いつかあなたのように
雪野スオミ
いつかあなたのように
公園で一人の子供がボールを放り投げた。
「おじいちゃんなんかあっちいっちゃえ!」
その子は近くに居た母親の下へ駆け寄った。母親はそれをたしなめるも、子供はそれを聞こうとしない。私は暑い夏の日差しの中、自転車をこぎながらくすっと笑った。
「思い出すわね……」
私にも優しい祖父が居た。確か、こんな夏の日だったと思う。
祖父は優しい人だった。普段は無口な人で、仕事のことも家で決して話したりはしなかった。それでも、唯一の孫である私には優しかった。祖父の楽しみは私を喜ばせることだったと祖母が笑って話していたのを思い出す。
「ねえ、おじいちゃん。あの人形欲しい!」
そう言って物をねだると、たいてい笑って買ってくれたものだった。母は甘やかさないで、と怒って言うけれど祖父はちっとも気にしていない様子だった。
祖父は厳しい人でもあった。私が、塾で遅くなると嘘をついて、友達と遊んでいた時は、玄関でタバコを吸いながら私を待ち構えていた。たっぷり怒られたけれど、それでも祖父が私のことを心配していたのは、痛いほど伝わった。
だけどそんな関係は意外と簡単に終わってしまった。あれは大学受験を控えていた頃。私は、不安になって毎日、夜遅くまで勉強していた。祖父はそんな私を心配して、毎日コーヒーを入れてくれていた。もう年で、自分の身体を動かすのも精一杯だったはずなのに、私なんかのことを気にかけてくれていた。でも私はそのことに気づけなかった。
「もう! コーヒーなんか要らないから部屋に入ってこないで!」
その時の祖父の顔を、私は今でも思い出せない。いや、思い出したくない。
それ以来、祖父が自分の部屋から出てくることは少なくなっていった。その時の私はただせいせいとしているだけだった。あの頃の私は、周りの優しさにひたすら噛みついていた。私に優しさを向けるのは私を思い通りにしようとしている、裏がある、そんなことまで思っていた。そんなこと、私が思っていただけだったのに。
そしてそれから半年、私がサークルの夏合宿に行っているとき、家から一本の電話があった。私は、なんて言ったっけ……。
ガレージに入り、ようやく日差しから解放された私は自転車から降りた。
「ただいま」
私は家の戸を開けた。汚れた靴が一そろい、玄関に転がっている。
「もう帰っているのね」
私は靴を揃え、買ってきたものを台所に並べた。
「さてと……」
手を洗いながら、部屋に向かって声をあげる。
「今日の夜はカレーにしたから!」
私が言っても、息子は相変わらず返事をしない。
「全く、返事ぐらいしなさーい! ほんとに、もう……」
それでも私は笑いながら、買ってきた野菜を洗う。今日も、明日も……。
「……あの子も私と同じね」
今日は肉を大きめに切った。
いつかあなたのように 雪野スオミ @Northern_suomi
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