開幕宣言

第2話 暗殺ですか? 仕方ないですね


「はぁー!?!?」


 パーシャルの叫び声がお屋敷に響いた。


「ふ、ふざけんなっ。な、何言ってるんだ? なぁ、おいっ、結婚? するわけ無いだろっ。いくら可憐で、上品で、澄んだ瞳で、つやのある黒髪の、知性に溢れた女性だからといっても、結婚したいとは言ってない!! 断じて結婚なんてしないからなっ!」


 パーシャルは無意味に足をバタつかせ、ジタバタしていた。顔も赤く染まっている。いつもの冷徹な面影は消え去っていた。


 彼の姿は、さしずめ「駄々をこねる子供」といったところか。


 こんな様子になった理由、それは――――――。

 …………いや、彼の恥部ばかりさらしてしまうのは可哀想だ。

 別に、いつも


 先に、パーシャルの本領、すなわち闇の世界で暗躍する姿を見ていただこう。









  *  *  *









 「パーシャル様、暗殺のご司令を受けました」


 補佐官のフィアネスがうやうやしく頭を下げ、言った。


 「パーシャル様」と呼ばれた16歳の少年は、剣をぐ手を止め、顔を上げた。


 年は16といえども、奪った命は数知れず。その目は完全に幼さが消え、暗殺者の冷酷なる光がともっていた。

 このパーシャル=ノクトこそが暗殺という刃で、エルヴィン帝国の繁栄を支えてきた男であった。




「……今度は誰がターゲットだ?」


 パーシャルは、「またか」と言いたげな呆れた様子でフィネアスに問いかける。


「隣国、エメラ帝国の重臣ペテロフです」

「あぁ、聞いた事のある名だな。それで、暗殺する理由は?」

「我が国の防衛大臣の殺害を企んでいたそうです」

「そうか……、分かったよ」


 パーシャルは剣をさやに収めて立ち上がった。


「それでそのペテロフとやらは、どこかにいるのか分かるのか?」

「はい。今宵、隣国の王都の宮殿にて会合をするそうです」

「会合か……」

「えぇ。漏れ聞くところでは、くだんの防衛大臣殺害計画についてだとか」

「そうか。では、談話しているところを襲うんだな?」

「さようでございます。再び他の者が、謀略をめぐらすことのないよう、見せしめも兼ねています」

「そうか。まったく…………。殺し、殺され、殺し、殺され。本当に阿呆らしい世の中だな……」


 と、パーシャルはコートの皮をなでつけながら、深いため息をついた。


「はい。ですから、殺害など誰も企まない世界を作りましょう」

「つまり俺は暗殺をなくすために暗殺するわけか……。矛盾だな」

「しかし、それが国王様の命令ですから」

「あぁ、はいはい、分かったよ」


 人をあやめる前とは思えない、気の抜けた声でパーシャルは答えた。









  *  *  *








 王宮の中にて。


 きらびやかな装飾がなされた一室で、政界を担う男たちが会合をしていた。大理石で作られたテーブルを囲むように座り、談笑中だ。


 その真ん中に座っているペテロフは、とりわけ華麗な装いをしており、一目で彼の地位の高さがうかがえた。



 夜も深まっており、皆がワインの入ったグラスを手にしている。酒が入り、どの顔も少し紅潮していた。


「あっははは。この策略を完遂すれば、エルヴィン国も終わりですね、ペテロフ様。これからは我らがエメラ王国の天下ではありませんか」


 座っていたうちの一人が、酔っているからか、大声でペテロフに媚を売っていた。


「まぁ、まぁ待て。まだ終わっていないのだから、気が早いであろう。喜ぶのは成功してからにしておけ」


 そうペテロフはたしなめたが、しかし彼も満更まんざらでもない様子で、ご機嫌に酒をあおっていた。



 内容はさておき、雰囲気はとても和やかである。


 しかし、皆の死角である扉の裏に一人、この場に似合わぬ殺気をまとった男がいた。もちろんパーシャルである。

 彼は短剣を手にして、暗殺のタイミングを今かと待ち構えていた。



 誰もが酒に酔ってすっかり気を抜いているときを見計らい、パーシャルは動き出した。


 息をひとつ吐き、足にぐっと力を込めて床を蹴った。ひとっ跳びで皆の前に躍り出る。そして短剣を掲げた。


「「――――っ」」


 いきなり凶器を手にした男が飛び出してくるという非常事態に、全員が息を飲んだ。

 皆、恐怖と驚きで目を見開き、震えている。



(こっちだって別に殺したいわけじゃないさ)


 パーシャルは心の中でそうつぶやき、短剣を振りかぶった。刃先の狙いは、真ん中に座っているペテロフだ。


「まっ、待ってく――」

「悪く思うなよ」


 助けを求める声を遮り、太ももに刃を突き立てた。男が苦悶の表情を浮かべる。パーシャルは、奥まで刺さったのを確認し素早く剣を抜いた。


 血が派手に飛び散り、床やら椅子やら豪華な調度品たちを赤く濡らしていく。

 倒れたワインと血が混ざり合い、独特な色をかもし出していた。 


 剣についた血を拭いながらパーシャルはゆっくりと周りを見渡した。彼と目があった者は、恐怖におののき、ヒッと息を飲んで体をのけぞらせた。



(最後に警告だけしておくか……)


 パーシャルは皆に対し、コツコツと威圧するように歩いて近づいた。


「皆さんに危害を加えることはありません。ただし…………我が帝国を汚さない限りは……」


 落ち着いた声でそう告げ、血に染まって倒れた男に意味ありげに視線をやった。


 「みなさんが、この男の様にならない事を願います」という言葉を最後にして、パーシャルは立ち去って行った。



 部屋に残された人は、魂でも抜かれたかのように茫然自失ぼうぜんじしつとして立ち尽くすのみだった。


 どれくらいの時間が経っただろうか。


「…………お……おいっ、追え、追えー」


 ようやく金縛りが解け、状況を把握した人々が口々に叫んだが、パーシャルはとうに城から逃げていた。数多くの衛兵たちが探したが、月明かりもない真っ暗な夜道では、見つけられるはずもなかった。

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