第16話 子猫とお母さん

 あたしも後を追いかけて走る。あれ? こっちの方角は……。


「あら、アナちゃんどうしたの」

 庭で芝を刈っていたおばさんが、声をかけてきた。


 やっぱりジェシカおばさんの家だ! 

アイザック・フレッチャーさん、六十五歳。

 おじいちゃん牧師さんの、お隣のお墓の人の奥さんだ。 


 猫はおばさんの横をすり抜けて、裏庭に走っていく。

その進路に沿って血の雫と、何かを引きずった後が続いていた。


「ごめんおばさん、説明は後」

そう叫んで、あたしは猫の後を追って裏庭に走る。 


 慌てておばさんも芝刈りを止めて、後に続く。

猫は裏の物置小屋の前で一旦止まり、あたしの方をじっと見ると、壁の割れ目から中にするりと入った。


 あとに続こうにも、穴が小さすぎる。

扉にはダイヤル式の南京錠がかかっていて、入れない。

 壁の穴に耳を当てると、ニャーニャーと小さな鳴き声がした、

子猫がいるんだ。


「いったいどうしたって言うのよ」

 ハアハア言いながら、ジェシカおばさんがやってきた 。


「ジェシカおばさん、中に子猫がいる!」

おばさんも穴に耳を当てた。


「大変、すごく弱ってるみたいだわ」


「助けなきゃ、おばさん鍵の番号教えて」

鍵を引っ張りながら私が叫ぶ。


「それが知ってるのは死んだ主人だけなのよ。今日の午後、鍵屋さんを呼んで開けてもらうつもりだったの」


「それじゃ間に合わない、子猫が死んじゃう」

神様助けて!


 途端に目の前に男の人の手が現れた。

あたしの横に影のないアイザックおじさんが、人差し指を一本立てている、

 数字の1だ。次はチョキの形。指二本で2、指を全部丸めて0、最後はパーの指五本で5。1・2・0・5、あたしはダイヤルを回す、ビンゴ! 鍵があいた。


 あたしとおばさんが中に入ると、壁の穴の近くの藁の中で、小さな鳴き声がする。二匹の子猫が、泣きながらお母さんのお乳を吸っていた。


 でもお乳はもう出ない。お母さん猫は死んでいた。

白い体に左の耳と尻尾の先の黒い柄、間違いなくあの猫だ。

 お腹と腰にかけてタイヤの跡がくっきりと残っていた。


 車に轢かれて、折れた後ろ足を引きずって、それでも子猫の所へ帰ってきて、おっぱいをあげながら死んだんだ。


「まぁ大変」

 ジェシカおばさんは、慌てて段ボールに毛布を引き、子猫を入れると、

ペットボトルで湯たんぽを作って入れた。

 そして動物保護シェルターに電話をした。


 あと一時間遅れたら、冷えて子猫が死んでいたと、シェルターの人が言った。


 子猫はボランティアの人が世話をして、乳離れしたら新しい飼い主を探してくれるそうだ。お母さん猫は、野良猫の共同墓地に入れてもらえるらしい。


 犬だって祈る、猫だって祈る。

お母さん猫の、命の終りの祈り「子供たちを助けて」願いは叶った。

あたしはそのお手伝いをしたんだ、よかった。





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