平穏に生きていけるのはいったいどんな世の中なら満足なんだろうと僕は思う。文字の中ならば、叔父は安寧なのだろうか。だから、書き続けているのだろうか。

 夜詩くんの書く官能小説は展開がどれも似たり寄ったりで、もっと簡単にいえば、起承転結がはっきりしている。孤独でした。あるいは退屈していました。そんな人が他の人と出会いました。やらしいことをたくさんしました。ちょっと喧嘩したり当て馬が登場したり、波乱があって、それから安易なハッピーエンド。僕は夜詩くん以外の官能小説を読んだことがないから知らないけれど、もしかしたら他の作家もそんなもんかもしれない。官能小説ってのは結局、濡れ場がたくさん描かれてあればあるほど、よいものなのだから、基本のストーリーは分かりやすいに限る。……たぶん。

 夜詩くんは仕事のためにAVを観たり、他人の官能小説を読んだりしない。夜詩くんが観るのは娯楽映画で、読むのは推理小説や哲学書で、本人は対人恐怖だから恋愛なんか出来やしない。じゃあ、やらしいネタはどこから仕入れてくるのかというと、それは編集者との打ち合わせだったり、インターネットで流行を軽く調べたりするだけらしい。

 僕だったら、えっちなことを書いてるときや、話してるときに、ムラムラしてきちゃうんだけどな。夜詩くんの脳の性欲のスイッチは、男女の営みになくて、文章はただの文字の連なりであって、喘ぎ声はただのディスプレイに表示される白黒だ。1か0で表される、ドットの塊。それが文字。夜詩くんは自傷行為としてしか、自慰をしない。

 自分のおちんちんを切れ味の悪いカッターの刃でパシパシ叩いて、勃起させてしまうような夜詩くんだから、どうしようもない。高校三年の頃に僕はもう叔父とはキスすらしなくなったのだけど、久しぶりにその日は夜詩くんを犯す。趣味の悪い、変な形をした玩具を、夜詩くんのお尻から抜き出して、代わりに僕のおちんちんを差し込む。

「駄目だよ、ハツ。そんなことしちゃ」

「だって夜詩くん。今日はしないと、おさまんないでしょ?」

「死にたい。死にたい」

「うん。苦しいよね。つらいよね」

「つらいよ。……駄目だよ、ハツ。ごめんなさい」

「僕がしたいんだよ」

「…………………そんな風に、思っちゃ駄目だよ」

「他人に僕の気持ちは支配出来ないよ」

「ごめんなさい。ごめんなさい。許して」

「夜詩くん。今は僕としてるんだよ。僕の名前を呼んで?」

 ぐちゃり、ぬちゃり、すっかり挿れるための穴になってるそこを優しく慰める。駄目だとか嫌だとか泣く夜詩くんはそのうち、僕の名前ばかりを呼んで甘えてくる。

 僕は犯しながら夜詩くんのことを殴ったり首を絞めたり、切りつけたりはしない。柔らかい愛情しか、注がない。夜詩くんのおちんちんは後ろを犯されてるだけで射精しちゃうし、さっき軽く傷つけたからみみず腫がたくさん出来ていて、ちょっと血も滲んでいて、痛々しい。そこにドロリと、我慢汁や精液の染みるのがまた痛いらしく、夜詩くんは息を詰める。そして潮を噴く。初めての精通さえ、むりやり他人の手によって汚された夜詩くんの身体は、普通のセックスが出来ない。

「気持ちいい」

「気持ちいいんじゃなくて、痛いでしょ? 夜詩くん」

 子供のくせに夜詩くんはやらしくて悪い子だから、痛いのが苦しいのが気持ちいいんだ。だから仕方なくこうしてあげてるんだ。夜詩くんを滅茶苦茶に壊した狂人はそう教育して何年も洗脳させた。べつに夜詩くんから僕はそれを聞いたわけじゃないけど、譫言のようにごめんなさいや気持ちいいを繰り返す夜詩くんを見ていると、察するものがある。

 夜詩くんは間違っている。

 痛いことは痛いと言ってよくて、やめてほしいことを我慢して受け入れる必要はどこにもなくて、ゲイでもバイでもないのに、甥に尻を掘られる必然性すらない。僕は叔父の中に射精する。そうすると、夜詩くんが喜ぶから。とことん間違っている人はいっそ間違ったまま生き続けるべきなのかもしれない。本来なら数学か考古学か、なんらかで世に名を馳せ、愛する女性も出来ていたかもしれない叔父は、いまやペンネームを使ってある意味有名になり、そして僕に愛されている。


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