第25話

 改めて纏まったチームは、石倉がある程度先導したお陰もあり、順調に勝ち続けた。


 不知火はキャッチすることに徹したことで、何度か場外に追い出される事もあったけど、俺や小野塚は逃げ足だけ速く、石倉や他の男子がかなりリードする形で強いチームだった。


 試合開始前の不知火への反発力で、みんなのモチベーションが高かったのかもしれない。

 最初は機嫌の悪かった不知火も、勝ち続けた事で満足している様子を見せていた。


 そして決勝戦。俺達のチームはお嬢様のチームと当たった。


 予定通りお嬢様の見せ場を用意しようと考え那由多を見ると、何故か不機嫌な顔。

 目配せしても、無視されてしまう。試合開始と同時、那由多が俺目掛けて全力の投球。


「おいおい、勘弁してくれよ」

「笹江、どうした?」

「あっ、いや……避けるのがギリギリでビビった」


 思った事が口に出てしまうと、小野塚に変な風に見られた。

 話している場合ではなかったので次の瞬間、小野塚の顔面にボールが勢いよく当たる。


「あ、やべ」

「うわっ」


 一応男子達にとっても女子にアピールをする運動大会……ものすごくカッコ悪い瞬間を目のまで見てしまった。


「……笹江、なんか反応酷くね? ダサかったと思うけどさ」

「思ってない。ほら、早く外野に行かないともっとダサいぞ」

「思ってんじゃねぇかよ」


 急いで場外に出ようとする小野塚を見届けた。

 その後もひたすらに那由多及びお嬢様が狙ってくる。正直キツイ。


 お嬢様も俺なんて眼中になかったはずなのに、那由多に便乗して俺を狙いだす。


 那由多とは違いコントロールはそこまで良くないので、避ける分には楽な方だったが、当たったら一溜りもなさそうな投球。問題はやはり那由多の方だ。


 以前練習していた時以上に球の速度が上がっており、数回の試行の末に油断した俺は掠って当たってしまった。


 ただ速いだけじゃなくて、俺の避け方が那由多に予測されているようだった。

 仕方なく外野に足を運ぶと、小野塚が俺の肩に手を当て無言で同情してきた。


「何澄ました顔してるんだよ、小野塚。早く内野に戻るぞ!」


 試合時間が半分切る前に、俺のチームで内野にいるのはもう数人。


 激しい試合の末、内野に残っているのは俺達のチームだと不知火と石倉、相手チームだとお嬢様と那由多と花音になった。


 花音はボールを容易く取っており、観戦者から応援の声が響く。投げるのは苦手だからお嬢様にパスしていたが……時々自分自身でも投げていたり、努力している様子が見て取れる。


 そんな花音だったが……俺が運よく外野でボールを拾った瞬間、目の前で無防備な態勢を取っていた。

 当ててくださいと言わんばかりに背に、軽く投げて当てた。


「あ、当たってしまいました」


 態とらしく笑って見せた……後でお礼を言おう。

 俺が戻ると同時に、お嬢様が不知火を内野から退場させたことで試合は盛り上がる。


 人数が少ないなら、お嬢様を目立たせるのにもってこいのシチュエーション。


 どうにかして、お嬢様に石倉を当ててもらわないといけない。


 今ボールは相手チームの内野と外野に一つずつ……つまり二つ共に取られているため、こちらに不利な状況。


 避けるべきことは、俺自身が最後の一人になること、そして外野にいる仲間にするパスを出来るだけ控えること。後者は不知火のような強者を戻さない為だ。


 それ以前にお嬢様が外野の誰かに当てられて退場することは面白くないから、自陣に不利でも俺には譲れない部分が出来た。


(……戦犯、上等だよ)


 お嬢様が投げたボールをキャッチしようとして俺は退場すればいい。


 そう思って那由多の投球を避ける準備をすると……何かが肩にぶつかる感覚があった。


 気付けば外野の持つボールを警戒した石倉が背後にいたのだ。

 その瞬間、那由多は確実に俺を狙ってボールを投げようとする。


「……ッ!」


 このボールは、俺が避けてしまえば石倉に命中するだろう。


 那由多が石倉を倒すのは……ダメか?


 もう既にお嬢様の活躍は見せられたと思うし、多少の見せ場を那由多に与えてもいい。


 だけど、さっきから狙われていることも含めて、どうせなら俺が当たった方が那由多の満足にいく展開なのではないだろうか?


「え……?」


 足へ込めた力を緩め、最後に石倉の声が聞こえた瞬間、顔面にボールが当たった。


「くはっ」


 こりゃ、滅茶苦茶カッコ悪いな……小野塚にダサいなんて言えたもんじゃない。


 この構図に生まれた盲点。那由多が石倉を当てることを見抜けなかった俺の失態だ。


 ははっ、早くに退場するならお嬢様に倒されなくても些細な失敗かな。


 そう楽観的になっていたら、傍にいた石倉の言葉で意識が現実に引き戻される。


「笹江!! 大丈夫……じゃない! 鼻から血が出てる!」

「へ……? あっ、本当だ」


 口元の感覚が衝撃後の麻痺で鈍くなっていたが、手で鼻元を触ると赤い液体が垂れる。


 すぐに審判役の生徒は笛を鳴らし試合を中断してくれた……中断してしまった。


 体育館にあった熱気は、一瞬で冷めた。あーあ、何が些細な失敗なんだよ……大失敗だ。


 もう苦笑するしかなくて、顔を上げれば那由多が真っ青な顔で近づいてきた。


「ごっ、ごめんなさい! しゅ……笹江、大丈夫?」

「えっと、保健室に……って、保健委員は俺か。ははは」

「冗談言っている場合じゃないよ。黛どいてくれるかな? 私が付き添っていくから」


 石倉もまた、近くにいたことからか、心配してくれていた。

 というか、鼻血だぜ? 付き添い要らないだろ……二人とも大袈裟じゃないか?


「あ、あたしが付き添いするから! 急いでいかないと!」

「いや、黛も試合あるだろ」

「お嬢……空奈がいるから! 石倉がいなくなったら試合続行できないけど!」


 那由多はやけに石倉の名前を強調して屁理屈を言い出した。


 まあなんで不機嫌だったのか気になるし、今回は那由多に付き添ってもらうか。


「それは……そうだね。じゃあ黛に任せる。笹江、ありがとうね」


 ひとまず立ち上がろうとすると、何故か石倉に感謝された。


「ん……? いや、気にするな」

「ほら、早く止血しないと!」


 那由多は駆け付けてきた先生からティッシュを受け取って、俺の鼻元に当ててきた。


 雑過ぎるだろ……と思ったけど、心配してくれて急いだ止血みたいだし気にしない。


 顔面にボール当ててきたのは那由多なんだけどな? なんて、声に出して愚痴ったら、いつもみたいに逆ギレしてくれるかな。


 ……してくれなさそうだ。むしろ泣かせてしまうかもしれない……泣き出しそうな顔をしているから。

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