血の味ファーストキス

カミシモ峠

第1話

深夜。

僕はコンビニにパンを買いに来た。

高層ビルが建ち並び、深夜だと言うのにネオンの光が眩しい。

店員の声を背に、コンビニを出る。

眠い。

朝のパンを切らしている事に気づいてしまったせいで、今こんな事になっている。

帰路につくとすぐ、人影を視界の端で捉えた。

女の子だったような?

こんな深夜に女の子一人、しかもビルとビルの間の路地にいるなんて不自然だ。

何かあったのか?

果たしてそこには女の子がいた。

銀髪で丈の長いコートを羽織っているのが都会特有の光に照らされて分かる。

顔は影でギリギリ分からない。

身長的に学生だろうか。

「ねえ、君」

気になって声をかける。

すると、女の子はビクン!と背中を震わせ、ゆっくりと振り返る。油の切れたロボットみたいにぎこちない。

「あ……」

女の子は固まる。顔は汗でびっしょりだ。

今は冬で、女の子はコートを羽織っているが全体的に薄着に見える。

「こんな時間にどうしたの?」

問いかける。

こう言う僕も学生なので、あまり大きな顔はできない。

「いや、えっとーその」

女の子はしどろもどろになりながら、目が泳ぐ。

相当焦っている様子だ。汗もだらだら流れている。

「失礼!」

そう言って彼女は、ダンッ!とコンクリートの地面を蹴り、五階建てビルの屋上まで飛んだ。

五階建ての、ビルの屋上まで、飛んだ?

五階建てのビルの屋上まで飛んだ!?

僕は自分の目を疑う。

寝ぼけているのかと思った。

けれど、女の子がいた地面はひび割れ、へこんでいる。

現実の出来事らしい。

とりあえず僕は家に帰ることにした。


女の子を見た週の土曜日。

友達に誘われ合コンに行った。

乗り気ではなく、お持ち帰りしようと思う相手はいなかった。

合コンの帰りの出来事だった。

僕は少し遠回りをして帰路に就いている。

例の女の子に会えるかもと思ったからだ。

路地を見ながら帰る。と、見覚えのあるコートを捉える。

歩いている通りの光は前回よりも強い。はっきりと姿を確認できる。

「ねえ、君」

声をかける。

ビクンッとこの前より大きく背中を震わす。

「この前も夜遅い時間に路地にいたよね」

今回は質問を重ねる。

彼女がどういう娘なのか凄く気になるのだ。

「や、あの……だな」

背格好の割に大人びた口調だ。

やはりしどろもどろになりながら、女の子は後ずさりする。

今日は逃すまいと詰め寄る。

好奇心が抑えられない。

だがそれを表面に出してしまっては、彼女の事情を深く聞けない。

表面を取り繕う。

「僕は心配なんだ。こんな時間に何をしているのか」

女の子はなおも後ろに下がる。

その時、ネオンの光に照らされた彼女の姿がはっきり見えた。

コートの下にはパジャマ。冬だと言うのに薄着だ。

銀髪のショートヘアで碧眼。整った顔立ちは欧米の血が入っているのか、日本人のものとは違う。

体が硬直する。身動きひとつ取れないし、言葉だって出やしない。

ただ名前も知らない女の子の顔を見つめる。

「……私は帰るぞ。もう二度と接触しないように」

女の子はビルの屋上まで飛び上がる。

僕が気づいた時には女の子はいなかった。

「しまったなぁ」

ボヤきつつも、後悔はあまりしていなかった。

美少女に会えて嬉しかったし、また会える気がしたからだ。根拠は無いが。

取り敢えず彼女について調べることにしよう。

今日みたいに、彼女自身から情報を引き出せそうには無い。

僕に二回も見つかっているのだ。別の場所でも彼女らしき人物の目撃情報は上がっていそうだ。


女の子との二回目の遭遇から一週間が経っていた。

この一週間、彼女に関する情報を集めつつ、路地に居ないか夜な夜な探していた。

彼女の姿を見つけることは出来なかったが、彼女に関する情報らしきものはいくつか入手できた。

まず、最近路地に不審な人影がよく見えること。

警察が注意喚起をしていた。不良の可能性もあるが、どうやら人影は一つしか確認されていないため、もしかしたら。

二つ目に「超人」と呼ばれる人物に関する都市伝説。

近頃———丁度例の女の子を初めて見つけた日の四日前から———「超人」と呼ばれる人物がネット上で少し話題になっていた。

何やら、高層ビルの屋上を飛んで渡っていたり、室外機を引っこ抜いたり、蹴るだけでコンクリートを粉々にしたり……。

少なからず脚色はあると思うが、彼女の特徴に一致する部分がある。

彼女について調べて、気づく。

僕は何故彼女のことをこうも調べるのか、と。

そして気づく。

「好きなのか……」

意思に関係なく、口からこぼれ落ちる。

二回目に彼女にあった時。僕は彼女を見て立ち尽くした。多分、いや絶対見とれていたせいだ。

思うと急に顔が紅潮する。

情報は集めた。あとは彼女に会うだけ。

ああ、夜が待ち遠しい。


やはり、女の子はすぐには見つからなかった。

夜な夜な路地を確認しながら街を歩く。おかげで最近寝不足だ。

今までは好奇心で動いていたが、今は恋心で動いている。

彼女に会えない日続く度、胸が苦しい。

いつ会えるのだろうか。


ある日。ついに三度目の邂逅を果たした。

僕は血眼になって女の子を探す。

正直に言うと、今の僕は傍から見ればただの不審者だ。

目に深いクマを作り、辺りをキョロキョロ見ながら、女の子に会いたいという思いが表面に現れているのだから。

そんな僕の目の前についに天使が姿を現す。

初めて女の子とあった路地。

見覚えのある黒いコートを見つけた。

声をかけようとしたが、なかなか出てこない。

今までとは違うことを感じる。

深呼吸。

「ねえ」

変わらぬ挨拶をする。

女の子は立ち上がり、こちらを見る。怯えている様子はない。

さらに言えば、雰囲気が大きく異なっている。

威圧感がある。射すくめられてしまいそうな威圧感。

本当にあの女の子か?

そう思ったが、ネオンの光に照らされた顔は彼女のものだ。

「なんだ、少年か」

口調も違う。怯え、緊張、焦りといった感情をまるで内包していない。

女の子、いやそう呼ぶのは不適か。彼女は王のような堂々とした佇まいで僕を見る。

「何用だ。二度と接触するなと前回言ったはずだ」

「いや、聞いた覚えは無いです、よ?」

雰囲気に気圧されて、言葉が途切れ途切れになる。目も自然と逸れる。

「とぼけているんじゃない」

「とぼけてなんてないですよ!」

反論する。

「では何故知らないと言う」

「それは……ぼーっとしていたから」

「何故」

言い出そうか悩んだが、ここは言うが仏だ。

「あなたに一目惚れしたからです!」

意を決して放った言葉は、

「は、はあ!?なにふざけたことを言っている!昔にもこういうことはあったが……。本気か?」

「はい」

「……仕方ない。今回は特別に見逃す。次はないぞ」

彼女はすぐに話を切り上げ立ち去ろうとする。

これでは今までの努力が水の泡だ。

どうにかして引き留めようとして、言葉が出た。

「あなたはもしかして、吸血鬼ですか?」

彼女を引き留めようとして出た言葉がこれだ。失礼極まりないが、こうするしか無かったのだ。

ブワッと彼女が殺気を発する。

僕は身動きひとつ取れず、冷や汗をダラダラ流す。

「少年、どうやって知った」

彼女が詰め寄る。

声なんて出せるはずもなく、ただ立ち尽くす。

「……ああ、これじゃダメか」

殺気が抑えられる。

僕は空気をむさぼった。気付かぬうちに呼吸も忘れていたらしい。

「で、どうやって知った」

殺気が無くとも気圧される。

「……自分で調べたんです」

「どうやって」

「ネットでここら辺で話題になっている噂を集めて、整理して仮説を立てたんです」

「それで吸血鬼だと」

「はい」

吸血鬼の彼女は考える。

そして、

「さっきも言ったが今回は特別に見逃す。だから二度と私に会うな」

「そんな!僕はあなたのことが」

「うるさい!口答えするな。何が好きだ。私の何が分かる!」

「分かりません!でも少なくとも悪い人じゃない。それに僕はあなたに一目惚れした。もっと知りたいと思うのは当然でしょう!」

吸血鬼の彼女は頭を抱える。

「馬鹿か貴様は」

「馬鹿、なんでしょうね」

苦笑して答える。

彼女はまた考える。何時間も経ったような気がする。

「……毎晩私はここにいる。三ヶ月間毎日会いに来続けてくれたら、要求を飲まんでもない」

「ほんとですか!?」

「絶対飲む訳じゃないぞ」

「確率がゼロじゃなければ、まだやれますよ!」

馬鹿だな。

そう呟いて彼女は立ち去った。

運命の三ヶ月が始まる。


三ヶ月まで残り十五日。

今日は吸血鬼の元に男は来なかった。

吸血鬼は思う。

なにかあったのか、と。

吸血鬼は男の住所を探し始めた。

ある程度当たりをつけ、駆け回る。すると、あるアパートが目に入る。

目を凝らすと、窓から見知った男がベッドで横たわっていた。

吸血鬼は男の友人だと大家に告げ、合鍵を貰った。


扉の開く音がする。

今日は来客はいないはずだ。

「邪魔するぞ」

僕の目には幻か、吸血鬼の彼女の姿が映る。

目を擦る。風邪が悪化したか。

「幻?」

「本物だ」

彼女に手を伸ばす。手と手が触れ合う。

「現実だ……」

「風邪なのだろ?無理するな」

「ありがとうございます、わざわざ。すいません三ヶ月会いに行けませんでした」

彼女は苦笑する。僕の頭の横に腰掛ける。

「大丈夫だ。それより体調は良いか?」

「だいぶマシです。あなたと付き合えないのが一番辛いです」

「そうか……じゃご褒美をあげよう」

「ご褒美?」

期待と困惑で答える。

「まず一つ目。私の名前はイリス・ハルシュ・ロックだ。イリスでいい」

「イリス……さん」

声に出す。ちょっと恥ずかしい。

「そして二つ目」

彼女、イリスさんは少し間を置いて、

キスをした。

頬ではなく、唇に。

僕が戸惑っていると、

「今日から君の彼女になろう」

「うぇっ!?なんでですか」

「理由なんて言わせるな。それよりキスはどうだった?一応ファーストキスなんだが」

ファーストキス!?

衝撃の事実に、風邪でダウンしていた脳は限界だ。

「感想を早く」

「えっと、ほんのり血の味がしました」

間を置き、イリスさんはカラカラと笑った。


この日素敵な吸血鬼の彼女が出来た。

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