差出人不明

零下冷

差出人不明

 とある平日。カレンダーを見ていた時のこと。

 ふと気が付き、メールボックスを開いた。



>こんにちは。私は、差出人不明ちゃんです。あ、怪しい者では無いので閉じないで下さい。というか、怖い人がこのメアドが書かれた紙を拾ってたら、もうこのアドレスには詐欺メールが沢山届いているんじゃないですか?どうです?届いてないでしょう?ということで、私を信じてください。

少しだけ、私の話を聞いてくれませんか?



>そうですよ、メアドが書かれた紙が落ちてたんです。もうちょっと情報の管理を徹底した方が良いかもですね。…………壺を買わせたりしないですって。何かの勧誘もしません。そもそも、会う気も無いですから、そこは安心してください。貴方は私のことを全然知らないと思いますが、私だって貴方のこと、知らないんですから。お互い、知っているのはメールアドレスだけ、ですかね。と言っても、私が今送っているメアドは貴方にメールを送る用に新しく作ったものですから、ちょっとだけズルかもですね。でも、貴方専用って、ちょっと嬉しくないですか?



>そこは嘘でも嬉しいって言うんですよ。まあ、良いです。私はそんなこと言われるために貴方にメールを送った訳じゃないので。じゃあ、どうしてかって?うーん、ちょっと恥ずかしいしいなあ。でも、そのためにメールしたんだもん。ちゃんと言わなきゃですね。

私と、同盟を組んで欲しいんです。

バカみたいって思いました?あー、恥ずかしい。でも、本気なんです。じゃなきゃ落ちてるメールアドレスにわざわざ連絡したりしないもん。



>あ、そうだった。どんな同盟か言ってなかったですね。じゃあ、発表します。

『人生頑張る同盟』です!

今適当に名付けました。まあ、別に名前は重要じゃないのでいいんです。

きっと今あなたは、どんな同盟なのか知りたくてウズウズしていると思います。安心してください、ちゃんと説明します。でも、一つだけ約束。このメールのこと、そして同盟のことは、誰にも言わないでください。私と、貴方だけの秘密です。それを約束してくれたら、教えます。と言っても、名前でおおよそ予想はできてしまうと思いますが。



>ありがとうございます。

それでは、説明していきます。これからちょっと重い話をするんですけど、気軽に、気楽に聞いてください。

私はついこの間、自殺しようとしていました。

気がついたら、縄に首をかけようとしていたんです。ビックリしました。いつ、どこで縄を買ったのかすら覚えていません。

私は、どこか壊れてしまったのかもしれない。

怖くなって、病院に行きました。でも、特に何もありませんでした。何もないよりも、むしろ何か病気だった方が嬉しかった。その方が、恐怖がいくらか和らいだ。

私はどうやら、正常らしいです。

一応、死にたくなる理由に思い当たる節はいくつかあります。家族のこと、友達のこと、将来のこと、……あとは、朝の満員電車とか、月曜日の憂鬱感とか、そんな些細なことも原因かもしれません。とにかく、そういう色んな理由があるんです。でも、それって誰にでもあるし、全部解決するって、不可能だと思うんです。

だから、私は貴方と『人生頑張る同盟』を組みたいと思いました。

この同盟は、その名の通り「人生頑張ろう!」という同盟です。

あ、馬鹿みたいって思いました?確かにそうです。

でも、どこかに居る知らない誰かと、そんな馬鹿みたいな同盟で繋がってるって思ったら、頑張れそうで、生きていけそうじゃないですか?

この同盟に入って貴方がすることはたったの一つ。たま〜に私のことを思い出して、「あいつもきっと人生頑張ってる。だから、自分も頑張ろう」と思うだけです。

そう、とっても簡単なお仕事です。

だから、お願いです。

私と、同盟を組んでくれませんか?



>ありがとうございます。これからは、仲間……いや、盟友?ですね。よろしくお願いします。

私も頑張るので、貴方も人生頑張ってくださいね。盟友として、応援してますから。

それでは、またいつか。あなたの人生に幸あらんことを。



 このメールのやり取りをした日から、今日で一年だ。

 果たして、この”差出人不明ちゃん”は今も頑張っているのだろうか。

 …………愚問だな。


 よし、俺も頑張るか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

差出人不明 零下冷 @reikarei

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ